閑話や挿話など
B:きょうだい
#王と皇帝

------ある親衛隊員の証言
ブラムド様には同腹の兄弟はおられなくてね。
みんな異母兄妹だったけど、とても仲が良かったよ。
年の近いシルヴィア様とは一番仲が良くてねぇ。
特に小さい頃なんて、いつも一緒だった。
小さい頃のブラムド様は、それはそれはいたずらっ子だったから。
ブラムド様が危ないことをする度に、シルヴィア様がお叱りするわけさ。
懐かしいねぇ。
ウィリアム様も、ブラムド様によく懐いておられてね。
ウィリアム様は先帝陛下に似て、とても賢い御方でね。
賢すぎて、その…家臣が言うことはあまり
聞き入れてくださらないことも多かったんだけどね。
でも兄であるブラムド様の言うことには、それは素直に聞くんだよ。
それに唯一の男兄弟だったから ねぇ。
ブラムド様も可愛がってたように思うよ。
末姫のシャーロット様がお生まれになった時は三人共喜んでね。
シルヴィア様が念願の妹だわ!とおっしゃるものだから
ウィリアム様が拗ねてしまったりね。
でもウィリアム様にとっても、初めての下の兄妹だからさ。
可愛くて仕方なかったんだろうねぇ
毎度シルヴィア様と抱っこの取り合いさ。
あれには乳母たちも困ってたねぇ。
そうなるといつも、二人をなだめるのがブラムド様だったね。
ちゃっかり自分でシャーロット様を抱っこしつつだけど。
本当に、仲が良かったよ。
あたしも、あの方たちが大好きだった。
------ある親衛隊員の証言
最初に異変が起きたのは、末姫のシャーロット様だった。
1歳の誕生祝いで、盛大な催しが行われた後…ひと月後ぐらいのことだ。
何の前触れも無く、『竜眼』を発現されたのだ。
それはもう大騒ぎだった。
先代の十王を喪ってから10年以上、誰にも現れなかったからな。
重臣たちは「十王の再臨だ」と、大喜び。
あのご兄妹も、まるで自分の事のようにはしゃぎまわってな。
シャーリー、すごいぞ!
と、あのブラムド様が
屈託のない笑顔で仰られていたのが、今でも忘れられん。
あの方は当時、跡継ぎの中では 誰よりも『竜眼』を欲していたはずだ。
だがそれ以上に、ご兄妹が誇らしかったのだろう。
私はそのご様子を見て安心していたが…
ただ一人
歓喜に湧く宮廷の中で、ただ一人
御父上である皇帝陛下だけが
固い表情をしておられた事だけが、気になった。
シャーロット様はそのひと月後、亡くなった。

-----ある親衛隊員の証言
よくある幼児の突然死。
流行り病。
暗殺疑惑。
当時は色々な噂が立ったよ。
でもどんな理由であれ、あのご兄妹の慰めにはならなかっただろうね。
つらい時期だったよ。
あんなに泣くシルヴィア様は、あたしも見たのは初めてだった。
今思えばその頃からだったね。
ブラムド様が魔法の研究に没頭しだしたのは。
笑わなくなっていったのもね。
ブラムド様はね、シャーロット様の死因に
『竜眼の発現』が関わっていたと考えていたのさ。
他の学者たちは否定したよ。
だって『竜眼』は、
『十王の魔力を支えることができる
強い力を持った者にのみに発現する』
とされていたからねぇ。
何より『竜眼』は、
『王の象徴』であると同時に
星竜を崇めるあたしたち魔法使いにとって…
『神の一部』
神聖なものだったんだよ。
その神聖な『竜眼』を宿したことで、『呪い殺された』だなんて…
誰も認めたがらなかっただろうね。
でもブラムド様は、一人で研究を続けていった。
妹君の死の真相を知る為にも。
残った弟妹たちが、その二の舞になるのを防ぐ為にもね。
周囲の反対を押し切って、『外れの魔法使い』なんかに弟子入りしたのも
そういったお考えがあったからさ。
あたしたちは全力でこの方をお支えしようと、心に誓った。
…え?
皇帝陛下はどうしてたかって?
・・・・・・。
何もなさらなかったよ。
シャーロット様が死にかけていた時も。
竜眼発現の兆候に、ウィリアム様が怯えておられた時も。
最期まで兄を信じて、気丈に笑っておられたシルヴィア様にも。
その兄妹を救おうと必死になっていたブラムド様にも。
あの方は何もなさらなかったよ。
だから、あたしはね。
不敬罪だの、不忠義だの言われようが
故人となっても尚
あの野郎が、大嫌いなのさ。

-----ある親衛隊員の証言
正直、もう王宮には戻って来ないかもな、
と思っていた。
努力の甲斐無く
ご妹弟は、みんな亡くなった。
ヤケを起こしても不思議じゃない。
だが
あの方は戻ってきた。
残っている務めを果たすと。
もう自分には
それしか出来ることが無いのだと。
皇位を継承された後は
ひたすら仕事に没頭する日々が続いた。
何かを振り払うように。
死に向かって生き急ぐように。
・・・・・・・・・。
何も語らないその背中は
悲愴としか、言えなかった。

畳む
#王と皇帝

------ある親衛隊員の証言
ブラムド様には同腹の兄弟はおられなくてね。
みんな異母兄妹だったけど、とても仲が良かったよ。
年の近いシルヴィア様とは一番仲が良くてねぇ。
特に小さい頃なんて、いつも一緒だった。
小さい頃のブラムド様は、それはそれはいたずらっ子だったから。
ブラムド様が危ないことをする度に、シルヴィア様がお叱りするわけさ。
懐かしいねぇ。
ウィリアム様も、ブラムド様によく懐いておられてね。
ウィリアム様は先帝陛下に似て、とても賢い御方でね。
賢すぎて、その…家臣が言うことはあまり
聞き入れてくださらないことも多かったんだけどね。
でも兄であるブラムド様の言うことには、それは素直に聞くんだよ。
それに唯一の男兄弟だったから ねぇ。
ブラムド様も可愛がってたように思うよ。
末姫のシャーロット様がお生まれになった時は三人共喜んでね。
シルヴィア様が念願の妹だわ!とおっしゃるものだから
ウィリアム様が拗ねてしまったりね。
でもウィリアム様にとっても、初めての下の兄妹だからさ。
可愛くて仕方なかったんだろうねぇ
毎度シルヴィア様と抱っこの取り合いさ。
あれには乳母たちも困ってたねぇ。
そうなるといつも、二人をなだめるのがブラムド様だったね。
ちゃっかり自分でシャーロット様を抱っこしつつだけど。
本当に、仲が良かったよ。
あたしも、あの方たちが大好きだった。
------ある親衛隊員の証言
最初に異変が起きたのは、末姫のシャーロット様だった。
1歳の誕生祝いで、盛大な催しが行われた後…ひと月後ぐらいのことだ。
何の前触れも無く、『竜眼』を発現されたのだ。
それはもう大騒ぎだった。
先代の十王を喪ってから10年以上、誰にも現れなかったからな。
重臣たちは「十王の再臨だ」と、大喜び。
あのご兄妹も、まるで自分の事のようにはしゃぎまわってな。
シャーリー、すごいぞ!
と、あのブラムド様が
屈託のない笑顔で仰られていたのが、今でも忘れられん。
あの方は当時、跡継ぎの中では 誰よりも『竜眼』を欲していたはずだ。
だがそれ以上に、ご兄妹が誇らしかったのだろう。
私はそのご様子を見て安心していたが…
ただ一人
歓喜に湧く宮廷の中で、ただ一人
御父上である皇帝陛下だけが
固い表情をしておられた事だけが、気になった。
シャーロット様はそのひと月後、亡くなった。

