No.90, No.88, No.87, No.86, No.85, No.77, No.73[7件]
			
			師弟

『クロイツはさー。結婚しないの?』
 
「…はぁ??」
----------------------------------
稽古で投げ飛ばされ、地面に手足を転がしたまま
飛び出した言葉が、これだ。
「なんだ突拍子に。」
またどこで何を吹き込まれてきたんだ、コイツは。
『だってさー。
アンダーソンはもう二人も子供がいるし、
ドノヴァンだってこないだ、お嫁さん貰ったって聞いたよ。
でもクロイツは全然そんな気配ないじゃん。
なんでしないのかな~って』
ああ…
そういえばアンダーソンの奴が
そんな事を言っていたような気がする。
まるで興味が無かったので聞き流したが。
確かに同期の中で未婚の奴と言えば
もう数える程しかいない。
「適当な相手もいないし、何より面倒だ。」
『子供とか欲しくないの?』
「ただでさえ出来の悪いガキの子守りに
頭痛がしてるってのにか?
これ以上面倒増やしてたまるか。」
『そっか~。』
…?
妙だな。
普段ならここで、俺の嫌味に対して
ギャンギャン噛みついてくるのだが…
今日はどこか上の空だ。
「なんだ。
またジジイ共に嫌味でも言われたか。」
カラになった煙草の箱を握りつぶしながら、
言葉を待った。
こいつがやけに大人しい時は、大抵それだ。
聞き流せばいいものを、
いちいち真面目に受け取って悩む。
こいつの悪い癖だ。
『ん~~~~~嫌味というか~・・・・』
大の字のまま、歯切れ悪く
ゴニョゴニョと言い淀んでいる。
複雑、といった表情だ。
その顔を見て、こちらもおおよその察しがつく。
『・・・・・・・・・兄さんがさ…
”そろそろ結婚しろ”って勧めてくるんだよ…』
やはりか。
「お前、今年でいくつになるんだ?」
『シックスティーンです、センセー。』
「じゃあ年頃だろう。そんな話が出てもおかしくはない。」
『兄さんは20歳だったよ?』
「陛下の例を持ち出すな。お前とは事情が違う。」
『ふ~~~~ん?どんな?』
突っかかる物言いをしてくるな、このガキ。
「…その少ない脳みそでよく考えてみろ。
陛下は御妹弟と御父上の葬儀が立て続き、
そういった話の挙がるタイミングが遅れただけだ。
さらにその遅れに、
拍車をかけた、
最たる原因は、
誰 の こ と か わ か り ま す か な ? 殿下。 」
『Σ(゚皿゚)ぐぅ・・・!』
墓穴を掘ったことにようやく気付いたらしい。
気まずそうに黙り込んだ様子に満足したところで、
そろそろ本題を聞いてやることにした。
「…まぁ、陛下もその手の話が挙がった時には
散々暴れてくださったが。」
『知ってるよー…
確かマクスウェルの部屋を壊したんでしょ?』
「正確には、”御部屋のあった棟を半壊させた” だ。」
『・・・・自分の時はそれだけゴネといてさ、
何が、
” いい加減、皇族としての自覚と責任を持て”
…だよ!
記憶喪失!?
記憶喪失ですか兄さん!!!??」
確かに豪快な棚上げではある。
『しかもなんか相手をすでに見繕ってて
今度会ってみろとか言うんだよ、はーーー!?
それされてキレたの誰ですか、ええーーーーーー!?』
話す内に怒りが込み上げてきたのか、
珍しく口調が荒くなる。
自慢の黒髪をふり乱しながら、ゴロゴロと地面を転がる様はお子様だが
絶大な信頼を置いている兄からの意外な仕打ちだ。
こいつなりにショックを受けているのだろう。
このワカメの言い分もわかる。
しかし、
陛下のご心配も最もだと思った。
何せこいつは、思春期真っ盛りにも関わらず
異性への関心がまるで見られない。
うぶとか言うレベルではない。
興味を示さないのだ。
6歳で母親から引き離されたことを思えば、
幼い頃は陛下にベッタリなのも仕方がないものだと思っていた。
しかし、それも成長するにつれて自然に
兄離れしていくだろうと・・・。
ところがだ。
こいつは未だに年がら年中
『兄さん兄さん』と陛下にまとわりつき
健在のブラコンっぷりを発揮しているのだ。
幼い頃と同じように。
これはまずいと誰もが思う。
陛下も、なんとかせねばという思いから
縁談に踏み切ったのだろう。
本人が絶対に嫌がるとわかっていても。
そうこうしている内に落ち着きを取り戻したのか。
ワカメ人間がようやく身を起こした。
