閑話や挿話など
「…それでまんまと騙されて、
ノコノコやってきたわけですか…。
子供の嘘も見抜けぬ隊長とは…
兵団の将来が楽しみですな?団長。」
「あはははっ!
いや~、でも実際よく出来た嘘だよ
僕でも騙されちゃうかも~。」
「・・・・・面目次第もございません。」
-同時刻-
儀仗兵団 団長室
日陰の子供たち~幕間~
#王と皇帝

「大体少し考えればわかることでは?
秘密裏であれば使い魔や秘匿回線を使えば
済む事。わざわざ人づてに頼む意味が
わかりません。」
「・・・・・・仰るとおりです。」
「まぁまぁ、
ユアンもそう若者をいじめちゃだめだよ。
お茶をもう一杯どうだい?ミハ。」
「は、いただきます・・・・。」
「それにしても面白い子だね~。
ビクター・クロイツ君…って言ったっけ?
どこの子だい?」
「…噂では、中央でも有数の名家の
生まれだそうですが、
私生児なので家の名を名乗れないそうです。
ですが、稀有な魔法の才能があるようで
宰相様が引き取って
直々に鍛えておられるのだとか。
〝クロイツ〝という苗字は
宰相様が与えた仮初の名です。」
「ああ!彼が噂の!
【宰相様の虎の子】か~
いや~末恐ろしいね~。」
「全くですな。どこぞのポンコツ隊長より
よっぽど有能そうですが。」
「・・・練兵場に行って参ります。」
「おや、これからかい?
精が出るね~」
「それがいい。そのなまくら精神を
少しでも叩き直してきたまえ。」
「こらこら、ユアーン?」
「失礼致します・・・・・。
お茶、ご馳走様でした・・・。」
-パタン-
「いや~、
可哀そうなくらいヘコんでたね~。」
「当然でしょう。
子供の手玉に取られたのですから。
それで、どこまでお話ししましたかな?」
「え~と、たしかちょうど
ミハの【適性】についてだったけど⋯
う~ん、君はやっぱり反対かい?」
「いえ…あと数年の経験は必要でしょうが、
あの実力と、兵団内での彼の人望を考えれば
【団長】としての適性は十分にあるでしょう。
難点をあげるとするなら
陛下や殿下の事が絡むと
著しく冷静さを欠くことでしょうか。
ちょうど今まさに、証明されましたが」
「うーん、ミハはね~、
ここに来た経緯も育ちも特殊だからね~。
陛下に心酔してるのも
しょうがないといえばしょうがないこと
なんだけどさ~」
「しかしそれが彼の強さにもなりますが、
弱点にもなりえます。」
「となると…」
「ええ。
【剣】には、できません。」
「ん~~~~~~~
そっか~~~~~~~~~~
ミハは僕の一押しなんだけどなぁ~~~~」
「あれは人がよすぎます。
【剣】の役は酷でしょう。
自分にも他人にも非情になれる強さが
無ければあっという間に折れてしまう。
【剣】は、折れては駄目なのです。」
「・・・・・・・そうだね。」
「ところで団長。
ひとつ、ご相談が。」
「ん?なんだい?」
「先ほど出てきた少年従士ですが…」
「クロイツ君のことかい?」
「ええ。
彼はたしか今、二番隊の従士ですが…
しばらく五番隊に配属して頂けませんか?」
「……【適性】を見る気かい?」
「はい」
「危険じゃないかなー…
宰相閣下の息がかかってるかもしれないよ?」
「それを見極めるためにも、
近くでの観察が必要なのですよ。
【処分】の必要が、あるかどうかも。」
「…わかった、手配するよ。
でもくれぐれも宰相閣下には
こちらの意図を悟られないようにね。」
「心得ております。」
畳む
ノコノコやってきたわけですか…。
子供の嘘も見抜けぬ隊長とは…
兵団の将来が楽しみですな?団長。」
「あはははっ!
いや~、でも実際よく出来た嘘だよ
僕でも騙されちゃうかも~。」
「・・・・・面目次第もございません。」
-同時刻-
儀仗兵団 団長室
日陰の子供たち~幕間~
#王と皇帝

「大体少し考えればわかることでは?
秘密裏であれば使い魔や秘匿回線を使えば
済む事。わざわざ人づてに頼む意味が
わかりません。」
「・・・・・・仰るとおりです。」
「まぁまぁ、
ユアンもそう若者をいじめちゃだめだよ。
お茶をもう一杯どうだい?ミハ。」
「は、いただきます・・・・。」
「それにしても面白い子だね~。
ビクター・クロイツ君…って言ったっけ?
どこの子だい?」
「…噂では、中央でも有数の名家の
生まれだそうですが、
私生児なので家の名を名乗れないそうです。
ですが、稀有な魔法の才能があるようで
宰相様が引き取って
直々に鍛えておられるのだとか。
〝クロイツ〝という苗字は
宰相様が与えた仮初の名です。」
「ああ!彼が噂の!
【宰相様の虎の子】か~
いや~末恐ろしいね~。」
「全くですな。どこぞのポンコツ隊長より
よっぽど有能そうですが。」
「・・・練兵場に行って参ります。」
「おや、これからかい?
精が出るね~」
「それがいい。そのなまくら精神を
少しでも叩き直してきたまえ。」
「こらこら、ユアーン?」
「失礼致します・・・・・。
お茶、ご馳走様でした・・・。」
-パタン-
「いや~、
可哀そうなくらいヘコんでたね~。」
「当然でしょう。
子供の手玉に取られたのですから。
それで、どこまでお話ししましたかな?」
「え~と、たしかちょうど
ミハの【適性】についてだったけど⋯
う~ん、君はやっぱり反対かい?」
「いえ…あと数年の経験は必要でしょうが、
あの実力と、兵団内での彼の人望を考えれば
【団長】としての適性は十分にあるでしょう。
難点をあげるとするなら
陛下や殿下の事が絡むと
著しく冷静さを欠くことでしょうか。
ちょうど今まさに、証明されましたが」
「うーん、ミハはね~、
ここに来た経緯も育ちも特殊だからね~。
陛下に心酔してるのも
しょうがないといえばしょうがないこと
なんだけどさ~」
「しかしそれが彼の強さにもなりますが、
弱点にもなりえます。」
「となると…」
「ええ。
【剣】には、できません。」
「ん~~~~~~~
そっか~~~~~~~~~~
ミハは僕の一押しなんだけどなぁ~~~~」
「あれは人がよすぎます。
【剣】の役は酷でしょう。
自分にも他人にも非情になれる強さが
無ければあっという間に折れてしまう。
【剣】は、折れては駄目なのです。」
「・・・・・・・そうだね。」
「ところで団長。
ひとつ、ご相談が。」
「ん?なんだい?」
「先ほど出てきた少年従士ですが…」
「クロイツ君のことかい?」
「ええ。
彼はたしか今、二番隊の従士ですが…
しばらく五番隊に配属して頂けませんか?」
「……【適性】を見る気かい?」
「はい」
「危険じゃないかなー…
宰相閣下の息がかかってるかもしれないよ?」
「それを見極めるためにも、
近くでの観察が必要なのですよ。
【処分】の必要が、あるかどうかも。」
「…わかった、手配するよ。
でもくれぐれも宰相閣下には
こちらの意図を悟られないようにね。」
「心得ております。」
畳む
ここは、いつ来ても静かだ。
目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが
日影が心地よい 絶好のサボり場だった。
日陰の子供たち -2-
#王と皇帝

