ここは、いつ来ても静かだ。
目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが
日影が心地よい 絶好のサボり場だった。
日陰の子供たち -2-
#王と皇帝

広大な皇宮の敷地内には、
人工的に作られた森や池が数多く点在している。
その殆どは景観を重視した観賞用であるが、
中にはビオトープさながらに
生き物が多く生息するエリアも存在している。
この小川も、そのひとつだ。
城壁と城壁の隙間を
隠れるようにして流れるこの小川は、
元は結界術の媒介用として作られたものらしい。
そのせいか、庭園などの観賞用と違って
あまり人目に付かない場所を静かに流れている。
昔はマメに手入れされていたらしいが、
今では別の媒介に切り替えた為、
すでに結界用としての用途は果たしていない。
潰すにも手間と工費がかかるため、
長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり
やがてどこからか虫や魚が入り込み、
小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。
その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり
何かと口うるさい大人たちに見つからない
小さな隠れ家だった。
さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。
垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。
まぁ、元々ここでは釣りよりも
ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。
特に、今日のような日は。
「なんかすごく久しぶりだな。
こうやって釣りするの。」
木の枝に釣り糸をくくりつけただけの
粗末な竿を揺らしながら、
ようやく”彼”は口を開いた。
少しだけ気まずそうな様子で
こちらを窺っている。
「そりゃそうだ。この頃お前の方が
ず~~~~~~~~~~~~~~っと
付き合い悪かったからな。」
「うう…!」
露骨な嫌味を込めて言い放つ。
別に責めるつもりは毛頭ないのだが、
クソ真面目なリアクションが面白いので
ちょいちょいからかう事にしている。
「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。
視察だの、謁見だの、
やたら大量に詰め込まれるし。」
「知ってるさ。
大変だなぁ、皇子様は。
人気者でいらっしゃる。」
「ひとごとだな~」
ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。
だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。
俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。
もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。
あとは竜眼さえ現れれば、
彼の立場は確固たるものになるのだが…
今まで、その事をさほど
気にした様子の無かった彼の様子が
この頃おかしい。
にいさまがね
この頃ずっと、お元気が無いの
何かとても悩んでいるみたい
そう思っていた矢先、
彼の妹姫様からご相談を受けた。
どうやら気になっていたのは
自分だけでは無かったらしい。
でもきっと、わたしには
言いにくいことかもしれないから
ビクター
あなたからお話を聞いてあげてほしいの
きっとにいさま、あなたには安心して
話してくださるわ
あ、でも
わたしが心配していたことは
にいさまには、ナイショにしてね?
⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか?
そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。
あの無神経な隊長殿も
少しは見習ってはどうだろうか。
そう思うと、先ほど温室でのやりとりを
思い出し、イラだってきた。
あの優男。
明らかに、悩みを打ち明けられないことに
悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか?
ああやって恐れず真正面からぶつかれば
何でも解決できると思っている。
あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。
相手を追い詰めていると思っていないところが
尚更タチが悪い。
陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を
いたく気に入っておられるようだが…
正直、俺には理解不能だ。
ま、今頃は騙された事に気付いて
赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。
「ビクター。お前なんか
すごく悪そうな顔しているぞ。」
「おっと、これは失礼。
先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して
つい、な。」
痛快に歪んだ口元に手を添え
ぐいっと直した。
俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、
彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。
「さっきはありがとな、ビクター。
ほんと助かった。」
「はて、何のことだ?
俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、
追い払っただけだが?」
「わんころ…」
「だって犬だろ、ありゃ。
”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)”
てな感じで」
犬っころ。
あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。
皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで
常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。
「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ?
まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」
「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。
犬より速く取ってくるぜ、絶対。」
「うわ絶対速そう!!