表情は暗い。
この様子を見る限りでは
不満がありつつも、はっきりと断りきれなかったのだろう。
しかし…
「お前は結婚が嫌なのか?」
『へ?そりゃそうでしょ?』
これは意外だった。
こいつは誰よりも家族愛に飢えていそうなタイプに見えたが。
「何故だ?エリオット様との様子を見る限り、
てっきり子供好きだと思っていたんだがな。」
この春、2歳になった帝国の第一皇子にこいつは夢中だ。
溺愛してると言ってもいい。
甥っ子と言うよりは、弟に近い感覚なのだろう。
過度に甘やかしてはよく陛下に叱られている。
『エルは可愛いよ。すっごく。
だからだよ。』
・・・・・・
なるほど、ようやく合点がいった。
「…後継者争いの火種にならないか、心配なのか。」
自分の子が。
『今のところ、エルに竜眼は出ていない。
可能性はゼロとは言えないけど
兄さんも、他の学者たちの見解も
発現率は極めて低いという話だ。僕も同意見さ。』
『そうなるとやはり、
次の【継承者】になる確率が高いのは
僕の子供だろう。
兄さんもそれがわかっているから、僕に縁談を勧めてくる。
そりゃそうだよね。
継承が断たれると後々どれほど大変なのか
僕も兄さんもよく知ってるもの。
兄さんの気持ちや考えはわかる。
わかっているんだけどね。』
『それでも僕はいやなんだ。』
「・・・・・・・・・・・」
『兄さん、【竜眼】のことで
辛かったこと沢山あったと思うんだ。
きっと僕がここに来た後も。
だからエルの隣に、
【竜眼持ちの子】を置きたくないんだ。
それを兄さんにも、見せたくない。』
「…継承が断たれると
困ったことになると言ったのはお前だぞ?」
『そうだね。
でも僕がいなくなったあと、【十王】はきっと
兄さんたち【直系皇族】に戻るよ。』
・・・・・・・・・・
握ったままの空箱が、さらに潰れていくのがわかった。
『父上が残してくれた記録を色々調べてみたんだけどね、
過去にも例があったみたいなんだ。
一時的に直系から外れて、分家の方に継承者が現れても
その継承者の死後はまた、直系の者に宿ってる。
やはり血筋が濃い者を好むみたいだね、【十王】は。
だから僕がこのまま子供を持たずにいれば
僕が死んだ後、きっとエルの子供たち辺りに【竜眼】が』
「もういい。」
聞きたくない。
そういう含みを持たせた口調で遮った。
こいつが言いたいことはわかる。
気持ちもわかる。
わかるがもう、聞きたくはなかった。
『・・・・・・・・・。』
話を中断させられたにも関わらず、こいつは落ち着き払っている。
ああやっぱり、というような顔をして。
俺の反応は予想通りというわけか。
・・・・・・。
「お前まさか、それと同じことを
陛下にも言ったんじゃないだろうな?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
言ったな、こいつ。
『…クロイツと同じ反応されたあと、
”とにかく会え。”…で、終わった、かなー…。』
ぶん殴りたくなってきた。
「…いいか? 陛下に対して、
身内の死を匂わせるワードは 絶対に言うな。
金 輪 際 だ 。」
何故わざわざ地雷を踏むのだ、こいつは。
『わかってるよー・・・・・。
でも、しょうがないじゃん!?
僕だって兄さんたちを思って、色々考えてるのに
いきなり問答無用で縁談持ち出されてさ~
だからついついヒートアップして痛い痛い痛い痛い痛い』
頭を掴み上げるようにして立たせた。
最近、【継承者】としての自覚が芽生えてきた様子に
安心しきってしまったようだ。
ここいらで躾が必要だな。
「それだけ生意気な口が利ける元気が有り余っているなら・・・
手加減は、無用だな?
感謝しろよ、今日は全力で相手をしてやる。」
『え』
リミッターを全器解除した俺の様子に
冗談や脅しの類ではないと悟った童顔が凍り付いた。
だが、手は抜かない。
『…センセー。
”ギブアップ”は有効でしょーかー…?』(^v^;)ニコッ
「安心しろ。
気絶したら止めてやる。」(^v^)ニコッ
『ですよねあああああああああああああああ!』
訓練場の空高く放り投げられた奴の叫び声が
稽古開始の合図となった。
今日は結界を強めに張っておいてよかった。
奴の断末魔は誰にも届くまい。
二度とふざけた台詞を吐かないよう
存分に叩きのめすことにした。
畳む
		