-----ある親衛隊員の証言
よくある幼児の突然死。
流行り病。
暗殺疑惑。
当時は色々な噂が立ったよ。
でもどんな理由であれ、あのご兄妹の慰めにはならなかっただろうね。
つらい時期だったよ。
あんなに泣くシルヴィア様は、あたしも見たのは初めてだった。
今思えばその頃からだったね。
ブラムド様が魔法の研究に没頭しだしたのは。
笑わなくなっていったのもね。
ブラムド様はね、シャーロット様の死因に
『竜眼の発現』が関わっていたと考えていたのさ。
他の学者たちは否定したよ。
だって『竜眼』は、
『十王の魔力を支えることができる
強い力を持った者にのみに発現する』
とされていたからねぇ。
何より『竜眼』は、
『王の象徴』であると同時に
星竜を崇めるあたしたち魔法使いにとって…
『神の一部』
神聖なものだったんだよ。
その神聖な『竜眼』を宿したことで、『呪い殺された』だなんて…
誰も認めたがらなかっただろうね。
でもブラムド様は、一人で研究を続けていった。
妹君の死の真相を知る為にも。
残った弟妹たちが、その二の舞になるのを防ぐ為にもね。
周囲の反対を押し切って、『外れの魔法使い』なんかに弟子入りしたのも
そういったお考えがあったからさ。
あたしたちは全力でこの方をお支えしようと、心に誓った。
…え?
皇帝陛下はどうしてたかって?
・・・・・・。
何もなさらなかったよ。
シャーロット様が死にかけていた時も。
竜眼発現の兆候に、ウィリアム様が怯えておられた時も。
最期まで兄を信じて、気丈に笑っておられたシルヴィア様にも。
その兄妹を救おうと必死になっていたブラムド様にも。
あの方は何もなさらなかったよ。
だから、あたしはね。
不敬罪だの、不忠義だの言われようが
故人となっても尚
あの野郎が、大嫌いなのさ。

-----ある親衛隊員の証言
正直、もう王宮には戻って来ないかもな、
と思っていた。
努力の甲斐無く
ご妹弟は、みんな亡くなった。
ヤケを起こしても不思議じゃない。
だが
あの方は戻ってきた。
残っている務めを果たすと。
もう自分には
それしか出来ることが無いのだと。
皇位を継承された後は
ひたすら仕事に没頭する日々が続いた。
何かを振り払うように。
死に向かって生き急ぐように。
・・・・・・・・・。
何も語らないその背中は
悲愴としか、言えなかった。