あははははははっ!!!」
ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて
ケタケタと笑い出した。
その様子に密かに安堵する。
やれやれ、やっと笑ったか。
ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で
しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。
年の割に大人びているものの、
まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は
一体なんだったのか。
悩みの原因が気にはなるが
無理に聞き出すつもりはない。
今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが…
告白の時は意外にも早く訪れた。
ひとしきり笑い終えると、
彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、
水面を見つめたまま、黙り込んだ。
俺は、ひたすら待つ。
「………………なぁ、ビクター」
「なんだ?」
意を決したように
重い口がようやく、開かれた。
「もしも⋯
もしも、な?
その、たとえば⋯
自分と⋯
・・・・・・・。
自分の、父親が、もし⋯
血が、繋がっていない⋯かも、
しれなかったら⋯
お前なら⋯どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
震えを、押し殺したような声だった。
なるほど。
何があったのか、大方の予想は付いた。
皇宮という閉鎖された空間には
やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。
それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。
主に、聞こえの悪い方が。
大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。
そして、その噂話の中で
彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。
そっと横目で彼の様子を伺う。
日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。
「なるほど、な。」
「・・・・・・」
この噂の真実を、俺は知らない。
何を言っても説得力に欠けるだろう。
しかしだ。
「なぁ、ブラムド」
ひとまずは、
はっきりと
言っておきたいことがある。
「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」
・・・・。
「…あっ!!!」
バサバサバサッ
ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が
一斉に飛び立った。
相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。
「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ!
魚が逃げるだろうが!」
「あっ、ごめん!
じゃなくて!本当にごめん!!」
「あ~~~~~そうだなぁ~~~
母親の顔すら知らんのに何故か本家から
煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」
「ごめんって!!忘れて!
僕が悪かったから!」
前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。
本人にとっては深刻だが、
俺からしてみれば贅沢な悩みだ。
”血の繋がりが無いかもしれない”
こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。
これくらいの嫌味は許してもらおう。
「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは
後でもらうとして、だ。」
ひとしきりからかい終えたので、
そろそろ本題の方に移ることにした。
「そもそも肝心なことを見落としてないか?」
「え?」
「お前の母上。
クラウディア様が
そんなことをする御方か?」
「あ⋯」
”清廉のクラウディア”
この二つ名が似合う人はそういないだろう。
それほどまでに、この幼馴染⋯
ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。
若い頃から女性の噂が絶えない
皇帝陛下はともかく、
あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を
はたらくものかどうか、純粋に疑問である。
まぁ、それでも何か起こるのが
男女の仲というものらしいが…
それに、
「というかまず、
あの目ざとい陛下が見過ごすか?
クラウディア様の浮気を?」
「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」
陛下が妃を迎えた時。
幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて
一介のドルイド女官であった
クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、
帝国史に残るセンセーショナルな事件である。
当時を知らない俺たちですら、
数多の大人たちから口々に聞かされ
耳にタコができるほどだ。
帝国建国時からの大貴族
ウダイ家を敵に回しかねない所業である。
皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを
象徴する出来事とも言えた。
(まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ)
「どうだ?現実的にありえないと思うが。
少なくとも俺はな。」
「⋯たしかに」
日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が
よほど詳しく知っているだろう。
どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。
「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。
あの御方も、お顔には出さないが
お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」
「うん⋯」
素直なところが、こいつの美点だ。
悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、
人の誠意にも真摯に答えようとする。
姿かたちも知らない陰口の主より、
自らの母親を信じると決めたのであれば
もう大丈夫だろう。
遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。
俺たちは皇宮へ戻ることにした。
「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」
「食堂に盗み食いでもいくか?」
「あ、でも眠くもなってきた⋯」
「眠気か食い気か、どっちかにしろ」
「へへへ」
そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。
憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。
一方で。
俺の足取りの方はやや重く。
儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を
どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。
畳む
目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが
日影が心地よい 絶好のサボり場だった。
日陰の子供たち -2-
#王と皇帝

広大な皇宮の敷地内には、
人工的に作られた森や池が数多く点在している。
その殆どは景観を重視した観賞用であるが、
中にはビオトープさながらに
生き物が多く生息するエリアも存在している。
この小川も、そのひとつだ。
城壁と城壁の隙間を
隠れるようにして流れるこの小川は、
元は結界術の媒介用として作られたものらしい。
そのせいか、庭園などの観賞用と違って
あまり人目に付かない場所を静かに流れている。
昔はマメに手入れされていたらしいが、
今では別の媒介に切り替えた為、
すでに結界用としての用途は果たしていない。
潰すにも手間と工費がかかるため、
長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり
やがてどこからか虫や魚が入り込み、
小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。
その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり
何かと口うるさい大人たちに見つからない
小さな隠れ家だった。
さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。
垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。
まぁ、元々ここでは釣りよりも
ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。
特に、今日のような日は。
「なんかすごく久しぶりだな。
こうやって釣りするの。」
木の枝に釣り糸をくくりつけただけの
粗末な竿を揺らしながら、
ようやく”彼”は口を開いた。
少しだけ気まずそうな様子で
こちらを窺っている。
「そりゃそうだ。この頃お前の方が
ず~~~~~~~~~~~~~~っと
付き合い悪かったからな。」
「うう…!」
露骨な嫌味を込めて言い放つ。
別に責めるつもりは毛頭ないのだが、
クソ真面目なリアクションが面白いので
ちょいちょいからかう事にしている。
「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。
視察だの、謁見だの、
やたら大量に詰め込まれるし。」
「知ってるさ。
大変だなぁ、皇子様は。
人気者でいらっしゃる。」
「ひとごとだな~」
ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。
だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。
俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。
もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。
あとは竜眼さえ現れれば、
彼の立場は確固たるものになるのだが…
今まで、その事をさほど
気にした様子の無かった彼の様子が
この頃おかしい。
にいさまがね
この頃ずっと、お元気が無いの
何かとても悩んでいるみたい
そう思っていた矢先、
彼の妹姫様からご相談を受けた。
どうやら気になっていたのは
自分だけでは無かったらしい。
でもきっと、わたしには
言いにくいことかもしれないから
ビクター
あなたからお話を聞いてあげてほしいの
きっとにいさま、あなたには安心して
話してくださるわ
あ、でも
わたしが心配していたことは
にいさまには、ナイショにしてね?
⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか?
そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。
あの無神経な隊長殿も
少しは見習ってはどうだろうか。
そう思うと、先ほど温室でのやりとりを
思い出し、イラだってきた。
あの優男。
明らかに、悩みを打ち明けられないことに
悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか?
ああやって恐れず真正面からぶつかれば
何でも解決できると思っている。
あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。
相手を追い詰めていると思っていないところが
尚更タチが悪い。
陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を
いたく気に入っておられるようだが…
正直、俺には理解不能だ。
ま、今頃は騙された事に気付いて
赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。
「ビクター。お前なんか
すごく悪そうな顔しているぞ。」
「おっと、これは失礼。
先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して
つい、な。」
痛快に歪んだ口元に手を添え
ぐいっと直した。
俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、
彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。
「さっきはありがとな、ビクター。
ほんと助かった。」
「はて、何のことだ?
俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、
追い払っただけだが?」
「わんころ…」
「だって犬だろ、ありゃ。
”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)”
てな感じで」
犬っころ。
あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。
皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで
常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。
「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ?
まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」
「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。
犬より速く取ってくるぜ、絶対。」
「うわ絶対速そう!!
あははははははっ!!!」
ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて
ケタケタと笑い出した。
その様子に密かに安堵する。
やれやれ、やっと笑ったか。
ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で
しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。
年の割に大人びているものの、
まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は
一体なんだったのか。
悩みの原因が気にはなるが
無理に聞き出すつもりはない。
今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが…
告白の時は意外にも早く訪れた。
ひとしきり笑い終えると、
彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、
水面を見つめたまま、黙り込んだ。
俺は、ひたすら待つ。
「………………なぁ、ビクター」
「なんだ?」
意を決したように
重い口がようやく、開かれた。
「もしも⋯
もしも、な?