	
『クロイツはさー。結婚しないの?』

「…はぁ??」
----------------------------------
稽古で投げ飛ばされ、地面に手足を転がしたまま
飛び出した言葉が、これだ。
「なんだ突拍子に。」
またどこで何を吹き込まれてきたんだ、コイツは。
『だってさー。
アンダーソンはもう二人も子供がいるし、
ドノヴァンだってこないだ、お嫁さん貰ったって聞いたよ。
でもクロイツは全然そんな気配ないじゃん。
なんでしないのかな~って』
ああ…
そういえばアンダーソンの奴が
そんな事を言っていたような気がする。
まるで興味が無かったので聞き流したが。
確かに同期の中で未婚の奴と言えば
もう数える程しかいない。
「適当な相手もいないし、何より面倒だ。」
『子供とか欲しくないの?』
「ただでさえ出来の悪いガキの子守りに
頭痛がしてるってのにか?
これ以上面倒増やしてたまるか。」
『そっか~。』
…?
妙だな。
普段ならここで、俺の嫌味に対して
ギャンギャン噛みついてくるのだが…
今日はどこか上の空だ。
「なんだ。
またジジイ共に嫌味でも言われたか。」
カラになった煙草の箱を握りつぶしながら、
言葉を待った。
こいつがやけに大人しい時は、大抵それだ。
聞き流せばいいものを、
いちいち真面目に受け取って悩む。
こいつの悪い癖だ。
『ん~~~~~嫌味というか~・・・・』
大の字のまま、歯切れ悪く
ゴニョゴニョと言い淀んでいる。
複雑、といった表情だ。
その顔を見て、こちらもおおよその察しがつく。
『・・・・・・・・・兄さんがさ…
”そろそろ結婚しろ”って勧めてくるんだよ…』
やはりか。
「お前、今年でいくつになるんだ?」
『シックスティーンです、センセー。』
「じゃあ年頃だろう。そんな話が出てもおかしくはない。」
『兄さんは20歳だったよ?』
「陛下の例を持ち出すな。お前とは事情が違う。」
『ふ~~~~ん?どんな?』
突っかかる物言いをしてくるな、このガキ。
「…その少ない脳みそでよく考えてみろ。
陛下は御妹弟と御父上の葬儀が立て続き、
そういった話の挙がるタイミングが遅れただけだ。
さらにその遅れに、
拍車をかけた、
最たる原因は、
誰 の こ と か わ か り ま す か な ? 殿下。 」
『Σ(゚皿゚)ぐぅ・・・!』
墓穴を掘ったことにようやく気付いたらしい。
気まずそうに黙り込んだ様子に満足したところで、
そろそろ本題を聞いてやることにした。
「…まぁ、陛下もその手の話が挙がった時には
散々暴れてくださったが。」
『知ってるよー…
確かマクスウェルの部屋を壊したんでしょ?』
「正確には、”御部屋のあった棟を半壊させた” だ。」
『・・・・自分の時はそれだけゴネといてさ、
何が、
” いい加減、皇族としての自覚と責任を持て”
…だよ!
記憶喪失!?
記憶喪失ですか兄さん!!!??」
確かに豪快な棚上げではある。
『しかもなんか相手をすでに見繕ってて
今度会ってみろとか言うんだよ、はーーー!?
それされてキレたの誰ですか、ええーーーーーー!?』
話す内に怒りが込み上げてきたのか、
珍しく口調が荒くなる。
自慢の黒髪をふり乱しながら、ゴロゴロと地面を転がる様はお子様だが
絶大な信頼を置いている兄からの意外な仕打ちだ。
こいつなりにショックを受けているのだろう。
このワカメの言い分もわかる。
しかし、
陛下のご心配も最もだと思った。
何せこいつは、思春期真っ盛りにも関わらず
異性への関心がまるで見られない。
うぶとか言うレベルではない。
興味を示さないのだ。
6歳で母親から引き離されたことを思えば、
幼い頃は陛下にベッタリなのも仕方がないものだと思っていた。
しかし、それも成長するにつれて自然に
兄離れしていくだろうと・・・。
ところがだ。
こいつは未だに年がら年中
『兄さん兄さん』と陛下にまとわりつき
健在のブラコンっぷりを発揮しているのだ。
幼い頃と同じように。
これはまずいと誰もが思う。
陛下も、なんとかせねばという思いから
縁談に踏み切ったのだろう。
本人が絶対に嫌がるとわかっていても。
そうこうしている内に落ち着きを取り戻したのか。
ワカメ人間がようやく身を起こした。
表情は暗い。
この様子を見る限りでは