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#設定
竜と人間 Ⅱ
------------------------
竜の審判によって
『魔法』を失った人々は
竜を怖れ その殆どが
竜の力が及ばぬ
地下世界へと逃げ込んだ
しかし地上には
竜を慕い
残った者もいた
かつて
虐げられた人々だった
『魔法』を使えない
地上での生活は過酷なものだった
しかし 彼らはもう
高度な文明を求めなかった
彼らは
人間に『罰』を与えた竜を
崇め続けた
神から賜った力を
欲の為にしか使えなかった人間への
当然の『罰』だと
彼らは受けいれた
時折
人々の前に現れた竜を前にすると
彼らは
赦しを乞うように祈り続けた
そんな彼らを前に
竜はもう
『罰』を与えようとは思わなかったが
彼らに二度と
『魔法』を与えることもしなかった
その代わりに
竜は
彼らに
『歌』を与えた
『歌』であれば
誰も血を流すことは無い
『歌』であれば
誰も死ぬことは無い
この過酷な暮らしの慰めに
人々は『歌』をうたった
そんな暮らしがずいぶんと
ずっとずっと
長く長く
続いた頃
ある時
月から 星が堕ちてきた
光を纏い
炎を纏い
神々しくも 恐ろしい
『それ』を
人々は『炎の巨人』と呼んだ
天空は 巨人の炎で夜を焼かれ
大地は 巨人の炎に覆われていき
海原は 巨人の炎で干上がっていく
竜は 人々に言った
あの『巨人』は
全てを滅ぼす使いである
我々『竜』も 『人』も
地上の生き物全てが等しく息絶える
死の使いである
いずれ来るはずだった 『約束の時』が
とうとう きてしまった
それを聞いた人々は
祈ろうとした
『死』を受け入れる為の祈りだった
しかしそれを 竜は止めた
竜は言った
『約束の時』は
『竜王』と『巨人』との約束である
『約束』はいずれ 果たされるべきである
しかしそれは 今ではない
『わたし』はこれから『竜王』に背き
『約束の日』を 先延ばす
『わたし』はもう
お前たちの前に現れることは無い
『竜』はもう
世界を監視することは無い
お別れだ
『祈りのにんげん』たち
『わたし』が教えた『歌』を謡って
ときどき 『わたし』を 思い出しておくれ
竜は飛び去った
とおく とおく
『巨人』が燃え立つ 海の上へと
同胞の竜が
次々と焼け墜ちていく 空の下へと
飛び去った
やがて
赤く染まっていた天空に
闇夜に戻り
唸りをあげていた熱風が
声を潜め
まさに火が消えたような
静寂が戻ったが
竜は戻らなかった
永遠に
畳む
竜と人間 Ⅱ
------------------------
竜の審判によって
『魔法』を失った人々は
竜を怖れ その殆どが
竜の力が及ばぬ
地下世界へと逃げ込んだ
しかし地上には
竜を慕い
残った者もいた
かつて
虐げられた人々だった
『魔法』を使えない
地上での生活は過酷なものだった
しかし 彼らはもう
高度な文明を求めなかった
彼らは
人間に『罰』を与えた竜を
崇め続けた
神から賜った力を
欲の為にしか使えなかった人間への
当然の『罰』だと
彼らは受けいれた
時折
人々の前に現れた竜を前にすると
彼らは
赦しを乞うように祈り続けた
そんな彼らを前に
竜はもう
『罰』を与えようとは思わなかったが
彼らに二度と
『魔法』を与えることもしなかった
その代わりに
竜は
彼らに
『歌』を与えた
『歌』であれば
誰も血を流すことは無い
『歌』であれば
誰も死ぬことは無い
この過酷な暮らしの慰めに
人々は『歌』をうたった
そんな暮らしがずいぶんと
ずっとずっと
長く長く
続いた頃
ある時
月から 星が堕ちてきた
光を纏い
炎を纏い
神々しくも 恐ろしい
『それ』を
人々は『炎の巨人』と呼んだ
天空は 巨人の炎で夜を焼かれ
大地は 巨人の炎に覆われていき
海原は 巨人の炎で干上がっていく
竜は 人々に言った
あの『巨人』は
全てを滅ぼす使いである
我々『竜』も 『人』も
地上の生き物全てが等しく息絶える
死の使いである
いずれ来るはずだった 『約束の時』が
とうとう きてしまった
それを聞いた人々は
祈ろうとした
『死』を受け入れる為の祈りだった
しかしそれを 竜は止めた
竜は言った
『約束の時』は
『竜王』と『巨人』との約束である
『約束』はいずれ 果たされるべきである
しかしそれは 今ではない
『わたし』はこれから『竜王』に背き
『約束の日』を 先延ばす
『わたし』はもう
お前たちの前に現れることは無い
『竜』はもう
世界を監視することは無い
お別れだ
『祈りのにんげん』たち
『わたし』が教えた『歌』を謡って
ときどき 『わたし』を 思い出しておくれ
竜は飛び去った
とおく とおく
『巨人』が燃え立つ 海の上へと
同胞の竜が
次々と焼け墜ちていく 空の下へと
飛び去った
やがて
赤く染まっていた天空に
闇夜に戻り
唸りをあげていた熱風が
声を潜め
まさに火が消えたような
静寂が戻ったが
竜は戻らなかった
永遠に
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#設定
これは遠い遠い むかしの話
今では一部の語り部しか知らない
『竜』の伝説
『魔境』が生まれるより遥か前
『旧世界』と呼ばれていた
むかしむかしの 世界の話
竜と人間 Ⅰ
-----------------------
世界はかつて
竜によって管理されていた
ひとつの生き物が増えすぎないように監視し
世界のバランスを保つことが
竜の役目だった
人々は、この偉大な英知の象徴でもある
竜を崇めていた
竜もまた
地上でも特に個性的な考えを持つ
「人間」という生き物に興味を持ち
竜の力の一部を人間に与えた
その竜の力は後に
『魔法』と呼ばれるようになった
人間は『魔法』を生活に役立てた
『魔法』は人々を幸せにした
竜はただ その様子を見ていた
ある時
人々の間で争いが起きた
きっかけが何だったのかはわからない
ただ争いはどんどん大きくなり
人々は
戦いの武器として
人を傷つける道具として
『魔法』を使った
『魔法』は多くの命を奪い
『魔法』は多くの国を焼いた
『魔法』は多くの森を焼き
『魔法』は大きな海をも汚し
『魔法』は多くの生き物の住処を奪った
竜は ただ見ていた
長い長い争いが
ようやく収まると
人々は より良い暮らしを求めて
『魔法』を使い 国を大きく発展させた
大きな工場が建ち並び
そこから出る黒い煙が
空を覆った
そこから出る灰色の水が
川を汚した
『魔法』は
”人間”の生活を 幸せにした
そして
強い『魔法』を使える者ほど
弱い者を虐げ
奪い
踏み付けにした
やがて『魔法』は
”強い者”の象徴になった
竜は
ただ見ていた
”幸せな人々”は
姿を見せなくなった 竜のことを
すっかり 忘れ去っていた
もうとっくに 死んでしまって
生きていないとすら 思っていた
”虐げられた人々”は
”幸せな人々”が支配する国を捨て
竜のもとへ 戻ることにした
そして
竜は現れた
竜は”人々”に向かって
こう言った
お前たちに与えた『魔法』を 返してもらおう
この言葉を聞いて
”幸せな人々”は言った
ふざけるな 古くさい神め
こんな理不尽が許されるか
と
この言葉を聞いて
”虐げられた人々”は言った
どうぞ御心のままに 我が神
貴方に全てを委ねます
と
そして”人々”は
『魔法』を喪った
国は機能しなくなり
『魔法』で支えられた文明は
脆く
あっけなく
立ちどころに
崩れ去った
さらに竜は
混乱する”人々”に対して
まるで
追い打ちをかけるかのように
文明の抜け殻となった”人々”の都市を
徹底的に破壊した
畑を耕すかのように
虫を駆除するかのように
ただ淡々と
無情に
人の文明を
全て
無に帰していった
畳む
これは遠い遠い むかしの話
今では一部の語り部しか知らない
『竜』の伝説
『魔境』が生まれるより遥か前
『旧世界』と呼ばれていた
むかしむかしの 世界の話
竜と人間 Ⅰ
-----------------------
世界はかつて
竜によって管理されていた
ひとつの生き物が増えすぎないように監視し
世界のバランスを保つことが
竜の役目だった
人々は、この偉大な英知の象徴でもある
竜を崇めていた
竜もまた
地上でも特に個性的な考えを持つ
「人間」という生き物に興味を持ち
竜の力の一部を人間に与えた
その竜の力は後に
『魔法』と呼ばれるようになった
人間は『魔法』を生活に役立てた
『魔法』は人々を幸せにした
竜はただ その様子を見ていた
ある時
人々の間で争いが起きた
きっかけが何だったのかはわからない
ただ争いはどんどん大きくなり
人々は
戦いの武器として
人を傷つける道具として
『魔法』を使った
『魔法』は多くの命を奪い
『魔法』は多くの国を焼いた
『魔法』は多くの森を焼き
『魔法』は大きな海をも汚し
『魔法』は多くの生き物の住処を奪った
竜は ただ見ていた
長い長い争いが
ようやく収まると
人々は より良い暮らしを求めて
『魔法』を使い 国を大きく発展させた
大きな工場が建ち並び
そこから出る黒い煙が
空を覆った
そこから出る灰色の水が
川を汚した
『魔法』は
”人間”の生活を 幸せにした
そして
強い『魔法』を使える者ほど
弱い者を虐げ
奪い
踏み付けにした
やがて『魔法』は
”強い者”の象徴になった
竜は
ただ見ていた
”幸せな人々”は
姿を見せなくなった 竜のことを
すっかり 忘れ去っていた
もうとっくに 死んでしまって
生きていないとすら 思っていた
”虐げられた人々”は
”幸せな人々”が支配する国を捨て
竜のもとへ 戻ることにした
そして
竜は現れた
竜は”人々”に向かって
こう言った
お前たちに与えた『魔法』を 返してもらおう
この言葉を聞いて
”幸せな人々”は言った
ふざけるな 古くさい神め
こんな理不尽が許されるか
と
この言葉を聞いて
”虐げられた人々”は言った
どうぞ御心のままに 我が神
貴方に全てを委ねます
と
そして”人々”は
『魔法』を喪った
国は機能しなくなり
『魔法』で支えられた文明は
脆く
あっけなく
立ちどころに
崩れ去った
さらに竜は
混乱する”人々”に対して
まるで
追い打ちをかけるかのように
文明の抜け殻となった”人々”の都市を
徹底的に破壊した
畑を耕すかのように
虫を駆除するかのように
ただ淡々と
無情に
人の文明を
全て
無に帰していった
畳む
絶唱