その、たとえば⋯
自分と⋯
・・・・・・・。
自分の、父親が、もし⋯
血が、繋がっていない⋯かも、
しれなかったら⋯
お前なら⋯どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
震えを、押し殺したような声だった。
なるほど。
何があったのか、大方の予想は付いた。
皇宮という閉鎖された空間には
やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。
それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。
主に、聞こえの悪い方が。
大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。
そして、その噂話の中で
彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。
そっと横目で彼の様子を伺う。
日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。
「なるほど、な。」
「・・・・・・」
この噂の真実を、俺は知らない。
何を言っても説得力に欠けるだろう。
しかしだ。
「なぁ、ブラムド」
ひとまずは、
はっきりと
言っておきたいことがある。
「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」
・・・・。
「…あっ!!!」
バサバサバサッ
ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が
一斉に飛び立った。
相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。
「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ!
魚が逃げるだろうが!」
「あっ、ごめん!
じゃなくて!本当にごめん!!」
「あ~~~~~そうだなぁ~~~
母親の顔すら知らんのに何故か本家から
煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」
「ごめんって!!忘れて!
僕が悪かったから!」
前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。
本人にとっては深刻だが、
俺からしてみれば贅沢な悩みだ。
”血の繋がりが無いかもしれない”
こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。
これくらいの嫌味は許してもらおう。
「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは
後でもらうとして、だ。」
ひとしきりからかい終えたので、
そろそろ本題の方に移ることにした。
「そもそも肝心なことを見落としてないか?」
「え?」
「お前の母上。
クラウディア様が
そんなことをする御方か?」
「あ⋯」
”清廉のクラウディア”
この二つ名が似合う人はそういないだろう。
それほどまでに、この幼馴染⋯
ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。
若い頃から女性の噂が絶えない
皇帝陛下はともかく、
あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を
はたらくものかどうか、純粋に疑問である。
まぁ、それでも何か起こるのが
男女の仲というものらしいが…
それに、
「というかまず、
あの目ざとい陛下が見過ごすか?
クラウディア様の浮気を?」
「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」
陛下が妃を迎えた時。
幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて
一介のドルイド女官であった
クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、
帝国史に残るセンセーショナルな事件である。
当時を知らない俺たちですら、
数多の大人たちから口々に聞かされ
耳にタコができるほどだ。
帝国建国時からの大貴族
ウダイ家を敵に回しかねない所業である。
皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを
象徴する出来事とも言えた。
(まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ)
「どうだ?現実的にありえないと思うが。
少なくとも俺はな。」
「⋯たしかに」
日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が
よほど詳しく知っているだろう。
どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。
「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。
あの御方も、お顔には出さないが
お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」
「うん⋯」
素直なところが、こいつの美点だ。
悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、
人の誠意にも真摯に答えようとする。
姿かたちも知らない陰口の主より、
自らの母親を信じると決めたのであれば
もう大丈夫だろう。
遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。
俺たちは皇宮へ戻ることにした。
「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」
「食堂に盗み食いでもいくか?」
「あ、でも眠くもなってきた⋯」
「眠気か食い気か、どっちかにしろ」
「へへへ」
そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。
憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。
一方で。
俺の足取りの方はやや重く。
儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を
どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。
畳む
⋯しかし、このままではどうなることやら
全くだ
あの第一皇子は今年でもう10歳になると
いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に
見られないというではないか
『継承者』であれば、もうとっくに現れても
おかしくない頃だと聞くが
それどころか 魔法の習得も遅れ気味で
教育係も手を焼いているそうだぞ
第二皇子の方は既に
竜言語を全て習得されているというのに
やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな
あの『噂』?