不満がありつつも、はっきりと断りきれなかったのだろう。
しかし…
「お前は結婚が嫌なのか?」
『へ?そりゃそうでしょ?』
これは意外だった。
こいつは誰よりも家族愛に飢えていそうなタイプに見えたが。
「何故だ?エリオット様との様子を見る限り、
てっきり子供好きだと思っていたんだがな。」
この春、2歳になった帝国の第一皇子にこいつは夢中だ。
溺愛してると言ってもいい。
甥っ子と言うよりは、弟に近い感覚なのだろう。
過度に甘やかしてはよく陛下に叱られている。
『エルは可愛いよ。すっごく。
だからだよ。』
・・・・・・
なるほど、ようやく合点がいった。
「…後継者争いの火種にならないか、心配なのか。」
自分の子が。
『今のところ、エルに竜眼は出ていない。
可能性はゼロとは言えないけど
兄さんも、他の学者たちの見解も
発現率は極めて低いという話だ。僕も同意見さ。』
『そうなるとやはり、
次の【継承者】になる確率が高いのは
僕の子供だろう。
兄さんもそれがわかっているから、僕に縁談を勧めてくる。
そりゃそうだよね。
継承が断たれると後々どれほど大変なのか
僕も兄さんもよく知ってるもの。
兄さんの気持ちや考えはわかる。
わかっているんだけどね。』
『それでも僕はいやなんだ。』
「・・・・・・・・・・・」
『兄さん、【竜眼】のことで
辛かったこと沢山あったと思うんだ。
きっと僕がここに来た後も。
だからエルの隣に、
【竜眼持ちの子】を置きたくないんだ。
それを兄さんにも、見せたくない。』
「…継承が断たれると
困ったことになると言ったのはお前だぞ?」
『そうだね。
でも僕がいなくなったあと、【十王】はきっと
兄さんたち【直系皇族】に戻るよ。』
・・・・・・・・・・
握ったままの空箱が、さらに潰れていくのがわかった。
『父上が残してくれた記録を色々調べてみたんだけどね、
過去にも例があったみたいなんだ。
一時的に直系から外れて、分家の方に継承者が現れても
その継承者の死後はまた、直系の者に宿ってる。
やはり血筋が濃い者を好むみたいだね、【十王】は。
だから僕がこのまま子供を持たずにいれば
僕が死んだ後、きっとエルの子供たち辺りに【竜眼】が』
「もういい。」
聞きたくない。
そういう含みを持たせた口調で遮った。
こいつが言いたいことはわかる。
気持ちもわかる。
わかるがもう、聞きたくはなかった。
『・・・・・・・・・。』
話を中断させられたにも関わらず、こいつは落ち着き払っている。
ああやっぱり、というような顔をして。
俺の反応は予想通りというわけか。
・・・・・・。
「お前まさか、それと同じことを
陛下にも言ったんじゃないだろうな?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
言ったな、こいつ。
『…クロイツと同じ反応されたあと、
”とにかく会え。”…で、終わった、かなー…。』
ぶん殴りたくなってきた。
「…いいか? 陛下に対して、
身内の死を匂わせるワードは 絶対に言うな。
金 輪 際 だ 。」
何故わざわざ地雷を踏むのだ、こいつは。
『わかってるよー・・・・・。
でも、しょうがないじゃん!?
僕だって兄さんたちを思って、色々考えてるのに
いきなり問答無用で縁談持ち出されてさ~
だからついついヒートアップして痛い痛い痛い痛い痛い』
頭を掴み上げるようにして立たせた。
最近、【継承者】としての自覚が芽生えてきた様子に
安心しきってしまったようだ。
ここいらで躾が必要だな。
「それだけ生意気な口が利ける元気が有り余っているなら・・・
手加減は、無用だな?
感謝しろよ、今日は全力で相手をしてやる。」
『え』
リミッターを全器解除した俺の様子に
冗談や脅しの類ではないと悟った童顔が凍り付いた。
だが、手は抜かない。
『…センセー。
”ギブアップ”は有効でしょーかー…?』(^v^;)ニコッ
「安心しろ。
気絶したら止めてやる。」(^v^)ニコッ
『ですよねあああああああああああああああ!』
訓練場の空高く放り投げられた奴の叫び声が
稽古開始の合図となった。
今日は結界を強めに張っておいてよかった。
奴の断末魔は誰にも届くまい。
二度とふざけた台詞を吐かないよう
存分に叩きのめすことにした。
畳む
			