それは、「神」が降りて来たような声だった。
#くれない
-----------------
鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。
正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。
もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。
聴衆は他に誰もいない。
夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。
---------
遠くからワルツが聴こえる。
祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。
今日は王宮で
盛大な宴が行われている。
『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。
その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、
そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。
今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。
さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず
こうして独り、待機を命じられている。
静かだ
いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。
日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。
暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。
目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で
何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。
かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。
常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。
だが
今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。
もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。
私は『誇り高い騎士』ではなく
『人間』ですらなく
ただ『道具』に成り下がっていたことを。
当時はその事にすら気付かなかった。
なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。
暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。
知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。
なのにずっと、忘れていたのだ。
少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。
なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。
最後の音に触れる。
闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。
すると、
パチパチパチ
「いい曲だな。」
小さな拍手と共に、『闇』が喋った。
『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。
今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。
いつの間にそこにいたのか。
「ついさっきだ。
廊下に音が漏れていたからな。
まさかお前とは思わなかったが」
心の声を拾ったかのように答える。
私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。
バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。
- うたげ は どうした -
手話で訊ねる。
この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。
「抜け出してきた。
ったく、何時間も座らせやがって
いいかげん尻が痛ぇ。」
腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。
長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。
「お前の国でも、こうなのか?」
…?
「誕生日の事だ。
庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」
バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。
誕生日か。
さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。
普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。
と、手話で伝えた。
「ふぅん…お前も?」
否。
即座に首を振った。
- たんじょうび を しらない
いわったこと は ない -
私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。
だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし
そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。
だから、
- おまえ が すこし うらやましい -
なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。
「…さっきのは、故郷の曲か?」
話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。
少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。
わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。
「ふーん、まぁいいや。
もう一度弾いてみろ。」
…は?
声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。
一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、
私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。
「そう怪訝な顔をするな。
今日は特別だ、歌ってやろう。」
意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。
歌う?こいつが?
そんな様子は一度も見た事が無い。
だが、そういえば…聞いた事がある。
皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、
彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。
その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。
だが、
そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが
歌う…
・・・・・・・・・
全く想像がつかない。
「お前今、ものすごく失礼な事を考えてるだろ?
いいからさっさとしろよ。
歌ってやらねぇぞ、全く」
暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。
今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。
バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。
ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。
歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが
我ながらひどい演奏である。
バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。
と思い始めた、その時。
全身が粟立った。
・・・・・・・・・
嵐のような音の波が去っても、
場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。
「…とまぁ、こんな感じだ。
ご感想は?」
まるで何事も無かったかのように、
バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。
さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、
私に返答する余裕はない。
鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。
「くはははは!
ご満足頂けて何よりだ、イバ。」
バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。
正直、『呪歌』に近いものであった。
直接神経に障るような。
あらゆる衝撃と刺激が強すぎて
感動というより
そう
心臓に、悪い。
ありがとう、二度とやるな。
そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。
と、
部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。
どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。
「さて、そろそろ戻るとするか。
今のでさすがに
『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。
騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」
影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。
そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。
まだ何かあるのか?と身構えていると
「誕生日おめでとう、イバ。
お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」
ああ????
今度は間違いなく、声が出た。
といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。
「光栄に思えよ?
俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。
そうだ、毎年歌ってやろう」
くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。
やめろ生き地獄だ。
首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。
それがまるで私の心情そのままのような音だったので、
子供はますます、ケラケラと笑うのであった。
畳む

それは、「神」が降りて来たような声だった。
#くれない
-----------------
鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。
正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。
もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。
聴衆は他に誰もいない。
夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。
---------
遠くからワルツが聴こえる。
祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。
今日は王宮で
盛大な宴が行われている。
『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。
その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、
そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。
今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。
さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず
こうして独り、待機を命じられている。
静かだ
いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。
日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。
暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。
目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で
何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。
かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。
常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。
だが
今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。
もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。
私は『誇り高い騎士』ではなく
『人間』ですらなく
ただ『道具』に成り下がっていたことを。
当時はその事にすら気付かなかった。
なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。
暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。
知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。
なのにずっと、忘れていたのだ。
少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。
なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。
最後の音に触れる。
闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。
すると、
パチパチパチ
「いい曲だな。」
小さな拍手と共に、『闇』が喋った。
『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。
今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。
いつの間にそこにいたのか。
「ついさっきだ。
廊下に音が漏れていたからな。
まさかお前とは思わなかったが」
心の声を拾ったかのように答える。
私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。
バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。
- うたげ は どうした -
手話で訊ねる。
この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。
「抜け出してきた。
ったく、何時間も座らせやがって
いいかげん尻が痛ぇ。」
腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。
長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。
「お前の国でも、こうなのか?」
…?
「誕生日の事だ。
庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」
バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。
誕生日か。
さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。
普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。
と、手話で伝えた。
「ふぅん…お前も?」
否。
即座に首を振った。
- たんじょうび を しらない
いわったこと は ない -
私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。
だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし
そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。
だから、
- おまえ が すこし うらやましい -
なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。
「…さっきのは、故郷の曲か?」
話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。
少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。
わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。
「ふーん、まぁいいや。
もう一度弾いてみろ。」
…は?
声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。
一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、
私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。
「そう怪訝な顔をするな。
今日は特別だ、歌ってやろう。」
意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。
歌う?こいつが?
そんな様子は一度も見た事が無い。
だが、そういえば…聞いた事がある。
皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、
彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。
その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。
だが、
そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが
歌う…
・・・・・・・・・
全く想像がつかない。
「お前今、ものすごく失礼な事を考えてるだろ?
いいからさっさとしろよ。
歌ってやらねぇぞ、全く」
暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。
今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。
バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。
ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。
歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが
我ながらひどい演奏である。
バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。
と思い始めた、その時。
全身が粟立った。
・・・・・・・・・
嵐のような音の波が去っても、
場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。
「…とまぁ、こんな感じだ。
ご感想は?」
まるで何事も無かったかのように、
バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。
さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、
私に返答する余裕はない。
鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。
「くはははは!
ご満足頂けて何よりだ、イバ。」
バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。
正直、『呪歌』に近いものであった。
直接神経に障るような。
あらゆる衝撃と刺激が強すぎて
感動というより
そう
心臓に、悪い。
ありがとう、二度とやるな。
そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。
と、
部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。
どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。
「さて、そろそろ戻るとするか。
今のでさすがに
『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。
騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」
影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。
そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。
まだ何かあるのか?と身構えていると
「誕生日おめでとう、イバ。
お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」
ああ????
今度は間違いなく、声が出た。
といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。
「光栄に思えよ?
俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。
そうだ、毎年歌ってやろう」
くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。
やめろ生き地獄だ。
首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。
それがまるで私の心情そのままのような音だったので、
子供はますます、ケラケラと笑うのであった。
畳む
重さ