なんだ 知らないのか
第一皇子は------
陛下のまことの御子様ではない
という『噂』だ
どこの誰が言っていたのか。
それを確かめる勇気はなかった。
たまたま一人で通りがかったところ
聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。
あの日からずっと、
胸に石を詰められたように
気分が重い。
日陰の子供たち
#王と皇帝

「・・・・ムド様・・
ブラムド様?」
「・・・・・・!」
呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。
いつの間に傍に来ていたのだろう。
隣には、ひざまずいたミハが
心配そうに、こちらを見上げていた。
庭園の隅の
さらに隅っこにあるような、小さな温室。
慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては
そこで独りで篭り
考え事をするのが、最近の日課になっていた。
でも、その考え事に『答え』や
ましてや『解決策』が出ることはない。
誰にも聞けない疑念を抱えたまま、
ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。
それでも一人になりたかった。
そうでもしないと、そのうち
息も出来なくなりそうだったのだ。
そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は
心配そうな表情を浮かべながら、
僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。
「ごめん、ミハ。
ちょっとぼーっとしてた。
どうしたの?僕に何かご用?」
取り繕うように、
なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが
逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に
完璧に失敗したらしい。
難しい顔をしたままだ。
「お疲れのところ、申し訳ございません
ブラムド様。
お話したい事がございますゆえ、
恐れながら、
少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
言い方は穏やかだったが、
声色には、有無を言わせない迫力があった。
こうなるとテコでも動かない事は、
昔からよく知っている。
「かまわないよ。なに?」
僕は、そう言うしかなかった。
さて、困った…
どうしようかな。
ミハは、いつもやさしい。
僕が魔法の課題に苦戦していた時も、
自分の仕事もあったのに
毎日練習に付き合ってくれた。
妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も
誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。
ミハは優しい。
それは知ってる。
でも
それでも
さすがに、今回は
誰かに話せる悩みじゃなかった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、
失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは
しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが
やがて、意を決したように口を開いた。
「皇后陛下…
御母上が大変心配しておられました。
この頃、殿下のご様子がおかしいと。
どこか自分の事を避けているようだとも⋯」
ああ、やっぱり気付かれていたか。
元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど
あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。
適当な理由をつけては面会を拒んだり、
廊下ですれ違っても
挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。
いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。
生憎、そこまで器用じゃない。
それに、面と向かっていると
思わず問い詰めてしまいそうになる。
『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。
・・・・・・・
僕は母親似だと、よく言われる。
髪の色も、くせっ毛も、顔つきも
眼の色も
母上にそっくり。
父上に
似ているものが何一つ、無い。
「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ?
いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。
それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」
眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。
嘘は言っていない。
が、やはり納得は出来ないミハからの追及は
終わらなかった。
「はい。
殿下は今、皇太子たる公務と勉学で
大変お忙しい身であることは心得ております。
ですが、最近はお食事すら
ままならないご様子と伺いましたが。」
「夏バテかなぁ?
あんまりおなか空かないんだよね。」
そう。
あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。
ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、
初めて知った。
「・・・・・・・・・・」
ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に
とうとうミハも痺れを切らしたようだ。
僕の正面へとひざまずき、
僕の目を、じっと見る。
まずい。
「何があったのですか?」
確信を持って言い放つ。
こうなるともう、言い逃れはできない。
「・・・・・・・・・・。」
ミハは優しい。
そして、いつもまっすぐだ。
回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。
それに何度も助けられたし、
それが、ミハの一番良いところだと知っている。
だけど
今日は
それがひどく
うっとうしい。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。
ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば
『そんな事はない』
と否定するだろう。
いつも通りのまっすぐさで。
でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。
ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。
それに
それにもし
『噂』が本当のことだったら?
そしてそれを、ミハが知っていたら?