広大な皇宮の敷地内には、
人工的に作られた森や池が数多く点在している。
その殆どは景観を重視した観賞用であるが、
中にはビオトープさながらに
生き物が多く生息するエリアも存在している。
この小川も、そのひとつだ。
城壁と城壁の隙間を
隠れるようにして流れるこの小川は、
元は結界術の媒介用として作られたものらしい。
そのせいか、庭園などの観賞用と違って
あまり人目に付かない場所を静かに流れている。
昔はマメに手入れされていたらしいが、
今では別の媒介に切り替えた為、
すでに結界用としての用途は果たしていない。
潰すにも手間と工費がかかるため、
長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり
やがてどこからか虫や魚が入り込み、
小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。
その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり
何かと口うるさい大人たちに見つからない
小さな隠れ家だった。
さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。
垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。
まぁ、元々ここでは釣りよりも
ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。
特に、今日のような日は。
「なんかすごく久しぶりだな。
こうやって釣りするの。」
木の枝に釣り糸をくくりつけただけの
粗末な竿を揺らしながら、
ようやく”彼”は口を開いた。
少しだけ気まずそうな様子で
こちらを窺っている。
「そりゃそうだ。この頃お前の方が
ず~~~~~~~~~~~~~~っと
付き合い悪かったからな。」
「うう…!」
露骨な嫌味を込めて言い放つ。
別に責めるつもりは毛頭ないのだが、
クソ真面目なリアクションが面白いので
ちょいちょいからかう事にしている。
「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。
視察だの、謁見だの、
やたら大量に詰め込まれるし。」
「知ってるさ。
大変だなぁ、皇子様は。
人気者でいらっしゃる。」
「ひとごとだな~」
ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。
だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。
俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。
もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。
あとは竜眼さえ現れれば、
彼の立場は確固たるものになるのだが…
今まで、その事をさほど
気にした様子の無かった彼の様子が
この頃おかしい。
にいさまがね
この頃ずっと、お元気が無いの
何かとても悩んでいるみたい
そう思っていた矢先、
彼の妹姫様からご相談を受けた。
どうやら気になっていたのは
自分だけでは無かったらしい。
でもきっと、わたしには
言いにくいことかもしれないから
ビクター
あなたからお話を聞いてあげてほしいの
きっとにいさま、あなたには安心して
話してくださるわ
あ、でも
わたしが心配していたことは
にいさまには、ナイショにしてね?
⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか?
そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。
あの無神経な隊長殿も
少しは見習ってはどうだろうか。
そう思うと、先ほど温室でのやりとりを
思い出し、イラだってきた。
あの優男。
明らかに、悩みを打ち明けられないことに
悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか?
ああやって恐れず真正面からぶつかれば
何でも解決できると思っている。
あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。
相手を追い詰めていると思っていないところが
尚更タチが悪い。
陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を
いたく気に入っておられるようだが…
正直、俺には理解不能だ。
ま、今頃は騙された事に気付いて
赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。
「ビクター。お前なんか
すごく悪そうな顔しているぞ。」
「おっと、これは失礼。
先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して
つい、な。」
痛快に歪んだ口元に手を添え
ぐいっと直した。
俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、
彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。
「さっきはありがとな、ビクター。
ほんと助かった。」
「はて、何のことだ?
俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、
追い払っただけだが?」
「わんころ…」
「だって犬だろ、ありゃ。
”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)”
てな感じで」
犬っころ。
あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。
皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで
常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。
「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ?
まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」
「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。
犬より速く取ってくるぜ、絶対。」
「うわ絶対速そう!!
あははははははっ!!!」
ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて
ケタケタと笑い出した。
その様子に密かに安堵する。
やれやれ、やっと笑ったか。
ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で
しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。
年の割に大人びているものの、
まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は
一体なんだったのか。
悩みの原因が気にはなるが
無理に聞き出すつもりはない。
今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが…
告白の時は意外にも早く訪れた。
ひとしきり笑い終えると、
彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、
水面を見つめたまま、黙り込んだ。
俺は、ひたすら待つ。
「………………なぁ、ビクター」
「なんだ?」
意を決したように
重い口がようやく、開かれた。
「もしも⋯
もしも、な?
その、たとえば⋯
自分と⋯
・・・・・・・。
自分の、父親が、もし⋯
血が、繋がっていない⋯かも、
しれなかったら⋯
お前なら⋯どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
震えを、押し殺したような声だった。
なるほど。
何があったのか、大方の予想は付いた。
皇宮という閉鎖された空間には
やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。
それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。
主に、聞こえの悪い方が。
大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。
そして、その噂話の中で
彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。
そっと横目で彼の様子を伺う。
日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。
「なるほど、な。」
「・・・・・・」
この噂の真実を、俺は知らない。
何を言っても説得力に欠けるだろう。
しかしだ。
「なぁ、ブラムド」
ひとまずは、
はっきりと
言っておきたいことがある。
「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」
・・・・。
「…あっ!!!」
バサバサバサッ
ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が
一斉に飛び立った。
相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。
「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ!
魚が逃げるだろうが!」
「あっ、ごめん!
じゃなくて!本当にごめん!!」
「あ~~~~~そうだなぁ~~~
母親の顔すら知らんのに何故か本家から
煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」
「ごめんって!!忘れて!
僕が悪かったから!」
前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。
本人にとっては深刻だが、
俺からしてみれば贅沢な悩みだ。
”血の繋がりが無いかもしれない”
こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。
これくらいの嫌味は許してもらおう。
「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは
後でもらうとして、だ。」
ひとしきりからかい終えたので、
そろそろ本題の方に移ることにした。
「そもそも肝心なことを見落としてないか?」
「え?」
「お前の母上。
クラウディア様が
そんなことをする御方か?」
「あ⋯」
”清廉のクラウディア”
この二つ名が似合う人はそういないだろう。
それほどまでに、この幼馴染⋯
ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。
若い頃から女性の噂が絶えない
皇帝陛下はともかく、
あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を
はたらくものかどうか、純粋に疑問である。
まぁ、それでも何か起こるのが
男女の仲というものらしいが…
それに、
「というかまず、
あの目ざとい陛下が見過ごすか?
クラウディア様の浮気を?」
「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」
陛下が妃を迎えた時。
幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて
一介のドルイド女官であった
クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、
帝国史に残るセンセーショナルな事件である。
当時を知らない俺たちですら、
数多の大人たちから口々に聞かされ
耳にタコができるほどだ。
帝国建国時からの大貴族
ウダイ家を敵に回しかねない所業である。
皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを
象徴する出来事とも言えた。
(まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ)
「どうだ?現実的にありえないと思うが。
少なくとも俺はな。」
「⋯たしかに」
日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が
よほど詳しく知っているだろう。
どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。
「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。
あの御方も、お顔には出さないが
お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」
「うん⋯」
素直なところが、こいつの美点だ。
悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、
人の誠意にも真摯に答えようとする。
姿かたちも知らない陰口の主より、
自らの母親を信じると決めたのであれば
もう大丈夫だろう。
遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。
俺たちは皇宮へ戻ることにした。
「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」
「食堂に盗み食いでもいくか?」
「あ、でも眠くもなってきた⋯」
「眠気か食い気か、どっちかにしろ」
「へへへ」
そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。
憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。
一方で。
俺の足取りの方はやや重く。
儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を
どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。
畳む
目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが
日影が心地よい 絶好のサボり場だった。
日陰の子供たち -2-
#王と皇帝