猫かこいつは。
#くれない
目が覚めた瞬間、
足の自由がきかないことに焦りを覚えたが
目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に
一気に肩の力が抜けた。
脅かしやがって。どおりで重いわけだ。
自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、
何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。
はたき起こしてやろうかとも思ったが、
心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、その気も失せた。
仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、
奴の寝顔をまじまじと観察する。
起きる気配はない。
疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。
まだ十にも満たぬ歳でありながら、
帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。
日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も
今はまぶたの下だ。
こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。
いや、 こうして無防備に眠っていなくとも
やはりこいつはただの子供だ。
稀代の天才と呼ばれようと
帝国の悪鬼と呼ばれようと
十王継承者と祀り上げられようと
くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。
少なくとも、私にとっては。
だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、
特別扱いなんぞしない。
私のバルムンクへの対応に、
こころよく思っていない者が多い事も知っている。
しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。
そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。
私は私の意思だけに従う。
この国の連中のように
幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。
孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。
・・・・・・・・・・。
しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。
私の意思も、こいつの意思とも、関係無く。
迫ってくる刻が、それを予感させた。
最初は、手足の指先からだった。
徐々に握力を失い、今ではわずかに動くのみで
触覚や痛覚は完全に死んでいる。
最近は寒さを感じなくなった。
暑さも、感じなくなった。
日を追うごとに感じなくなる。
まるで石になっていくかのように。
膝上で眠っている
こいつの温かさがわからない。
こいつが気まぐれに入れて寄越す
あの苦すぎたお茶の味がわからない。
目が覚める度に
少しずつ何かを失っていることを自覚する。
次に目が覚めた時は
起き上がる事も出来なくなるのではないか。
その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。
私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。
あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。
あとどれだけ
こいつを傍で見ていられるだろうか。
・・・・・・・・。
重いな。
以前は膝上で寝られると、
足が痺れてしょうがなかったが
もう痺れる感覚すら、失ったようだ。
感じるのは、ただ、重さのみ。
お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。
この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。
私がそれを見ることは無いだろうから
せめて今のお前の重さだけは
しっかりと、覚えておこう。
畳む

猫かこいつは。
#くれない
目が覚めた瞬間、
足の自由がきかないことに焦りを覚えたが
目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に
一気に肩の力が抜けた。
脅かしやがって。どおりで重いわけだ。
自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、
何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。
はたき起こしてやろうかとも思ったが、
心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、その気も失せた。
仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、
奴の寝顔をまじまじと観察する。
起きる気配はない。
疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。
まだ十にも満たぬ歳でありながら、
帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。
日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も
今はまぶたの下だ。
こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。
いや、 こうして無防備に眠っていなくとも
やはりこいつはただの子供だ。
稀代の天才と呼ばれようと
帝国の悪鬼と呼ばれようと
十王継承者と祀り上げられようと
くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。
少なくとも、私にとっては。
だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、
特別扱いなんぞしない。
私のバルムンクへの対応に、
こころよく思っていない者が多い事も知っている。
しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。
そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。
私は私の意思だけに従う。
この国の連中のように
幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。
孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。
・・・・・・・・・・。
しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。
私の意思も、こいつの意思とも、関係無く。
迫ってくる刻が、それを予感させた。
最初は、手足の指先からだった。
徐々に握力を失い、今ではわずかに動くのみで
触覚や痛覚は完全に死んでいる。
最近は寒さを感じなくなった。
暑さも、感じなくなった。
日を追うごとに感じなくなる。
まるで石になっていくかのように。
膝上で眠っている
こいつの温かさがわからない。
こいつが気まぐれに入れて寄越す
あの苦すぎたお茶の味がわからない。
目が覚める度に
少しずつ何かを失っていることを自覚する。
次に目が覚めた時は
起き上がる事も出来なくなるのではないか。
その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。
私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。
あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。
あとどれだけ
こいつを傍で見ていられるだろうか。
・・・・・・・・。
重いな。
以前は膝上で寝られると、
足が痺れてしょうがなかったが
もう痺れる感覚すら、失ったようだ。
感じるのは、ただ、重さのみ。
お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。
この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。
私がそれを見ることは無いだろうから
せめて今のお前の重さだけは
しっかりと、覚えておこう。
畳む
一8の騎士