彼は、すぐに顔に出る。
僕には嘘がつけないタイプなのだ。
それを見た時、僕は…
僕は、どうすればいいのだろう
頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。
その時だった。
「お話し中のところ、失礼致します。」
凛とした、中性的なよく通る声が
僕の潰れかけた思考を中断させた。
声のした方を見ると
温室の入り口に、少年がひとり立っている。
ビクターだ。
「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」
「アズマ隊長殿。
ロディエル団長から、火急の知らせです。
至急、団長室に出頭するようにとの
仰せですが。」
ミハの言葉を遮るように
ビクターは強く言い放った。
一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが
団長からの召集となると
さすがに無視はできないようだ。
「団長が?」
「はい。
他の隊長や隊員には内密にとの事なので
私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」
ビクターが淀みなく言い放つ。
その顔は真剣だ。
「・・・・・」
ミハは躊躇している。
「いいよミハ、行って。」
「しかし殿下…」
「ロディエルが呼ぶくらいだ。
父上⋯陛下に関わる事かもしれない。
そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし…
ね?」
「・・・・・・・・・」
まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。
「誠に申し訳ございません、殿下。
また後程、改めてお伺いいたします。」
「大丈夫だって。
心配性だなぁ、お前は」
内心、ホッとしたとは言えない。
ミハが足早に温室を去ると、
この場には僕と、ビクターだけがとり残された。
ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを
確認するように、じっ…と外を見据えている。
…なんだか睨みつけているように見えるのは
僕の気のせいだろうか。
それにしても。
「何か、あったのかな?」
団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。
ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、
やはり心配になってきた。
すると、
「いや、何も無ぇよ。
呼び出しとかアレ、嘘だしな。」
・・・・・・・・。
悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に
僕は思わず固まった。
という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も
全部演技だったのか。
元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが
とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。
思った以上に不良だな、こいつ。
開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に
「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。
このあと座学だけだろ?
サボって釣りしようぜ。」
先ほどまでとは打って変わって
おどけた態度のビクターは、
親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。
「あ、う…うん…。」
僕はコクコクと頷いた。
畳む
全くだ
あの第一皇子は今年でもう10歳になると
いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に
見られないというではないか
『継承者』であれば、もうとっくに現れても
おかしくない頃だと聞くが
それどころか 魔法の習得も遅れ気味で
教育係も手を焼いているそうだぞ
第二皇子の方は既に
竜言語を全て習得されているというのに
やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな
あの『噂』?
なんだ 知らないのか
第一皇子は------
陛下のまことの御子様ではない
という『噂』だ
どこの誰が言っていたのか。
それを確かめる勇気はなかった。
たまたま一人で通りがかったところ
聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。
あの日からずっと、
胸に石を詰められたように
気分が重い。
日陰の子供たち
#王と皇帝

「・・・・ムド様・・
ブラムド様?」
「・・・・・・!」
呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。
いつの間に傍に来ていたのだろう。
隣には、ひざまずいたミハが
心配そうに、こちらを見上げていた。
庭園の隅の
さらに隅っこにあるような、小さな温室。
慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては
そこで独りで篭り
考え事をするのが、最近の日課になっていた。
でも、その考え事に『答え』や
ましてや『解決策』が出ることはない。
誰にも聞けない疑念を抱えたまま、
ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。
それでも一人になりたかった。
そうでもしないと、そのうち
息も出来なくなりそうだったのだ。
そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は
心配そうな表情を浮かべながら、
僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。
「ごめん、ミハ。
ちょっとぼーっとしてた。
どうしたの?僕に何かご用?」
取り繕うように、
なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが
逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に
完璧に失敗したらしい。
難しい顔をしたままだ。
「お疲れのところ、申し訳ございません
ブラムド様。
お話したい事がございますゆえ、
恐れながら、
少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
言い方は穏やかだったが、
声色には、有無を言わせない迫力があった。
こうなるとテコでも動かない事は、
昔からよく知っている。
「かまわないよ。なに?」
僕は、そう言うしかなかった。
さて、困った…
どうしようかな。
ミハは、いつもやさしい。
僕が魔法の課題に苦戦していた時も、
自分の仕事もあったのに
毎日練習に付き合ってくれた。
妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も
誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。
ミハは優しい。
それは知ってる。
でも
それでも
さすがに、今回は
誰かに話せる悩みじゃなかった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、
失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは
しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが
やがて、意を決したように口を開いた。
「皇后陛下…
御母上が大変心配しておられました。
この頃、殿下のご様子がおかしいと。
どこか自分の事を避けているようだとも⋯」
ああ、やっぱり気付かれていたか。
元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど
あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。
適当な理由をつけては面会を拒んだり、
廊下ですれ違っても
挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。
いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。
生憎、そこまで器用じゃない。
それに、面と向かっていると
思わず問い詰めてしまいそうになる。
『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。
・・・・・・・
僕は母親似だと、よく言われる。
髪の色も、くせっ毛も、顔つきも
眼の色も
母上にそっくり。
父上に
似ているものが何一つ、無い。
「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ?
いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。
それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」
眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。
嘘は言っていない。
が、やはり納得は出来ないミハからの追及は
終わらなかった。
「はい。
殿下は今、皇太子たる公務と勉学で
大変お忙しい身であることは心得ております。
ですが、最近はお食事すら
ままならないご様子と伺いましたが。」
「夏バテかなぁ?
あんまりおなか空かないんだよね。」
そう。
あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。
ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、
初めて知った。
「・・・・・・・・・・」
ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に
とうとうミハも痺れを切らしたようだ。
僕の正面へとひざまずき、
僕の目を、じっと見る。
まずい。
「何があったのですか?」
確信を持って言い放つ。
こうなるともう、言い逃れはできない。
「・・・・・・・・・・。」
ミハは優しい。
そして、いつもまっすぐだ。
回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。
それに何度も助けられたし、
それが、ミハの一番良いところだと知っている。
だけど
今日は
それがひどく
うっとうしい。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。
ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば
『そんな事はない』
と否定するだろう。
いつも通りのまっすぐさで。
でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。
ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。
それに
それにもし
『噂』が本当のことだったら?
そしてそれを、ミハが知っていたら?
彼は、すぐに顔に出る。
僕には嘘がつけないタイプなのだ。
それを見た時、僕は…
僕は、どうすればいいのだろう
頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。
その時だった。
「お話し中のところ、失礼致します。」
凛とした、中性的なよく通る声が
僕の潰れかけた思考を中断させた。
声のした方を見ると
温室の入り口に、少年がひとり立っている。
ビクターだ。
「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」
「アズマ隊長殿。
ロディエル団長から、火急の知らせです。
至急、団長室に出頭するようにとの
仰せですが。」
ミハの言葉を遮るように
ビクターは強く言い放った。
一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが
団長からの召集となると
さすがに無視はできないようだ。
「団長が?」
「はい。
他の隊長や隊員には内密にとの事なので
私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」
ビクターが淀みなく言い放つ。
その顔は真剣だ。
「・・・・・」
ミハは躊躇している。
「いいよミハ、行って。」
「しかし殿下…」
「ロディエルが呼ぶくらいだ。
父上⋯陛下に関わる事かもしれない。
そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし…
ね?」
「・・・・・・・・・」
まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。
「誠に申し訳ございません、殿下。
また後程、改めてお伺いいたします。」
「大丈夫だって。
心配性だなぁ、お前は」
内心、ホッとしたとは言えない。
ミハが足早に温室を去ると、
この場には僕と、ビクターだけがとり残された。
ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを
確認するように、じっ…と外を見据えている。
…なんだか睨みつけているように見えるのは
僕の気のせいだろうか。
それにしても。
「何か、あったのかな?」
団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。
ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、
やはり心配になってきた。
すると、
「いや、何も無ぇよ。
呼び出しとかアレ、嘘だしな。」
・・・・・・・・。
悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に
僕は思わず固まった。
という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も
全部演技だったのか。
元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが
とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。
思った以上に不良だな、こいつ。
開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に
「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。
このあと座学だけだろ?