広大な皇宮の敷地内には、
人工的に作られた森や池が数多く点在している。
その殆どは景観を重視した観賞用であるが、
中にはビオトープさながらに
生き物が多く生息するエリアも存在している。
この小川も、そのひとつだ。
城壁と城壁の隙間を
隠れるようにして流れるこの小川は、
元は結界術の媒介用として作られたものらしい。
そのせいか、庭園などの観賞用と違って
あまり人目に付かない場所を静かに流れている。
昔はマメに手入れされていたらしいが、
今では別の媒介に切り替えた為、
すでに結界用としての用途は果たしていない。
潰すにも手間と工費がかかるため、
長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり
やがてどこからか虫や魚が入り込み、
小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。
その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり
何かと口うるさい大人たちに見つからない
小さな隠れ家だった。
さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。
垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。
まぁ、元々ここでは釣りよりも
ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。
特に、今日のような日は。
「なんかすごく久しぶりだな。
こうやって釣りするの。」
木の枝に釣り糸をくくりつけただけの
粗末な竿を揺らしながら、
ようやく”彼”は口を開いた。
少しだけ気まずそうな様子で
こちらを窺っている。
「そりゃそうだ。この頃お前の方が
ず~~~~~~~~~~~~~~っと
付き合い悪かったからな。」
「うう…!」
露骨な嫌味を込めて言い放つ。
別に責めるつもりは毛頭ないのだが、
クソ真面目なリアクションが面白いので
ちょいちょいからかう事にしている。
「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。
視察だの、謁見だの、
やたら大量に詰め込まれるし。」
「知ってるさ。
大変だなぁ、皇子様は。
人気者でいらっしゃる。」
「ひとごとだな~」
ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。
だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。
俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。
もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。
あとは竜眼さえ現れれば、
彼の立場は確固たるものになるのだが…
今まで、その事をさほど
気にした様子の無かった彼の様子が
この頃おかしい。
にいさまがね
この頃ずっと、お元気が無いの
何かとても悩んでいるみたい
そう思っていた矢先、
彼の妹姫様からご相談を受けた。
どうやら気になっていたのは
自分だけでは無かったらしい。
でもきっと、わたしには
言いにくいことかもしれないから
ビクター
あなたからお話を聞いてあげてほしいの
きっとにいさま、あなたには安心して
話してくださるわ
あ、でも
わたしが心配していたことは
にいさまには、ナイショにしてね?
⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか?
そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。
あの無神経な隊長殿も
少しは見習ってはどうだろうか。
そう思うと、先ほど温室でのやりとりを
思い出し、イラだってきた。
あの優男。
明らかに、悩みを打ち明けられないことに
悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか?
ああやって恐れず真正面からぶつかれば
何でも解決できると思っている。
あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。
相手を追い詰めていると思っていないところが
尚更タチが悪い。
陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を
いたく気に入っておられるようだが…
正直、俺には理解不能だ。
ま、今頃は騙された事に気付いて
赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。
「ビクター。お前なんか
すごく悪そうな顔しているぞ。」
「おっと、これは失礼。
先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して
つい、な。」
痛快に歪んだ口元に手を添え
ぐいっと直した。
俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、
彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。
「さっきはありがとな、ビクター。
ほんと助かった。」
「はて、何のことだ?
俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、
追い払っただけだが?」
「わんころ…」
「だって犬だろ、ありゃ。
”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)”
てな感じで」
犬っころ。
あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。
皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで
常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。
「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ?
まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」
「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。
犬より速く取ってくるぜ、絶対。」
「うわ絶対速そう!!
あははははははっ!!!」
ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて
ケタケタと笑い出した。
その様子に密かに安堵する。
やれやれ、やっと笑ったか。
ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で
しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。
年の割に大人びているものの、
まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は
一体なんだったのか。
悩みの原因が気にはなるが
無理に聞き出すつもりはない。
今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが…
告白の時は意外にも早く訪れた。
ひとしきり笑い終えると、
彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、
水面を見つめたまま、黙り込んだ。
俺は、ひたすら待つ。
「………………なぁ、ビクター」
「なんだ?」
意を決したように
重い口がようやく、開かれた。
「もしも⋯
もしも、な?
その、たとえば⋯
自分と⋯
・・・・・・・。
自分の、父親が、もし⋯
血が、繋がっていない⋯かも、
しれなかったら⋯
お前なら⋯どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
震えを、押し殺したような声だった。
なるほど。
何があったのか、大方の予想は付いた。
皇宮という閉鎖された空間には
やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。
それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。
主に、聞こえの悪い方が。
大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。
そして、その噂話の中で
彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。
そっと横目で彼の様子を伺う。
日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。
「なるほど、な。」
「・・・・・・」
この噂の真実を、俺は知らない。
何を言っても説得力に欠けるだろう。
しかしだ。
「なぁ、ブラムド」
ひとまずは、
はっきりと
言っておきたいことがある。
「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」
・・・・。
「…あっ!!!」
バサバサバサッ
ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が
一斉に飛び立った。
相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。
「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ!
魚が逃げるだろうが!」
「あっ、ごめん!
じゃなくて!本当にごめん!!」
「あ~~~~~そうだなぁ~~~
母親の顔すら知らんのに何故か本家から
煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」
「ごめんって!!忘れて!
僕が悪かったから!」
前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。
本人にとっては深刻だが、
俺からしてみれば贅沢な悩みだ。
”血の繋がりが無いかもしれない”
こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。
これくらいの嫌味は許してもらおう。
「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは
後でもらうとして、だ。」
ひとしきりからかい終えたので、
そろそろ本題の方に移ることにした。
「そもそも肝心なことを見落としてないか?」
「え?」
「お前の母上。
クラウディア様が
そんなことをする御方か?」
「あ⋯」
”清廉のクラウディア”
この二つ名が似合う人はそういないだろう。
それほどまでに、この幼馴染⋯
ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。
若い頃から女性の噂が絶えない
皇帝陛下はともかく、
あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を
はたらくものかどうか、純粋に疑問である。
まぁ、それでも何か起こるのが
男女の仲というものらしいが…
それに、
「というかまず、
あの目ざとい陛下が見過ごすか?
クラウディア様の浮気を?」
「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」
陛下が妃を迎えた時。
幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて
一介のドルイド女官であった
クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、
帝国史に残るセンセーショナルな事件である。
当時を知らない俺たちですら、
数多の大人たちから口々に聞かされ
耳にタコができるほどだ。
帝国建国時からの大貴族
ウダイ家を敵に回しかねない所業である。
皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを
象徴する出来事とも言えた。
(まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ)
「どうだ?現実的にありえないと思うが。
少なくとも俺はな。」
「⋯たしかに」
日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が
よほど詳しく知っているだろう。
どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。
「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。
あの御方も、お顔には出さないが
お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」
「うん⋯」
素直なところが、こいつの美点だ。
悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、
人の誠意にも真摯に答えようとする。
姿かたちも知らない陰口の主より、
自らの母親を信じると決めたのであれば
もう大丈夫だろう。
遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。
俺たちは皇宮へ戻ることにした。
「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」
「食堂に盗み食いでもいくか?」
「あ、でも眠くもなってきた⋯」
「眠気か食い気か、どっちかにしろ」
「へへへ」
そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。
憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。
一方で。
俺の足取りの方はやや重く。
儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を
どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。
畳む
⋯しかし、このままではどうなることやら
全くだ
あの第一皇子は今年でもう10歳になると
いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に
見られないというではないか
『継承者』であれば、もうとっくに現れても
おかしくない頃だと聞くが
それどころか 魔法の習得も遅れ気味で
教育係も手を焼いているそうだぞ
第二皇子の方は既に
竜言語を全て習得されているというのに
やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな
あの『噂』?
なんだ 知らないのか
第一皇子は------
陛下のまことの御子様ではない
という『噂』だ
どこの誰が言っていたのか。
それを確かめる勇気はなかった。
たまたま一人で通りがかったところ
聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。
あの日からずっと、
胸に石を詰められたように
気分が重い。
日陰の子供たち
#王と皇帝