			きょうだい
 
------ある親衛隊員の証言
ブラムド様には同腹の兄弟はおられなくてね。
みんな異母兄妹だったけど、とても仲が良かったよ。
年の近いシルヴィア様とは一番仲が良くてねぇ。
特に小さい頃なんて、いつも一緒だった。
小さい頃のブラムド様は、それはそれはいたずらっ子だったから。
ブラムド様が危ないことをする度に、シルヴィア様がお叱りするわけさ。
懐かしいねぇ。
ウィリアム様も、ブラムド様によく懐いておられてね。
ウィリアム様は先帝陛下に似て、とても賢い御方でね。
賢すぎて、その…家臣が言うことはあまり
聞き入れてくださらないことも多かったんだけどね。
でも兄であるブラムド様の言うことには、それは素直に聞くんだよ。
それに唯一の男兄弟だったから ねぇ。
ブラムド様も可愛がってたように思うよ。
末姫のシャーロット様がお生まれになった時は三人共喜んでね。
シルヴィア様が念願の妹だわ!とおっしゃるものだから
ウィリアム様が拗ねてしまったりね。
でもウィリアム様にとっても、初めての下の兄妹だからさ。
可愛くて仕方なかったんだろうねぇ
毎度シルヴィア様と抱っこの取り合いさ。
あれには乳母たちも困ってたねぇ。
そうなるといつも、二人をなだめるのがブラムド様だったね。
ちゃっかり自分でシャーロット様を抱っこしつつだけど。
本当に、仲が良かったよ。
あたしも、あの方たちが大好きだった。
------ある親衛隊員の証言
最初に異変が起きたのは、末姫のシャーロット様だった。
1歳の誕生祝いで、盛大な催しが行われた後…ひと月後ぐらいのことだ。
何の前触れも無く、『竜眼』を発現されたのだ。
それはもう大騒ぎだった。
先代の十王を喪ってから10年以上、誰にも現れなかったからな。
重臣たちは「十王の再臨だ」と、大喜び。
あのご兄妹も、まるで自分の事のようにはしゃぎまわってな。
シャーリー、すごいぞ!
と、あのブラムド様が
屈託のない笑顔で仰られていたのが、今でも忘れられん。
あの方は当時、跡継ぎの中では 誰よりも『竜眼』を欲していたはずだ。
だがそれ以上に、ご兄妹が誇らしかったのだろう。
私はそのご様子を見て安心していたが…
ただ一人
歓喜に湧く宮廷の中で、ただ一人
御父上である皇帝陛下だけが
固い表情をしておられた事だけが、気になった。
シャーロット様はそのひと月後、亡くなった。
 
-----ある親衛隊員の証言
よくある幼児の突然死。
流行り病。
暗殺疑惑。
当時は色々な噂が立ったよ。
でもどんな理由であれ、あのご兄妹の慰めにはならなかっただろうね。
つらい時期だったよ。
あんなに泣くシルヴィア様は、あたしも見たのは初めてだった。
今思えばその頃からだったね。
ブラムド様が魔法の研究に没頭しだしたのは。
笑わなくなっていったのもね。
ブラムド様はね、シャーロット様の死因に
『竜眼の発現』が関わっていたと考えていたのさ。
他の学者たちは否定したよ。
だって『竜眼』は、
『十王の魔力を支えることができる
強い力を持った者にのみに発現する』
とされていたからねぇ。
何より『竜眼』は、
『王の象徴』であると同時に
星竜を崇めるあたしたち魔法使いにとって…
『神の一部』
神聖なものだったんだよ。
その神聖な『竜眼』を宿したことで、『呪い殺された』だなんて…
誰も認めたがらなかっただろうね。
でもブラムド様は、一人で研究を続けていった。
妹君の死の真相を知る為にも。
残った弟妹たちが、その二の舞になるのを防ぐ為にもね。
周囲の反対を押し切って、『外れの魔法使い』なんかに弟子入りしたのも
そういったお考えがあったからさ。
あたしたちは全力でこの方をお支えしようと、心に誓った。
…え?
皇帝陛下はどうしてたかって?
・・・・・・。
何もなさらなかったよ。
シャーロット様が死にかけていた時も。
竜眼発現の兆候に、ウィリアム様が怯えておられた時も。
最期まで兄を信じて、気丈に笑っておられたシルヴィア様にも。
その兄妹を救おうと必死になっていたブラムド様にも。
あの方は何もなさらなかったよ。
だから、あたしはね。
不敬罪だの、不忠義だの言われようが
故人となっても尚
あの野郎が、大嫌いなのさ。
 