最初はなんの冗談かと思った。
あいつは自分が気に入った者なら
物乞いだろうが、罪人だろうが、
おかまいなしに重用することは知ってはいた。
知ってはいた、が。
よりにもよって
まさか
『ドラグーンの魔法使い』にとって宿敵である
『ハーディンの騎士』を側に置くとは
誰が予想できただろうか。
ある時、予告も無くいきなり
うちの国へ連れて来られた日には、さすがに怒った。
家臣たちは緊張で殺気立つし、
側近のファルキアなんかは、皇帝であるバルムンクの御前で
抜剣しようとする始末。(あわてて制止した)
なのに元凶たる当のご本人ときたら
そんな俺たちの反応を楽しむかのごとく
呑気にへらへらと笑ってやがる。
その騎士は、「イバ」と呼ばれていた。
#くれない
-------------------------------------
一言で表すなら、とても静かな男だった。
喉が潰れているとかで、話すことができないせいもあっただろうが
元々ある気配や、一挙一動の所作に至るまで
とにかく静かなのだ。
当初は、その不気味なほどの大人しさに
『なにか企んでいるのではないか』と、警戒したものだ。
一方、彼の主たるバルムンクは
当時から実に騒々しい子供であり
一度思いついたことを語り出すと、延々にしゃべり続けるという
落ち着きのない性質を持っていた。
アレには俺は勿論のこと、
奴の家臣たちも辟易していたように思える。
だが奴は、イバが相手となると
あの騒々しさが嘘のように、落ち着いて話すのだ。
イバは手話で会話していたが、慣れていないのか
動きはたどたどしく、一度に多くを語れない。
バルムンクが二、三言話すと、イバが返答をし、
またバルムンクが少し話して、イバもサインを返すという、
実にゆっくりとした会話だった。
あまりのじれったさに一度
筆談にしてみたらどうかと、提案した事があった。
しかし、
イバがペンを握れないので無理だ。と、あっさり却下された。
腕の力は入るが、握力がかなり弱っているらしく、
食事のスプーンすらまともに持てない程だという。
杖を使えば歩行は問題ないが、走る事は出来ず
時々何もないところでつまづく様子を、俺もよく見かけた。
『イバ』
この名の示す通りであれば、
彼はかつて、『18』の式番を持つ、上位騎士であったのだろう。
階級は間違いなく『白衣(ビャクエ)』だったはずだ。
それほどの騎士が、
二度と戦えなくなるほどの傷を負った原因とは
何だったのだろうか。
そもそもそんな騎士を、どこで拾ったというのか。
いつか折を見て、バルムンクの奴に
訊ねてみようかと思っていた。
だが結局
その機会が訪れることはなかった。
忘れもしない。
あれは静かな夕刻のときだった。
突如、国中の魔力計器が狂ったように警報を鳴らし
術具という術具がすべて異常な挙動を見せた。
いつも騒がしい魔獣たちは、水を打ったように静まり返り
その凍えるような静寂は
『帝国の十王』が再臨したことを告げていた。
そして、帝国の『十王覚醒』による混乱が
ようやく収まった頃。
久々に訪ねた皇帝の側に、イバの姿は無かった。
彼はいつも、バルムンクの傍らで
静かに控えていて
その姿はバルムンクの影のようであり、
奴を護る強固な城壁のようでもあった。
そんな彼の様子を見ている内に
『バルムンクへの害意は無いのだな』 と
俺も徐々に、彼への警戒を解いていった矢先だった。
イバが、いない。
本来なら、危険人物ともいえる
『ハーディンの騎士くずれ』がいなくなったことは、
喜ばしいことなのかもしれない。
だが、
俺はこの時
ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。
バルムンクの、いつもと変わらない様子。
いつもと変わらない軽口。
ただ違うのは
奴の横に、イバがいないだけ。
たったそれだけの事なのに
あれほど高慢で不遜で
神童とも称えられるバルムンクが
ひどく危うく見えた。
誰もイバの事に触れない。
バルムンクすら口に出さない。
今、この宮殿では彼の話はタブーなのだなと察せられた。
バルムンクの眼を見遣る。
いつもの鋭い竜眼が、
”子ども”を止めた眼をしていた。
「イバは死んだのか」
場の空気が、一瞬にして凍り付いたのがわかった。
俺の従者も、バルムンクの側近も、
『それ以上言うな』と目配せしてくる。
俺は、あえて無視した。
そんな俺の発言が意外だったのか、
バルムンクは、間の抜けたきょとんとした顔で俺を見ていた。
「ああ、死んだよ」
天気を答えるかのような軽さで、奴は言った。
強がりは感じられない。
そして不思議と、薄情さも感じないその口調に
こいつらしい。と思い、少しだけ安心した。
「そうか、悲しいな」
「そうだな、悲しいな」
奴が素直に同意したので、
俺は少なからず驚いたものだ。
数秒の沈黙の後、
奴は当初の話に戻して語り出したので
俺も議題に集中した。
その後、その話題には一切触れず、
会談はつつがなく終了した。
そして、その後も何年も
バルムンクがこの世を去るまで
その話を奴とすることはなかった。
イバが何故死んだのかはわからない。
バルムンクは語ろうとしなかったし、
俺も訊くことはしなかった。
ただひとつ、わかっていることは
イバは、バルムンクを裏切ることは
決して無かったという事実だけだ。
それがはっきりわかったのは
奴の足元をちょこまかと動きまわる
小さな皇子が纏った
懐かしい若緑の色を見た時だった。
畳む