サボって釣りしようぜ。」
先ほどまでとは打って変わって
おどけた態度のビクターは、
親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。
「あ、う…うん…。」
僕はコクコクと頷いた。
畳む

ノコノコやってきたわけですか…。
子供の嘘も見抜けぬ隊長とは…
兵団の将来が楽しみですな?団長。」
「あはははっ!
いや~、でも実際よく出来た嘘だよ
僕でも騙されちゃうかも~。」
「・・・・・面目次第もございません。」
-同時刻-
儀仗兵団 団長室
日陰の子供たち~幕間~
#王と皇帝
「大体少し考えればわかることでは?
秘密裏であれば使い魔や秘匿回線を使えば
済む事。わざわざ人づてに頼む意味が
わかりません。」
「・・・・・・仰るとおりです。」
「まぁまぁ、
ユアンもそう若者をいじめちゃだめだよ。
お茶をもう一杯どうだい?ミハ。」
「は、いただきます・・・・。」
「それにしても面白い子だね~。
ビクター・クロイツ君…って言ったっけ?
どこの子だい?」
「…噂では、中央でも有数の名家の
生まれだそうですが、
私生児なので家の名を名乗れないそうです。
ですが、稀有な魔法の才能があるようで
宰相様が引き取って
直々に鍛えておられるのだとか。
〝クロイツ〝という苗字は
宰相様が与えた仮初の名です。」
「ああ!彼が噂の!
【宰相様の虎の子】か~
いや~末恐ろしいね~。」
「全くですな。どこぞのポンコツ隊長より
よっぽど有能そうですが。」
「・・・練兵場に行って参ります。」
「おや、これからかい?
精が出るね~」
「それがいい。そのなまくら精神を
少しでも叩き直してきたまえ。」
「こらこら、ユアーン?」
「失礼致します・・・・・。
お茶、ご馳走様でした・・・。」
-パタン-
「いや~、
可哀そうなくらいヘコんでたね~。」
「当然でしょう。
子供の手玉に取られたのですから。
それで、どこまでお話ししましたかな?」
「え~と、たしかちょうど
ミハの【適性】についてだったけど⋯
う~ん、君はやっぱり反対かい?」
「いえ…あと数年の経験は必要でしょうが、
あの実力と、兵団内での彼の人望を考えれば
【団長】としての適性は十分にあるでしょう。
難点をあげるとするなら
陛下や殿下の事が絡むと
著しく冷静さを欠くことでしょうか。
ちょうど今まさに、証明されましたが」
「うーん、ミハはね~、
ここに来た経緯も育ちも特殊だからね~。
陛下に心酔してるのも
しょうがないといえばしょうがないこと
なんだけどさ~」
「しかしそれが彼の強さにもなりますが、
弱点にもなりえます。」
「となると…」
「ええ。
【剣】には、できません。」
「ん~~~~~~~
そっか~~~~~~~~~~
ミハは僕の一押しなんだけどなぁ~~~~」
「あれは人がよすぎます。
【剣】の役は酷でしょう。
自分にも他人にも非情になれる強さが
無ければあっという間に折れてしまう。
【剣】は、折れては駄目なのです。」
「・・・・・・・そうだね。」
「ところで団長。
ひとつ、ご相談が。」
「ん?なんだい?」
「先ほど出てきた少年従士ですが…」
「クロイツ君のことかい?」
「ええ。
彼はたしか今、二番隊の従士ですが…
しばらく五番隊に配属して頂けませんか?」
「……【適性】を見る気かい?」
「はい」
「危険じゃないかなー…
宰相閣下の息がかかってるかもしれないよ?」
「それを見極めるためにも、
近くでの観察が必要なのですよ。
【処分】の必要が、あるかどうかも。」
「…わかった、手配するよ。
でもくれぐれも宰相閣下には
こちらの意図を悟られないようにね。」
「心得ております。」
畳む