-----ある親衛隊員の証言
正直、もう王宮には戻って来ないかもな、
と思っていた。
努力の甲斐無く
ご妹弟は、みんな亡くなった。
ヤケを起こしても不思議じゃない。
だが
あの方は戻ってきた。
残っている務めを果たすと。
もう自分には
それしか出来ることが無いのだと。
皇位を継承された後は
ひたすら仕事に没頭する日々が続いた。
何かを振り払うように。
死に向かって生き急ぐように。
・・・・・・・・・。
何も語らないその背中は
悲愴としか、言えなかった。

畳む
		
	
------ある親衛隊員の証言
ブラムド様には同腹の兄弟はおられなくてね。
みんな異母兄妹だったけど、とても仲が良かったよ。
年の近いシルヴィア様とは一番仲が良くてねぇ。
特に小さい頃なんて、いつも一緒だった。
小さい頃のブラムド様は、それはそれはいたずらっ子だったから。
ブラムド様が危ないことをする度に、シルヴィア様がお叱りするわけさ。
懐かしいねぇ。
ウィリアム様も、ブラムド様によく懐いておられてね。
ウィリアム様は先帝陛下に似て、とても賢い御方でね。
賢すぎて、その…家臣が言うことはあまり
聞き入れてくださらないことも多かったんだけどね。
でも兄であるブラムド様の言うことには、それは素直に聞くんだよ。
それに唯一の男兄弟だったから ねぇ。
ブラムド様も可愛がってたように思うよ。
末姫のシャーロット様がお生まれになった時は三人共喜んでね。
シルヴィア様が念願の妹だわ!とおっしゃるものだから
ウィリアム様が拗ねてしまったりね。
でもウィリアム様にとっても、初めての下の兄妹だからさ。
可愛くて仕方なかったんだろうねぇ
毎度シルヴィア様と抱っこの取り合いさ。
あれには乳母たちも困ってたねぇ。
そうなるといつも、二人をなだめるのがブラムド様だったね。
ちゃっかり自分でシャーロット様を抱っこしつつだけど。
本当に、仲が良かったよ。
あたしも、あの方たちが大好きだった。
------ある親衛隊員の証言
最初に異変が起きたのは、末姫のシャーロット様だった。
1歳の誕生祝いで、盛大な催しが行われた後…ひと月後ぐらいのことだ。
何の前触れも無く、『竜眼』を発現されたのだ。
それはもう大騒ぎだった。
先代の十王を喪ってから10年以上、誰にも現れなかったからな。
重臣たちは「十王の再臨だ」と、大喜び。
あのご兄妹も、まるで自分の事のようにはしゃぎまわってな。
シャーリー、すごいぞ!
と、あのブラムド様が
屈託のない笑顔で仰られていたのが、今でも忘れられん。
あの方は当時、跡継ぎの中では 誰よりも『竜眼』を欲していたはずだ。
だがそれ以上に、ご兄妹が誇らしかったのだろう。
私はそのご様子を見て安心していたが…
ただ一人
歓喜に湧く宮廷の中で、ただ一人
御父上である皇帝陛下だけが
固い表情をしておられた事だけが、気になった。
シャーロット様はそのひと月後、亡くなった。