最初はなんの冗談かと思った。
あいつは自分が気に入った者なら
物乞いだろうが、罪人だろうが、
おかまいなしに重用することは知ってはいた。
知ってはいた、が。
よりにもよって
まさか
『ドラグーンの魔法使い』にとって宿敵である
『ハーディンの騎士』を側に置くとは
誰が予想できただろうか。
ある時、予告も無くいきなり
うちの国へ連れて来られた日には、さすがに怒った。
家臣たちは緊張で殺気立つし、
側近のファルキアなんかは、皇帝であるバルムンクの御前で
抜剣しようとする始末。(あわてて制止した)
なのに元凶たる当のご本人ときたら
そんな俺たちの反応を楽しむかのごとく
呑気にへらへらと笑ってやがる。
その騎士は、「イバ」と呼ばれていた。
#くれない
-------------------------------------
一言で表すなら、とても静かな男だった。
喉が潰れているとかで、話すことができないせいもあっただろうが
元々ある気配や、一挙一動の所作に至るまで
とにかく静かなのだ。
当初は、その不気味なほどの大人しさに
『なにか企んでいるのではないか』と、警戒したものだ。
一方、彼の主たるバルムンクは
当時から実に騒々しい子供であり
一度思いついたことを語り出すと、延々にしゃべり続けるという
落ち着きのない性質を持っていた。
アレには俺は勿論のこと、
奴の家臣たちも辟易していたように思える。
だが奴は、イバが相手となると
あの騒々しさが嘘のように、落ち着いて話すのだ。
イバは手話で会話していたが、慣れていないのか
動きはたどたどしく、一度に多くを語れない。
バルムンクが二、三言話すと、イバが返答をし、
またバルムンクが少し話して、イバもサインを返すという、
実にゆっくりとした会話だった。
あまりのじれったさに一度
筆談にしてみたらどうかと、提案した事があった。
しかし、
イバがペンを握れないので無理だ。と、あっさり却下された。
腕の力は入るが、握力がかなり弱っているらしく、
食事のスプーンすらまともに持てない程だという。
杖を使えば歩行は問題ないが、走る事は出来ず
時々何もないところでつまづく様子を、俺もよく見かけた。
『イバ』
この名の示す通りであれば、
彼はかつて、『18』の式番を持つ、上位騎士であったのだろう。
階級は間違いなく『白衣(ビャクエ)』だったはずだ。
それほどの騎士が、
二度と戦えなくなるほどの傷を負った原因とは
何だったのだろうか。
そもそもそんな騎士を、どこで拾ったというのか。
いつか折を見て、バルムンクの奴に
訊ねてみようかと思っていた。
だが結局
その機会が訪れることはなかった。
忘れもしない。
あれは静かな夕刻のときだった。
突如、国中の魔力計器が狂ったように警報を鳴らし
術具という術具がすべて異常な挙動を見せた。
いつも騒がしい魔獣たちは、水を打ったように静まり返り
その凍えるような静寂は
『帝国の十王』が再臨したことを告げていた。
そして、帝国の『十王覚醒』による混乱が
ようやく収まった頃。
久々に訪ねた皇帝の側に、イバの姿は無かった。
彼はいつも、バルムンクの傍らで
静かに控えていて
その姿はバルムンクの影のようであり、
奴を護る強固な城壁のようでもあった。
そんな彼の様子を見ている内に
『バルムンクへの害意は無いのだな』 と
俺も徐々に、彼への警戒を解いていった矢先だった。
イバが、いない。
本来なら、危険人物ともいえる
『ハーディンの騎士くずれ』がいなくなったことは、
喜ばしいことなのかもしれない。
だが、
俺はこの時
ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。
バルムンクの、いつもと変わらない様子。
いつもと変わらない軽口。
ただ違うのは
奴の横に、イバがいないだけ。
たったそれだけの事なのに
あれほど高慢で不遜で
神童とも称えられるバルムンクが
ひどく危うく見えた。
誰もイバの事に触れない。
バルムンクすら口に出さない。
今、この宮殿では彼の話はタブーなのだなと察せられた。
バルムンクの眼を見遣る。
いつもの鋭い竜眼が、
”子ども”を止めた眼をしていた。
「イバは死んだのか」
場の空気が、一瞬にして凍り付いたのがわかった。
俺の従者も、バルムンクの側近も、
『それ以上言うな』と目配せしてくる。
俺は、あえて無視した。
そんな俺の発言が意外だったのか、
バルムンクは、間の抜けたきょとんとした顔で俺を見ていた。
「ああ、死んだよ」
天気を答えるかのような軽さで、奴は言った。
強がりは感じられない。
そして不思議と、薄情さも感じないその口調に
こいつらしい。と思い、少しだけ安心した。
「そうか、悲しいな」
「そうだな、悲しいな」
奴が素直に同意したので、
俺は少なからず驚いたものだ。
数秒の沈黙の後、
奴は当初の話に戻して語り出したので
俺も議題に集中した。
その後、その話題には一切触れず、
会談はつつがなく終了した。
そして、その後も何年も
バルムンクがこの世を去るまで
その話を奴とすることはなかった。
イバが何故死んだのかはわからない。
バルムンクは語ろうとしなかったし、
俺も訊くことはしなかった。
ただひとつ、わかっていることは
イバは、バルムンクを裏切ることは
決して無かったという事実だけだ。
それがはっきりわかったのは
奴の足元をちょこまかと動きまわる
小さな皇子が纏った
懐かしい若緑の色を見た時だった。
畳む
くれない

ふと、子守唄を唄いたくなった
なぜだろう
生まれて初めてかもしれない
そんなことを思ったのは
しかし考えてみれば
自分はすでに声が出なくなっていることや
そもそも 子守唄を唄ってもらったことも
唄っていた相手もいなかったことを思い出し、
やめた。
#くれない

ふと、子守唄を唄いたくなった
なぜだろう
生まれて初めてかもしれない
そんなことを思ったのは
しかし考えてみれば
自分はすでに声が出なくなっていることや
そもそも 子守唄を唄ってもらったことも
唄っていた相手もいなかったことを思い出し、
やめた。
#くれない