「・・・・ムド様・・
ブラムド様?」
「・・・・・・!」
呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。
いつの間に傍に来ていたのだろう。
隣には、ひざまずいたミハが
心配そうに、こちらを見上げていた。
庭園の隅の
さらに隅っこにあるような、小さな温室。
慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては
そこで独りで篭り
考え事をするのが、最近の日課になっていた。
でも、その考え事に『答え』や
ましてや『解決策』が出ることはない。
誰にも聞けない疑念を抱えたまま、
ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。
それでも一人になりたかった。
そうでもしないと、そのうち
息も出来なくなりそうだったのだ。
そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は
心配そうな表情を浮かべながら、
僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。
「ごめん、ミハ。
ちょっとぼーっとしてた。
どうしたの?僕に何かご用?」
取り繕うように、
なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが
逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に
完璧に失敗したらしい。
難しい顔をしたままだ。
「お疲れのところ、申し訳ございません
ブラムド様。
お話したい事がございますゆえ、
恐れながら、
少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
言い方は穏やかだったが、
声色には、有無を言わせない迫力があった。
こうなるとテコでも動かない事は、
昔からよく知っている。
「かまわないよ。なに?」
僕は、そう言うしかなかった。
さて、困った…
どうしようかな。
ミハは、いつもやさしい。
僕が魔法の課題に苦戦していた時も、
自分の仕事もあったのに
毎日練習に付き合ってくれた。
妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も
誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。
ミハは優しい。
それは知ってる。
でも
それでも
さすがに、今回は
誰かに話せる悩みじゃなかった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、
失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは
しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが
やがて、意を決したように口を開いた。
「皇后陛下…
御母上が大変心配しておられました。
この頃、殿下のご様子がおかしいと。
どこか自分の事を避けているようだとも⋯」
ああ、やっぱり気付かれていたか。
元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど
あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。
適当な理由をつけては面会を拒んだり、
廊下ですれ違っても
挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。
いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。
生憎、そこまで器用じゃない。
それに、面と向かっていると
思わず問い詰めてしまいそうになる。
『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。
・・・・・・・
僕は母親似だと、よく言われる。
髪の色も、くせっ毛も、顔つきも
眼の色も
母上にそっくり。
父上に
似ているものが何一つ、無い。
「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ?
いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。
それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」
眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。
嘘は言っていない。
が、やはり納得は出来ないミハからの追及は
終わらなかった。
「はい。
殿下は今、皇太子たる公務と勉学で
大変お忙しい身であることは心得ております。
ですが、最近はお食事すら
ままならないご様子と伺いましたが。」
「夏バテかなぁ?
あんまりおなか空かないんだよね。」
そう。
あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。
ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、
初めて知った。
「・・・・・・・・・・」
ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に
とうとうミハも痺れを切らしたようだ。
僕の正面へとひざまずき、
僕の目を、じっと見る。
まずい。
「何があったのですか?」
確信を持って言い放つ。
こうなるともう、言い逃れはできない。
「・・・・・・・・・・。」
ミハは優しい。
そして、いつもまっすぐだ。
回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。
それに何度も助けられたし、
それが、ミハの一番良いところだと知っている。
だけど
今日は
それがひどく
うっとうしい。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。
ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば
『そんな事はない』
と否定するだろう。
いつも通りのまっすぐさで。
でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。
ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。
それに
それにもし
『噂』が本当のことだったら?
そしてそれを、ミハが知っていたら?
彼は、すぐに顔に出る。
僕には嘘がつけないタイプなのだ。
それを見た時、僕は…
僕は、どうすればいいのだろう
頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。
その時だった。
「お話し中のところ、失礼致します。」
凛とした、中性的なよく通る声が
僕の潰れかけた思考を中断させた。
声のした方を見ると
温室の入り口に、少年がひとり立っている。
ビクターだ。
「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」
「アズマ隊長殿。
ロディエル団長から、火急の知らせです。
至急、団長室に出頭するようにとの
仰せですが。」
ミハの言葉を遮るように
ビクターは強く言い放った。
一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが
団長からの召集となると
さすがに無視はできないようだ。
「団長が?」
「はい。
他の隊長や隊員には内密にとの事なので
私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」
ビクターが淀みなく言い放つ。
その顔は真剣だ。
「・・・・・」
ミハは躊躇している。
「いいよミハ、行って。」
「しかし殿下…」
「ロディエルが呼ぶくらいだ。
父上⋯陛下に関わる事かもしれない。
そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし…
ね?」
「・・・・・・・・・」
まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。
「誠に申し訳ございません、殿下。
また後程、改めてお伺いいたします。」
「大丈夫だって。
心配性だなぁ、お前は」
内心、ホッとしたとは言えない。
ミハが足早に温室を去ると、
この場には僕と、ビクターだけがとり残された。
ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを
確認するように、じっ…と外を見据えている。
…なんだか睨みつけているように見えるのは
僕の気のせいだろうか。
それにしても。
「何か、あったのかな?」
団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。
ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、
やはり心配になってきた。
すると、
「いや、何も無ぇよ。
呼び出しとかアレ、嘘だしな。」
・・・・・・・・。
悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に
僕は思わず固まった。
という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も
全部演技だったのか。
元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが
とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。
思った以上に不良だな、こいつ。
開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に
「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。
このあと座学だけだろ?
サボって釣りしようぜ。」
先ほどまでとは打って変わって
おどけた態度のビクターは、
親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。
「あ、う…うん…。」
僕はコクコクと頷いた。
畳む
全くだ
あの第一皇子は今年でもう10歳になると
いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に
見られないというではないか
『継承者』であれば、もうとっくに現れても
おかしくない頃だと聞くが
それどころか 魔法の習得も遅れ気味で
教育係も手を焼いているそうだぞ
第二皇子の方は既に
竜言語を全て習得されているというのに
やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな
あの『噂』?
なんだ 知らないのか
第一皇子は------
陛下のまことの御子様ではない
という『噂』だ
どこの誰が言っていたのか。
それを確かめる勇気はなかった。
たまたま一人で通りがかったところ
聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。
あの日からずっと、
胸に石を詰められたように
気分が重い。
日陰の子供たち
#王と皇帝

「・・・・ムド様・・
ブラムド様?」
「・・・・・・!」
呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。
いつの間に傍に来ていたのだろう。
隣には、ひざまずいたミハが
心配そうに、こちらを見上げていた。
庭園の隅の
さらに隅っこにあるような、小さな温室。
慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては
そこで独りで篭り
考え事をするのが、最近の日課になっていた。
でも、その考え事に『答え』や
ましてや『解決策』が出ることはない。
誰にも聞けない疑念を抱えたまま、
ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。
それでも一人になりたかった。
そうでもしないと、そのうち
息も出来なくなりそうだったのだ。
そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は
心配そうな表情を浮かべながら、
僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。
「ごめん、ミハ。
ちょっとぼーっとしてた。
どうしたの?僕に何かご用?」
取り繕うように、
なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが
逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に
完璧に失敗したらしい。
難しい顔をしたままだ。
「お疲れのところ、申し訳ございません
ブラムド様。
お話したい事がございますゆえ、
恐れながら、
少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
言い方は穏やかだったが、
声色には、有無を言わせない迫力があった。
こうなるとテコでも動かない事は、
昔からよく知っている。
「かまわないよ。なに?」
僕は、そう言うしかなかった。
さて、困った…
どうしようかな。
ミハは、いつもやさしい。
僕が魔法の課題に苦戦していた時も、
自分の仕事もあったのに
毎日練習に付き合ってくれた。
妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も
誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。
ミハは優しい。
それは知ってる。
でも
それでも
さすがに、今回は
誰かに話せる悩みじゃなかった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、
失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは
しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが
やがて、意を決したように口を開いた。
「皇后陛下…
御母上が大変心配しておられました。
この頃、殿下のご様子がおかしいと。
どこか自分の事を避けているようだとも⋯」
ああ、やっぱり気付かれていたか。
元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど
あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。
適当な理由をつけては面会を拒んだり、
廊下ですれ違っても
挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。
いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。
生憎、そこまで器用じゃない。
それに、面と向かっていると
思わず問い詰めてしまいそうになる。
『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。
・・・・・・・
僕は母親似だと、よく言われる。
髪の色も、くせっ毛も、顔つきも
眼の色も
母上にそっくり。
父上に
似ているものが何一つ、無い。
「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ?
いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。
それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」
眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。
嘘は言っていない。
が、やはり納得は出来ないミハからの追及は
終わらなかった。
「はい。
殿下は今、皇太子たる公務と勉学で
大変お忙しい身であることは心得ております。
ですが、最近はお食事すら
ままならないご様子と伺いましたが。」
「夏バテかなぁ?
あんまりおなか空かないんだよね。」
そう。
あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。
ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、
初めて知った。
「・・・・・・・・・・」
ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に
とうとうミハも痺れを切らしたようだ。
僕の正面へとひざまずき、
僕の目を、じっと見る。
まずい。
「何があったのですか?」
確信を持って言い放つ。
こうなるともう、言い逃れはできない。
「・・・・・・・・・・。」
ミハは優しい。
そして、いつもまっすぐだ。
回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。
それに何度も助けられたし、
それが、ミハの一番良いところだと知っている。
だけど
今日は
それがひどく
うっとうしい。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。
ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば
『そんな事はない』
と否定するだろう。
いつも通りのまっすぐさで。
でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。
ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。
それに
それにもし
『噂』が本当のことだったら?
そしてそれを、ミハが知っていたら?
彼は、すぐに顔に出る。
僕には嘘がつけないタイプなのだ。
それを見た時、僕は…
僕は、どうすればいいのだろう
頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。
その時だった。
「お話し中のところ、失礼致します。」
凛とした、中性的なよく通る声が
僕の潰れかけた思考を中断させた。
声のした方を見ると
温室の入り口に、少年がひとり立っている。
ビクターだ。
「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」
「アズマ隊長殿。
ロディエル団長から、火急の知らせです。
至急、団長室に出頭するようにとの
仰せですが。」
ミハの言葉を遮るように
ビクターは強く言い放った。
一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが
団長からの召集となると
さすがに無視はできないようだ。
「団長が?」
「はい。
他の隊長や隊員には内密にとの事なので
私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」
ビクターが淀みなく言い放つ。
その顔は真剣だ。
「・・・・・」
ミハは躊躇している。
「いいよミハ、行って。」
「しかし殿下…」
「ロディエルが呼ぶくらいだ。
父上⋯陛下に関わる事かもしれない。
そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし…
ね?」
「・・・・・・・・・」
まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。
「誠に申し訳ございません、殿下。
また後程、改めてお伺いいたします。」
「大丈夫だって。
心配性だなぁ、お前は」
内心、ホッとしたとは言えない。
ミハが足早に温室を去ると、
この場には僕と、ビクターだけがとり残された。
ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを
確認するように、じっ…と外を見据えている。
…なんだか睨みつけているように見えるのは
僕の気のせいだろうか。
それにしても。
「何か、あったのかな?」
団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。
ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、
やはり心配になってきた。
すると、
「いや、何も無ぇよ。
呼び出しとかアレ、嘘だしな。」
・・・・・・・・。
悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に
僕は思わず固まった。
という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も
全部演技だったのか。
元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが
とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。
思った以上に不良だな、こいつ。
開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に
「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。
このあと座学だけだろ?
サボって釣りしようぜ。」
先ほどまでとは打って変わって
おどけた態度のビクターは、
親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。
「あ、う…うん…。」
僕はコクコクと頷いた。
畳む
魔王と小僧
#VLAD