-----ある親衛隊員の証言
よくある幼児の突然死。
流行り病。
暗殺疑惑。
当時は色々な噂が立ったよ。
でもどんな理由であれ、あのご兄妹の慰めにはならなかっただろうね。
つらい時期だったよ。
あんなに泣くシルヴィア様は、あたしも見たのは初めてだった。
今思えばその頃からだったね。
ブラムド様が魔法の研究に没頭しだしたのは。
笑わなくなっていったのもね。
ブラムド様はね、シャーロット様の死因に
『竜眼の発現』が関わっていたと考えていたのさ。
他の学者たちは否定したよ。
だって『竜眼』は、
『十王の魔力を支えることができる
強い力を持った者にのみに発現する』
とされていたからねぇ。
何より『竜眼』は、
『王の象徴』であると同時に
星竜を崇めるあたしたち魔法使いにとって…
『神の一部』
神聖なものだったんだよ。
その神聖な『竜眼』を宿したことで、『呪い殺された』だなんて…
誰も認めたがらなかっただろうね。
でもブラムド様は、一人で研究を続けていった。
妹君の死の真相を知る為にも。
残った弟妹たちが、その二の舞になるのを防ぐ為にもね。
周囲の反対を押し切って、『外れの魔法使い』なんかに弟子入りしたのも
そういったお考えがあったからさ。
あたしたちは全力でこの方をお支えしようと、心に誓った。
…え?
皇帝陛下はどうしてたかって?
・・・・・・。
何もなさらなかったよ。
シャーロット様が死にかけていた時も。
竜眼発現の兆候に、ウィリアム様が怯えておられた時も。
最期まで兄を信じて、気丈に笑っておられたシルヴィア様にも。
その兄妹を救おうと必死になっていたブラムド様にも。
あの方は何もなさらなかったよ。
だから、あたしはね。
不敬罪だの、不忠義だの言われようが
故人となっても尚
あの野郎が、大嫌いなのさ。

-----ある親衛隊員の証言
正直、もう王宮には戻って来ないかもな、
と思っていた。
努力の甲斐無く
ご妹弟は、みんな亡くなった。
ヤケを起こしても不思議じゃない。
だが
あの方は戻ってきた。
残っている務めを果たすと。
もう自分には
それしか出来ることが無いのだと。
皇位を継承された後は
ひたすら仕事に没頭する日々が続いた。
何かを振り払うように。
死に向かって生き急ぐように。
・・・・・・・・・。
何も語らないその背中は
悲愴としか、言えなかった。

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			マギの民
 
【マギ】
ドラグーン・ハーディンの宗派が生まれる以前
遥か昔から存在した 『古代の魔法使い』たちの総称。
吟遊詩人としての一面もあり、
稀に街に下りてきて披露される歌声は
『神の歌い手』と称されるほどである。
伝統衣装に身を包み、
眼を常に覆い隠した奇妙な格好をしている。
奥深い森や人里離れた場所にひっそりと暮らし、
伝承を守り続けている神秘の一族…
では、あるが。
そのイメージとは裏腹に、かなりフランクな人々で
巡業先ではたちまち人気者になる。
イメージ商売、という理由で
巡業ではマギの伝統楽器『リュタ』を使う事が多いが
当人たちは別に楽器のこだわりは一切無く
ピアノ、トランペット、シンバル、ハーモニカ、カスタネットと
なんでも使えるし、むしろ使いたがる。
マギがドラグーン・ハーディンの争いに干渉しない一方で、
ドラグーンとハーディンたちも互いに
『マギの前では諍いを起こさない』という
暗黙の了解がある。
それはマギを争いに巻き込まない為…ではなく
両者が緊迫した空気になればなるほど
マギたちがそれに合わせるかのように
BGMを勝手に編曲・演奏し始めるからである。
それがまた絶妙なタイミングで効果音入れてきたり
あるいは間の抜けた音楽に仕上げてくるので
両者脱力して喧嘩終了となる。
争いを好まず、のほほんとしたノリの良い人々であるが
一族のことに関しては一切語ろうとはしない。
また、ドラグーンとは違った『魔法』を使えるが、
それがどんな『魔法』なのかも謎に包まれている。

別に喧嘩の仲裁したいとかではなくて、
本当に単純にBGM入れたいだけのマギの皆さん。
目を離した数秒の内に
楽器を持ち替えるから油断も隙も無い。
知らん間にどこからか楽器を取り出す
四次元ポケットの使い手。
東西南北文化国境関係なしに
楽器ならなんでも手を出す。そして極める。
多分バグパイプとかアコーディオンも習練済み。
左の彼が持っているのは「ヴィブラスラップ」
『カーッ!!』っていう時代劇みたいな音がするアレ。