#王と皇帝
『クロイツはさー。結婚しないの?』
「…はぁ??」
----------------------------------
稽古で投げ飛ばされ、地面に手足を転がしたまま飛び出した言葉が、これだ。
「なんだ突拍子に。」
またどこで何を吹き込まれてきたんだ
コイツは。
『だってさー。
アンダーソンはもう二人も子供がいるし、
ドノヴァンだってこないだお嫁さん
貰ったって聞いたよ。
でもクロイツは全然そんな気配ないじゃん。
なんでしないのかな~って』
ああ…
そういえばアンダーソンの奴が
そんな事を言っていたような気がする。
まるで興味が無かったので聞き流したが。
確かに同期の中で未婚の奴と言えば
もう数える程しかいない。
「適当な相手もいないし、何より面倒だ。」
『子供とか欲しくないの?』
「ただでさえ出来の悪いガキの子守りに
頭痛がしてるってのにか?
これ以上面倒増やしてたまるか。」
『そっか~。』
…?
妙だな。
普段ならここで、俺の嫌味に対して
ギャンギャン噛みついてくるのだが…
今日はどこか上の空だ。
「なんだ。
またジジイ共に嫌味でも言われたか。」
カラになった煙草の箱を握りつぶしながら、
言葉を待った。
こいつがやけに大人しい時は、大抵それだ。
聞き流せばいいものを、
いちいち真面目に受け取って悩む。
こいつの悪い癖だ。
『ん~~~~~嫌味というか~・・・・』
大の字のまま、歯切れ悪く
ゴニョゴニョと言い淀んでいる。
複雑、といった表情だ。
その顔を見て、こちらもおおよその察しがつく。
『・・・兄さんがさ…
”そろそろ結婚しろ”って勧めてくるんだよ…』
やはりか。
「お前、今年でいくつになるんだ?」
『シックスティーンです、センセー。』
「じゃあ年頃だろう。
そんな話が出てもおかしくはない。」
『兄さんは20歳だったよ?』
「陛下の例を持ち出すな。
お前とは事情が違う。」
『ふ~~~~ん?どんな?』
突っかかる物言いをしてくるな、このガキ。
「…その少ない脳みそでよく考えてみろ。
陛下は御妹弟と御父上の葬儀が立て続き、
そういった話の挙がるタイミングが遅れただけだ。
さらにその遅れに、
拍車をかけた、
最たる原因は、
誰 の こ と か わ か り ま す か な ?
殿下。 」
『Σ(゚皿゚)ぐぅ・・・!』
墓穴を掘ったことにようやく気付いたらしい。
気まずそうに黙り込んだ様子に満足したところで、そろそろ本題を聞いてやることにした。
「…まぁ、陛下もその手の話が挙がった時には
散々暴れてくださったが。」
『知ってるよー
確かマクスウェルの部屋を壊したんでしょ?』
「正確には、”御部屋のあった棟を半壊させた” だ。」
『・・・自分の時はそれだけゴネといてさ、
何が、
” いい加減、皇族としての自覚と責任を持て”
…だよ!
記憶喪失!?
記憶喪失ですか兄さん!!!??」
確かに豪快な棚上げではある。
『しかもなんか相手をすでに見繕ってて
今度会ってみろとか言うんだよ
はーーー!?
それされてキレたの誰ですか
ええーーーーーー!?』
話す内に怒りが込み上げてきたのか、
珍しく口調が荒くなる。
自慢の黒髪をふり乱しながらゴロゴロと地面を転がる様はお子様だが、絶大な信頼を置いている兄からの意外な仕打ちだ。
こいつなりにショックを受けているのだろう。
このワカメの言い分もわかる。
しかし、陛下のご心配も最もだと思った。
何せこいつは、思春期真っ盛りにも関わらず
異性への関心がまるで見られない。
うぶとか言うレベルではない。
興味を示さないのだ。
6歳で母親から引き離されたことを思えば、
幼い頃は陛下にベッタリなのも仕方がないものだと思っていた。
しかし、それも成長するにつれて自然に
兄離れしていくだろうと⋯。
ところがだ。
こいつは未だに年がら年中
『兄さん兄さん』と陛下にまとわりつき
健在のブラコンっぷりを発揮しているのだ。
幼い頃と同じように。
これはまずいと誰もが思う。
陛下も、なんとかせねばという思いから
縁談に踏み切ったのだろう。
本人が絶対に嫌がるとわかっていても。
そうこうしている内に落ち着きを取り戻したワカメ人間が、ようやく身を起こした。
表情は暗い。
この様子を見る限りでは不満がありつつも、はっきりと断りきれなかったのだろう。
しかし⋯
「お前は結婚が嫌なのか?」
『へ?そりゃそうでしょ?』
意外だ。
こいつは誰よりも家族愛に飢えていそうなタイプに見えたが。
「何故だ?
エリオット様との様子を見る限り、
てっきり子供好きだと思っていたんだな。」
この春、2歳になった帝国の第一皇子にこいつは夢中だ。溺愛してると言ってもいい。
甥っ子と言うよりは、弟に近い感覚なのだろう。過度に甘やかしてはよく陛下に叱られている。
『エルは可愛いよ。すっごく。
だからだよ。』
⋯なるほど。
ようやく合点がいった。
「後継者争いの火種にならないか
心配なのか。」
自分の子が。
『今のところ、エルに竜眼は出ていない。
可能性はゼロとは言えないけど
兄さんも、他の学者たちの見解も
発現率は極めて低いという話だ。
僕も同意見さ。』
『そうなるとやはり、
次の【継承者】になる確率が高いのは
僕の子供だろう。
兄さんもそれがわかっているから
僕に縁談を勧めてくる。
そりゃそうだよね。
継承が断たれると後々どれほど大変なのか
僕も兄さんもよく知ってるもの。
兄さんの気持ちや考えはわかる。
わかっているんだけどね。
それでも僕は、いやなんだ。』
「・・・・・・」
『兄さん、【竜眼】のことで
辛かったこと沢山あったと思うんだ。
きっと僕がここに来た後も。
だからエルの隣に、
【竜眼持ちの子】を置きたくないんだ。
それを兄さんにも、見せたくない。』
「継承が断たれると困ったことになると
言ったのはお前だぞ?」
『そうだね。
でも僕がいなくなったあと、
【十王】はきっと兄さんたち
【直系皇族】に戻るよ。』
⋯⋯⋯
握ったままの空箱が、さらに潰れていくのがわかった。
『父上が残してくれた記録を色々調べてみたんだけどね、過去にも例があったみたいなんだ。
一時的に直系から外れて、分家の方に継承者が現れてもその継承者の死後はまた、直系の者に宿ってる。
やはり血筋が濃い者を好むみたいだね、【十王】は。
だから僕がこのまま子供を持たずにいれば
僕が死んだ後、きっとエルの子供たち辺りに【竜眼】が』
「もういい。」
聞きたくない。
そういう含みを持たせた口調で遮った。
こいつが言いたいことはわかる。
気持ちもわかる。
わかるがもう、聞きたくはなかった。
『・・・・。』
話を中断させられたにも関わらず、こいつは落ち着き払っている。
ああやっぱり、というような顔をして。
俺の反応は予想通りというわけか。
・・・・・・。
「お前まさか、それと同じことを
陛下にも言ったんじゃないだろうな?」
『・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・』
言ったな、こいつ。
『…クロイツと同じ反応されたあと、
”とにかく会え。”…で
終わった、かなー…。』
ぶん殴りたくなってきた。
「いいか?
陛下に対して身内の死を匂わせるワードは
絶対に言うな。
金 輪 際 だ 。」
何故わざわざ地雷を踏むのだ、こいつは。
『わかってるよー⋯。
でもね、仕方ないじゃん!?
僕だって兄さんたちを思って
色々考えてるのに
いきなり問答無用で縁談持ち出されてさ~
だからついついヒートアップして痛い痛い痛い痛い痛い』
頭を掴み上げるようにして立たせた。
最近、【継承者】としての自覚が芽生えてきた様子に安心しきってしまったようだ。
ここいらで躾が必要だな。
「それだけ生意気な口が利ける元気が有り余っているなら⋯手加減は、無用だな?
感謝しろよ、今日は全力で相手をしてやる。」
『え』
リミッターを全器解除した俺の様子に
冗談や脅しの類ではないと悟った童顔が凍り付いた。
だが、手は抜かない。
『…センセー。
”ギブアップ”は有効でしょーかー…?』
(^v^;)ニコッ
「安心しろ。
気絶したら止めてやる。」(^v^)ニコッ
『ですよねあああああああああああああああ!』
訓練場の空高く放り投げられた奴の叫び声が
稽古開始の合図となった。
今日は結界を強めに張っておいてよかった。
奴の断末魔は誰にも届くまい。
二度とふざけた台詞を吐かないよう
存分に叩きのめすことにした。
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