それはまるで
物語に出てくる『魔王』のようだった。
---------
ベギッ
凍てついた冬の空気にふさわしくない、
鈍く裂けた音が響く。
と同時に、斧を握った手元には嫌な感触が伝わった。
ああ…またやってしまった。
今日で何度目になるかわからない溜息をつきながら、切り株に深く突き立った斧と懸命に格闘する。
引き抜こうと藻掻く度に、
切り株はメキメキ…と軋みを立てた。
深い溝があちこちに刻まれたその姿は、
なんだか自分の姿を見ているようで同情を覚える。
斧はなかなか抜けない。
強く力をかけようにも、斧が壊れる事の方が怖いので
なんとか少しずつ、慎重に、
ゆっくり引き抜こうと試みる。
今度はかなりまずい。
斧の刃が折れたかもしれない。
前にも一度、『加減』を間違えて
斧を壊してしまった時には、随分とひどい折檻を受けた。
殴られる事も、
真冬の倉の寒さにも慣れてはきたが
食事を抜かれることだけは、なかなかつらい。
なので今の斧は、欠けたり歪んだりしながらも
なんとか騙し騙し使ってきたが
もし刃が根元から折れてしまったら
どうしようもない。
頼むから欠けるだけであってくれと
祈る様な気持ちで、一気に斧を引き抜いた。
刃先を真っ先に確認する。
ああよかった。
欠けが広がったが、根元に亀裂は入っていない。
次はもう少しうまく加減をしよう
と、ぼんやり安堵した。
その時だった。
「小僧。面白い事をやっているなぁ」
見知らぬ声が、頭の上から降ってきた。
-------
退屈で死にそうだ。
やはり田舎になんぞ来るものではない。
『魔境』や国境に近い『境界』ならともかく、
『魔境』からも、中央都市部からも中途半端に遠いこの『中空』地域は、
いい意味では平和。
悪い意味では平凡。
早い話が特筆すべきものが何もない
ド田舎であった。
『中空』地域では中央と『境界』を結ぶ街道や橋が数多く整備されてはいるが、基本的に素通りするだけのエリアである。
特に、この岩と雪で覆われた東部・山間部は
昔は宿場町として栄えたらしいが、
『東の大魔境』が広がって以来、東からの交通はほぼ途絶えており、年々寂れていく一方だという。
いつもなら『魔境』と『境界』の視察が終われば、さっさと中央に戻っているのだが。
戻ったら戻ったで、側近共が山ほど用意しているであろう面倒な書類との格闘を思い出し、
ふと気まぐれに。現実逃避も兼ねて。
『中空』地域の視察をしようと
思い立ったのがいけなかった。
・・・・・・・退屈だ。
本当に
本当に何もない、この田舎町は。
我が身の仰々しい警護すら間抜けに思えてきたので、早々に馬車を降り、徒歩で歩き出したのが20分ほど前のこと。
独りで歩く、ついて来るな
という俺の命令を鮮やかにスルーして
後ろから静かに、わずかに距離をとりながら
ロディエルとモーガンの二人が随伴している。
しかし気配と足音を消すのが巧みなこの二名は、俺の散歩の気を散らすようなことはしない。
なので、好きなようにさせている。
空は白く、低い。
薄曇りの天気が、冬の冷気を
町ごと閉じ込めているような空気だった。
辺りは静かで、昼間だというのに人通りはない。
町の目抜き通りでさえ、雪を踏み締める俺の足音以外は何も聞こえない有り様だった。
本当に人が暮しているのか?
あまりのゴーストタウンっぷりに、
いよいよ最後の興味も尽きかけた
その時だった。
薪を割る音がする。
普段ならどうという事は無い生活音だが、
この静寂の中ではひと際存在感を放つ音だっただけに、自然と音のする方向へ、足が向いていた。
古びた屋敷の、裏庭の一角。
痩せっぽちの子供がひとり。
この寒空の下、黙々と薪を割り続けていた。
真冬だというのに、襟巻はおろか上着すら羽織っていない。
粗末な靴には、雪と泥がしみ込んでおり
召使いというより、殆ど奴隷に近い格好だ。
カンッ
と薪を割る、軽快な音が響く。
この薪割り小僧と俺との距離は、
もはや5mも離れてはいなかったが
よほど作業に没頭しているのか、小僧がこちらに気付く様子はない。
慣れた手つきで薪を拾い、
斧を振り上げ、
小気味よいテンポで割っていく。
機械的なその作業を、しばらく眺めていた。
ふと、 違和感を覚える。
小僧は淡々と、淀みなく薪を割り続けている。
辺りに転がっている薪は見事に両断されており、
その断面は、鋭利な刃物で切られたことを物語る様に滑らかに光っていた。
しかし、
先程から小僧が振り上げている
その『斧』は
風雨による赤錆と
ノコギリのように欠けた、刃先。
とても用を為さないシロモノであった。
「・・・・・」
背後に控えたロディエルとモーガンが、
静かに、感嘆の眼差しで
小僧を眺めている気配を感じる。
こいつらも、どこにでもいるようなこの薄汚れた小僧が『相当達者な芸当』をやっていると理解したのだろう。
ベギッ
先程とは打って変わった鈍い音と共に
小僧の動きが止まる。
どうやら『加減』を誤ったらしい。
焦った様子で、切り株に深く食い込んでしまった斧を引き抜こうと格闘している。
何も無いと思っていた田舎町で、
思わぬ収穫が舞い込んできたようだ。
俄然興味が湧いてきた俺は
『視察対象』をこの小僧のみに絞ることを決めた。
「小僧、面白い事をやっているなぁ」
畳む
#VLAD

それはまるで
物語に出てくる『魔王』のようだった。
---------
ベギッ
凍てついた冬の空気にふさわしくない、
鈍く裂けた音が響く。
と同時に、斧を握った手元には嫌な感触が伝わった。
ああ…またやってしまった。
今日で何度目になるかわからない溜息をつきながら、切り株に深く突き立った斧と懸命に格闘する。
引き抜こうと藻掻く度に、
切り株はメキメキ…と軋みを立てた。
深い溝があちこちに刻まれたその姿は、
なんだか自分の姿を見ているようで同情を覚える。
斧はなかなか抜けない。
強く力をかけようにも、斧が壊れる事の方が怖いので
なんとか少しずつ、慎重に、
ゆっくり引き抜こうと試みる。
今度はかなりまずい。
斧の刃が折れたかもしれない。
前にも一度、『加減』を間違えて
斧を壊してしまった時には、随分とひどい折檻を受けた。
殴られる事も、
真冬の倉の寒さにも慣れてはきたが
食事を抜かれることだけは、なかなかつらい。
なので今の斧は、欠けたり歪んだりしながらも
なんとか騙し騙し使ってきたが
もし刃が根元から折れてしまったら
どうしようもない。
頼むから欠けるだけであってくれと
祈る様な気持ちで、一気に斧を引き抜いた。
刃先を真っ先に確認する。
ああよかった。
欠けが広がったが、根元に亀裂は入っていない。
次はもう少しうまく加減をしよう
と、ぼんやり安堵した。
その時だった。
「小僧。面白い事をやっているなぁ」
見知らぬ声が、頭の上から降ってきた。
-------
退屈で死にそうだ。
やはり田舎になんぞ来るものではない。
『魔境』や国境に近い『境界』ならともかく、
『魔境』からも、中央都市部からも中途半端に遠いこの『中空』地域は、
いい意味では平和。
悪い意味では平凡。
早い話が特筆すべきものが何もない
ド田舎であった。
『中空』地域では中央と『境界』を結ぶ街道や橋が数多く整備されてはいるが、基本的に素通りするだけのエリアである。
特に、この岩と雪で覆われた東部・山間部は
昔は宿場町として栄えたらしいが、
『東の大魔境』が広がって以来、東からの交通はほぼ途絶えており、年々寂れていく一方だという。
いつもなら『魔境』と『境界』の視察が終われば、さっさと中央に戻っているのだが。
戻ったら戻ったで、側近共が山ほど用意しているであろう面倒な書類との格闘を思い出し、
ふと気まぐれに。現実逃避も兼ねて。
『中空』地域の視察をしようと
思い立ったのがいけなかった。
・・・・・・・退屈だ。
本当に
本当に何もない、この田舎町は。
我が身の仰々しい警護すら間抜けに思えてきたので、早々に馬車を降り、徒歩で歩き出したのが20分ほど前のこと。
独りで歩く、ついて来るな
という俺の命令を鮮やかにスルーして
後ろから静かに、わずかに距離をとりながら
ロディエルとモーガンの二人が随伴している。
しかし気配と足音を消すのが巧みなこの二名は、俺の散歩の気を散らすようなことはしない。
なので、好きなようにさせている。
空は白く、低い。
薄曇りの天気が、冬の冷気を
町ごと閉じ込めているような空気だった。
辺りは静かで、昼間だというのに人通りはない。
町の目抜き通りでさえ、雪を踏み締める俺の足音以外は何も聞こえない有り様だった。
本当に人が暮しているのか?
あまりのゴーストタウンっぷりに、
いよいよ最後の興味も尽きかけた
その時だった。
薪を割る音がする。
普段ならどうという事は無い生活音だが、
この静寂の中ではひと際存在感を放つ音だっただけに、自然と音のする方向へ、足が向いていた。
古びた屋敷の、裏庭の一角。
痩せっぽちの子供がひとり。
この寒空の下、黙々と薪を割り続けていた。
真冬だというのに、襟巻はおろか上着すら羽織っていない。
粗末な靴には、雪と泥がしみ込んでおり
召使いというより、殆ど奴隷に近い格好だ。
カンッ
と薪を割る、軽快な音が響く。
この薪割り小僧と俺との距離は、
もはや5mも離れてはいなかったが
よほど作業に没頭しているのか、小僧がこちらに気付く様子はない。
慣れた手つきで薪を拾い、
斧を振り上げ、
小気味よいテンポで割っていく。
機械的なその作業を、しばらく眺めていた。
ふと、 違和感を覚える。
小僧は淡々と、淀みなく薪を割り続けている。
辺りに転がっている薪は見事に両断されており、
その断面は、鋭利な刃物で切られたことを物語る様に滑らかに光っていた。
しかし、
先程から小僧が振り上げている
その『斧』は
風雨による赤錆と
ノコギリのように欠けた、刃先。
とても用を為さないシロモノであった。
「・・・・・」
背後に控えたロディエルとモーガンが、
静かに、感嘆の眼差しで
小僧を眺めている気配を感じる。
こいつらも、どこにでもいるようなこの薄汚れた小僧が『相当達者な芸当』をやっていると理解したのだろう。
ベギッ
先程とは打って変わった鈍い音と共に
小僧の動きが止まる。
どうやら『加減』を誤ったらしい。
焦った様子で、切り株に深く食い込んでしまった斧を引き抜こうと格闘している。
何も無いと思っていた田舎町で、
思わぬ収穫が舞い込んできたようだ。
俄然興味が湧いてきた俺は
『視察対象』をこの小僧のみに絞ることを決めた。
「小僧、面白い事をやっているなぁ」
畳む
あなたとわたし

マギの一族が歌う、有名な歌のひとつ。
いつから伝わっているものかは不明。
恋人のことを唄っているようでもあり、
友のことを唄っているようでもある。
--------------------
あなたがわたしを信じてなくても
わたしはあなたを信じている
あなたが何度も道を違えて
あなたが何度も淵に落ちても
わたしは何度も
あなたの彷徨う腕に手を伸ばす
どうか忘れないでほしい
わたしは何も憎んではいない
どんなに深く永い夜道も
わたしはあなたと共に切り拓いてきた
ただあなたの長い慟哭が止むことを
ただあなたの温かい祈りが届くことを
霞みも眠るような 深い花畑から願いながら
やがて訪れる月の狭間で
あなたはただ 信じるだけでいい
その日 わたしはやっと旅発つ
あなたに囁くようなさよならを言って
わたしはあなたのもとを去り
あなたは長い旅を終える
あなたが何度も同じ道を巡り
あなたが何度も後悔と出会った事
きっとわたしだけが知っていて
きっとあなたも同じことを思った
いずれわたしが全てを忘れて
あなたと再び出会ったら
どうかまた
あの日と同じ名前で呼んでほしい
そしてわたしは今度こそ
あなたの手をしっかり握って
あなたに挨拶が言えるのだから
あなたと明日へ行けるのだから
畳む
#王と皇帝

マギの一族が歌う、有名な歌のひとつ。
いつから伝わっているものかは不明。
恋人のことを唄っているようでもあり、
友のことを唄っているようでもある。
--------------------
あなたがわたしを信じてなくても
わたしはあなたを信じている
あなたが何度も道を違えて
あなたが何度も淵に落ちても
わたしは何度も
あなたの彷徨う腕に手を伸ばす
どうか忘れないでほしい
わたしは何も憎んではいない
どんなに深く永い夜道も
わたしはあなたと共に切り拓いてきた
ただあなたの長い慟哭が止むことを
ただあなたの温かい祈りが届くことを
霞みも眠るような 深い花畑から願いながら
やがて訪れる月の狭間で
あなたはただ 信じるだけでいい
その日 わたしはやっと旅発つ
あなたに囁くようなさよならを言って
わたしはあなたのもとを去り
あなたは長い旅を終える
あなたが何度も同じ道を巡り
あなたが何度も後悔と出会った事
きっとわたしだけが知っていて
きっとあなたも同じことを思った
いずれわたしが全てを忘れて
あなたと再び出会ったら
どうかまた
あの日と同じ名前で呼んでほしい
そしてわたしは今度こそ
あなたの手をしっかり握って
あなたに挨拶が言えるのだから
あなたと明日へ行けるのだから
畳む
#王と皇帝
思い流せば
#くれない

「本当に行くつもり?」
『ああ』
「その子を置いて?」
『…ああ』
「・・・・・・」
『まだ納得いかない、か?』
「当たり前でしょ。
なんであんたがそんなことしなきゃならないのよ」
『そうだなぁ。
でも、誰かが行かなきゃいけない』
「・・・」
『ただ…この子のことは少し心配だな。
あの人にも乳母にも、ちっとも懐かなくて…
こうやって私が抱いていてやらないと、寝ないんだよ』
「将来…」
『ん?』
「将来、その子になんて説明するつもりなの?
あんたの事」
『んー…あの人とも相談したんだが…
病で死んだことにしようと思うんだ。
今回の事は全て秘密裏に処理されるそうだし、
周囲に対しても、それが一番自然な言い訳だろうって』
「世間はそう信じるでしょうね。
でも、その子に対しても
そんな嘘が本当に通用すると思ってるの?」
『・・・・・・』
「あんたも知ってるでしょう?
その子、腹立つぐらい賢いわ。
おまけにマザコンだしね。あんたの事を忘れるもんですか。
知恵が付いてくれば、嘘の違和感にも気付く。
いくら周囲が口を閉ざしても…
あの馬鹿の下手な嘘なんか、すぐにバレるに決まってる。
いつか必ず知ることになるわよ
自分の母親が、
何故
いなくなったのか」
『・・・・・・・』
「その時、その子がこの国を
呪うようなことにならなきゃいいわね。
今のわたしみたいに…」
『行くのか?』
「ええ。もうここには来ないわ」
『そう言うな。
たまには来て、この子の相手をしてやってくれないか?』
「………お断りよ。
さようなら、姉さん。
最後の最後まで、あんたは馬鹿ね。」
『さようなら、弟よ。
だが、何も後悔はないよ』
「…嘘ばっかり」
『ふふふふふ…』
『よしよし、私の可愛いぼうや。
おまえはいい子だ。
私がいなくても、ちゃんとねんねするんだぞ?
たくさん食べて、大きくおなり。
父君のいう事をよくきいて
強い強い、男になっておくれ。
そして、いつかまた・・・』
『どんな形でもいい
いつか、いつか必ず・・・
私に会いに来ておくれ。』
畳む
#くれない

「本当に行くつもり?」
『ああ』
「その子を置いて?」
『…ああ』
「・・・・・・」
『まだ納得いかない、か?』
「当たり前でしょ。
なんであんたがそんなことしなきゃならないのよ」
『そうだなぁ。
でも、誰かが行かなきゃいけない』
「・・・」
『ただ…この子のことは少し心配だな。
あの人にも乳母にも、ちっとも懐かなくて…
こうやって私が抱いていてやらないと、寝ないんだよ』
「将来…」
『ん?』
「将来、その子になんて説明するつもりなの?
あんたの事」
『んー…あの人とも相談したんだが…
病で死んだことにしようと思うんだ。
今回の事は全て秘密裏に処理されるそうだし、
周囲に対しても、それが一番自然な言い訳だろうって』
「世間はそう信じるでしょうね。
でも、その子に対しても
そんな嘘が本当に通用すると思ってるの?」
『・・・・・・』
「あんたも知ってるでしょう?
その子、腹立つぐらい賢いわ。
おまけにマザコンだしね。あんたの事を忘れるもんですか。
知恵が付いてくれば、嘘の違和感にも気付く。
いくら周囲が口を閉ざしても…
あの馬鹿の下手な嘘なんか、すぐにバレるに決まってる。
いつか必ず知ることになるわよ
自分の母親が、
何故
いなくなったのか」
『・・・・・・・』
「その時、その子がこの国を
呪うようなことにならなきゃいいわね。
今のわたしみたいに…」
『行くのか?』
「ええ。もうここには来ないわ」
『そう言うな。
たまには来て、この子の相手をしてやってくれないか?』
「………お断りよ。
さようなら、姉さん。
最後の最後まで、あんたは馬鹿ね。」
『さようなら、弟よ。
だが、何も後悔はないよ』
「…嘘ばっかり」
『ふふふふふ…』
『よしよし、私の可愛いぼうや。
おまえはいい子だ。
私がいなくても、ちゃんとねんねするんだぞ?
たくさん食べて、大きくおなり。
父君のいう事をよくきいて
強い強い、男になっておくれ。
そして、いつかまた・・・』
『どんな形でもいい
いつか、いつか必ず・・・
私に会いに来ておくれ。』
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光雨
#王と皇帝

あの時のことは よく覚えていない
思い出せるのは
ただ真っ暗で
息苦しく
出たいともがく気力すら
根こそぎ奪うような 闇と
底なしの沼に
沈んでいくような 感覚
ああ わたし 死ぬんだわ と
それだけははっきり 自覚できた
何度か
お姉様の声を 聴いたような気がしたけれど
とても遠くて 戻れない
ごめんなさい お姉様
いつも足を引っ張って ごめんなさい
でも わたしがいなくなったら
お姉様 自由になれるかしら
この国を離れて
ずっとずっと遠くに 行けるのかしら
それも悪くないかもしれないと
思いながら
最後の意識を閉じようとした その時
まるで光のように
暖かい雨が 降ってきた
畳む
#王と皇帝

あの時のことは よく覚えていない
思い出せるのは
ただ真っ暗で
息苦しく
出たいともがく気力すら
根こそぎ奪うような 闇と
底なしの沼に
沈んでいくような 感覚
ああ わたし 死ぬんだわ と
それだけははっきり 自覚できた
何度か
お姉様の声を 聴いたような気がしたけれど
とても遠くて 戻れない
ごめんなさい お姉様
いつも足を引っ張って ごめんなさい
でも わたしがいなくなったら
お姉様 自由になれるかしら
この国を離れて
ずっとずっと遠くに 行けるのかしら
それも悪くないかもしれないと
思いながら
最後の意識を閉じようとした その時
まるで光のように
暖かい雨が 降ってきた
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嵐を待つ
#王と皇帝

どうしたんだい お姫様
今日はまたひどく悲しそうだね
「…もう駄目だ、タティアナ。
今度こそお終いだ…」
おやおや 穏やかじゃないね
落ち着いて
何があったのか 話してごらん?
「父が…我が国が、オルテギアの属領を侵した。
事実上、宣戦布告だ…」
それはまた
随分と思い切ったことをしたものだね
あの愚かな王は
他国にでも焚き付けられたのかな?
「恐らくな…
あの単細胞のことだ。おおかた
”十王を喪った帝国など恐るるに足らず”
などと、調子の良いセリフで
担ぎ上げられたに違いない。
お前の力を、大いに見せつけてやると
言わんばかりの有り様だった」
やれやれ
買い被られたものだね私も
帝国だって咎人の一体や二体
飼い慣らしているだろうに
「⋯だからタティアナ。
今夜でお前との契約を切る。
急いで、ここを離れてくれ」
・・・・・・
「今度の相手は悪すぎる。
どう考えても太刀打ちできる相手じゃない。
こんな小国が帝国に…勝てるわけないのに…!」
・・・・・・・・・・・・
「こんな国に居続けても
お前の望みに叶う魔法使いなんて
永遠に現れはしない。
だから今日は…お別れを言いに来たんだ」
お姫様
「随分と長い間、私の泣き言に
付き合わせてしまったな…
せめてものお詫びだ。
なんとか80秒だけ呪縛を解く。
その間にどうか、行ってくれ。」
お姫様 私はね
「そうだ。いっそ次は帝国と契約したらいい。
帝国ならきっと
お前の望みを叶えてくれる魔法使いが、」
私はこの“タティアナ”という名前が
とても気に入っているんだ
「・・・・・・!」
私にはもう
生前の記憶はほぼ 残っていないが
少なくとも これまでに
これほど親しみを込めて
誰かに呼ばれたことは 無かった
私はもう かつての私の名など
思い出せなくて良い
貴女が大好きだった 乳母の名前を
私に授けてくれた あの日から
この先も
私の契約者は貴女だけだよ
エスメラルダ
「・・・・・・・・・・・・っ」
泣かないで 優しいお姫様
貴女は何も悪くない
大丈夫 何も心配いらない
私にはわかる
全てがきっと うまくいくよ
-------
そう
この子は何も悪くない。
魔法の才が、この国の誰よりもあったが為に
愚かな父親に利用された哀れな娘だ。
ああ、自由の効かぬ我が身が忌々しい。
せめて『角』でも戻れば、
この子を苦しめるあの男を
一瞬で“床のシミ”に変えてやれるものを。
でも心配しなくていい、お姫様。
じきに大きな嵐が来る。
この暗い鳥籠を
一瞬で打ち砕くような
大きな嵐が。
畳む
#王と皇帝

どうしたんだい お姫様
今日はまたひどく悲しそうだね
「…もう駄目だ、タティアナ。
今度こそお終いだ…」
おやおや 穏やかじゃないね
落ち着いて
何があったのか 話してごらん?
「父が…我が国が、オルテギアの属領を侵した。
事実上、宣戦布告だ…」
それはまた
随分と思い切ったことをしたものだね
あの愚かな王は
他国にでも焚き付けられたのかな?
「恐らくな…
あの単細胞のことだ。おおかた
”十王を喪った帝国など恐るるに足らず”
などと、調子の良いセリフで
担ぎ上げられたに違いない。
お前の力を、大いに見せつけてやると
言わんばかりの有り様だった」
やれやれ
買い被られたものだね私も
帝国だって咎人の一体や二体
飼い慣らしているだろうに
「⋯だからタティアナ。
今夜でお前との契約を切る。
急いで、ここを離れてくれ」
・・・・・・
「今度の相手は悪すぎる。
どう考えても太刀打ちできる相手じゃない。
こんな小国が帝国に…勝てるわけないのに…!」
・・・・・・・・・・・・
「こんな国に居続けても
お前の望みに叶う魔法使いなんて
永遠に現れはしない。
だから今日は…お別れを言いに来たんだ」
お姫様
「随分と長い間、私の泣き言に
付き合わせてしまったな…
せめてものお詫びだ。
なんとか80秒だけ呪縛を解く。
その間にどうか、行ってくれ。」
お姫様 私はね
「そうだ。いっそ次は帝国と契約したらいい。
帝国ならきっと
お前の望みを叶えてくれる魔法使いが、」
私はこの“タティアナ”という名前が
とても気に入っているんだ
「・・・・・・!」
私にはもう
生前の記憶はほぼ 残っていないが
少なくとも これまでに
これほど親しみを込めて
誰かに呼ばれたことは 無かった
私はもう かつての私の名など
思い出せなくて良い
貴女が大好きだった 乳母の名前を
私に授けてくれた あの日から
この先も
私の契約者は貴女だけだよ
エスメラルダ
「・・・・・・・・・・・・っ」
泣かないで 優しいお姫様
貴女は何も悪くない
大丈夫 何も心配いらない
私にはわかる
全てがきっと うまくいくよ
-------
そう
この子は何も悪くない。
魔法の才が、この国の誰よりもあったが為に
愚かな父親に利用された哀れな娘だ。
ああ、自由の効かぬ我が身が忌々しい。
せめて『角』でも戻れば、
この子を苦しめるあの男を
一瞬で“床のシミ”に変えてやれるものを。
でも心配しなくていい、お姫様。
じきに大きな嵐が来る。
この暗い鳥籠を
一瞬で打ち砕くような
大きな嵐が。
畳む
楽園の記憶
#VLAD

きっと誰もが、脳裏の片隅に
蜃気楼のような『楽園』を持っているのだろう。
当時、『それ』とは気付きもしなかった
『楽園の記憶』が。
それが今も『お前』を押し進めている。
もはや後戻りが出来ない所まで
深く遠くに、な。
それこそが、
いや、それだけが
『お前』を『お前』たらしめる
唯一なのだろう。
俺にも『楽園の記憶』がある。
もうずっと昔に失ったあの『楽園』が
何度も何度も、俺を守った。
だから 『お前』の気持ちはよくわかる。
『楽園』を失った痛みも
そして取り戻したい気持ちもな。
だからこそ、一緒には行けない。
『お前』は『あいつ』を生贄にして
俺を修羅の道連れにしたかったんだろうが
生憎と、『あいつ』が俺に残した
この
何に代えても埋まらない空洞が
辛うじて 俺を人間にした。
『楽園』は永遠ではない。
いつかは失う。
そして蜃気楼のように漂うのだ。
俺の中にも、『お前』の中にも。
そしてそれは
焦土の果てにまで行ける
『杖』となってくれるが
それ以上は、望めない。
いいか。
何度 地獄の底を生み出しても
それ以上は
望めないのだ。
賢い『お前』には
もうずっと以前からわかっていたはずだ。
『お前』は
『失った楽園』を取り戻す事ではなく、
『次の楽園』を探すべきだった。
そうすれば…
・・・・・・・
いや、説教は止そう。
何せ『お前』に俺の声は、
『とうの昔』に届かなくなっているのだし、
それに
もうシルヴィアからも、
『同じ説教』を貰ったんだろう?
いや、シルヴィアだけじゃない。
きっと『お前』は『俺たち』に
何度も こう言われたはずだ。
『共に行けない』 と。
笑って はっきり
フラれただろう?
悪いな。
今回も、同じ答えだ。
出来る事なら
『お前』を殺すのは
俺の役目でありたかったが
残念なことに 『時間切れ』だ。
いつか
『お前』の息の根を止める者が
いつか、この世に降りてくることを
あの 深い花畑から
切に願っているぞ
我が友よ
畳む
#VLAD

きっと誰もが、脳裏の片隅に
蜃気楼のような『楽園』を持っているのだろう。
当時、『それ』とは気付きもしなかった
『楽園の記憶』が。
それが今も『お前』を押し進めている。
もはや後戻りが出来ない所まで
深く遠くに、な。
それこそが、
いや、それだけが
『お前』を『お前』たらしめる
唯一なのだろう。
俺にも『楽園の記憶』がある。
もうずっと昔に失ったあの『楽園』が
何度も何度も、俺を守った。
だから 『お前』の気持ちはよくわかる。
『楽園』を失った痛みも
そして取り戻したい気持ちもな。
だからこそ、一緒には行けない。
『お前』は『あいつ』を生贄にして
俺を修羅の道連れにしたかったんだろうが
生憎と、『あいつ』が俺に残した
この
何に代えても埋まらない空洞が
辛うじて 俺を人間にした。
『楽園』は永遠ではない。
いつかは失う。
そして蜃気楼のように漂うのだ。
俺の中にも、『お前』の中にも。
そしてそれは
焦土の果てにまで行ける
『杖』となってくれるが
それ以上は、望めない。
いいか。
何度 地獄の底を生み出しても
それ以上は
望めないのだ。
賢い『お前』には
もうずっと以前からわかっていたはずだ。
『お前』は
『失った楽園』を取り戻す事ではなく、
『次の楽園』を探すべきだった。
そうすれば…
・・・・・・・
いや、説教は止そう。
何せ『お前』に俺の声は、
『とうの昔』に届かなくなっているのだし、
それに
もうシルヴィアからも、
『同じ説教』を貰ったんだろう?
いや、シルヴィアだけじゃない。
きっと『お前』は『俺たち』に
何度も こう言われたはずだ。
『共に行けない』 と。
笑って はっきり
フラれただろう?
悪いな。
今回も、同じ答えだ。
出来る事なら
『お前』を殺すのは
俺の役目でありたかったが
残念なことに 『時間切れ』だ。
いつか
『お前』の息の根を止める者が
いつか、この世に降りてくることを
あの 深い花畑から
切に願っているぞ
我が友よ
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#王と皇帝
この世界には、誰もが知っているこんな伝承がある。
かつて、一人の大魔法使いがいた。
その者は竜の言葉を自在に操り
竜族を従えていた事から
【竜王】
と呼ばれていた。
ある時
大地に無数の裂け目が生じ
【妖素】と呼ばれる毒の空気が、地上へ溢れ出した。
【妖素】に冒された大地は
人間が住むことのできない地に変貌した。
後に、【魔境】と呼ばれる瘴気の地は
少しずつ大地を蝕んでゆき、人々の住む地を奪っていった。
この事態を前に、【竜王】は
【魔境】の浸食から人々を守る為
己の全ての魔力を使って
十体の分身を創り出した。
【十王】と名付けられた分身たちは
【魔境】を封じる【結界】となった。
【十王】は、選ばれた【継承者】と共に封印を担い
【魔境】の浸食を防ぐ守り神として、人々に崇められた。
そして、分身を創り出した【竜王】は、力を使い果たし
人々の前から姿を消した。
時は流れ
大地は、【魔境】から生まれた【魔獣】たちが
闊歩する世界となった。
【十王】の加護が届かない地にも裂け目は生じ
【魔境】は広がり続け、大地を飲み込んでいった。
人間の世界は
【十王】が鎮守する国
【十王国】だけになりつつあった。
そして、【魔境】に住処を飲まれかけている人々は
自らの土地を守ろうと…
【十王】の奪い合いを始めた。
【十王】の【継承者】は常に狙われた。
あるいは継承を解く為に、命を奪われた。
後に【継承戦争】と呼ばれるその時代は
【十王】の継承が目まぐるしいサイクルで行われ
人から人へ
土地から土地へと渡っていくうちに…
何体かの【十王】と【継承者】の所在は
戦乱の歴史の中に埋もれ、消えていった。
畳む