マギの人々は、常に目を覆い隠しているので
「前が見えていない」「元々目が見えない」
という誤解を受けがちだが
別に目が不自由というわけではない。
彼らがしている眼帯は、外側は透けないが
内側は透過して見える仕様。
なので目隠し状態で暮らしているわけではない。
マギは顔半分隠れている状態が常なので
眼帯の意匠によって個人を判別している。
同じデザインは二つとなく、
それぞれの家庭によって特徴がある。
家長や年長者になるほど、その意匠は凝ったものになる。
眼帯のデザインを変える事は自由だが、
『顔』の替わりでもあるので
あまり変えすぎると、同族ですら会う度にいちいち
「どちら様ですか?」と訊かれてしまうのが面倒なので、
変える者は殆どいない
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 【マギ】
ドラグーン・ハーディンの宗派が生まれる以前
遥か昔から存在した 『古代の魔法使い』たちの総称。
吟遊詩人としての一面もあり、
稀に街に下りてきて披露される歌声は
『神の歌い手』と称されるほどである。
伝統衣装に身を包み、
眼を常に覆い隠した奇妙な格好をしている。
奥深い森や人里離れた場所にひっそりと暮らし、
伝承を守り続けている神秘の一族…
では、あるが。
そのイメージとは裏腹に、かなりフランクな人々で
巡業先ではたちまち人気者になる。
イメージ商売、という理由で
巡業ではマギの伝統楽器『リュタ』を使う事が多いが
当人たちは別に楽器のこだわりは一切無く
ピアノ、トランペット、シンバル、ハーモニカ、カスタネットと
なんでも使えるし、むしろ使いたがる。
マギがドラグーン・ハーディンの争いに干渉しない一方で、
ドラグーンとハーディンたちも互いに
『マギの前では諍いを起こさない』という
暗黙の了解がある。
それはマギを争いに巻き込まない為…ではなく
両者が緊迫した空気になればなるほど
マギたちがそれに合わせるかのように
BGMを勝手に編曲・演奏し始めるからである。
それがまた絶妙なタイミングで効果音入れてきたり
あるいは間の抜けた音楽に仕上げてくるので
両者脱力して喧嘩終了となる。
争いを好まず、のほほんとしたノリの良い人々であるが
一族のことに関しては一切語ろうとはしない。
また、ドラグーンとは違った『魔法』を使えるが、
それがどんな『魔法』なのかも謎に包まれている。

別に喧嘩の仲裁したいとかではなくて、
本当に単純にBGM入れたいだけのマギの皆さん。
目を離した数秒の内に
楽器を持ち替えるから油断も隙も無い。
知らん間にどこからか楽器を取り出す
四次元ポケットの使い手。
東西南北文化国境関係なしに
楽器ならなんでも手を出す。そして極める。
多分バグパイプとかアコーディオンも習練済み。
左の彼が持っているのは「ヴィブラスラップ」
『カーッ!!』っていう時代劇みたいな音がするアレ。

マギの人々は、常に目を覆い隠しているので
「前が見えていない」「元々目が見えない」
という誤解を受けがちだが
別に目が不自由というわけではない。
彼らがしている眼帯は、外側は透けないが
内側は透過して見える仕様。
なので目隠し状態で暮らしているわけではない。
マギは顔半分隠れている状態が常なので
眼帯の意匠によって個人を判別している。
同じデザインは二つとなく、
それぞれの家庭によって特徴がある。
家長や年長者になるほど、その意匠は凝ったものになる。
眼帯のデザインを変える事は自由だが、
『顔』の替わりでもあるので
あまり変えすぎると、同族ですら会う度にいちいち
「どちら様ですか?」と訊かれてしまうのが面倒なので、
変える者は殆どいない
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			微睡みのうた

朦朧とした意識の下で
最初に聴こえたのは歌だった。
何を歌っているのかはわからない。
ただ とてもきれいな声だったので、
ああ自分はとうとう死んでしまって
あの世に来たのだな
と、本気で思った。
自分が住んでいた世界に、
こんなきれいな声はどこにもなかったから。
だからきっと、この世ではない場所に来たのだろうと。
しかし、
次の瞬間に感じた鈍い痛みと
鉛のように重い身体の感覚が、とても現実味があって。
自分が生きていることに気付くと同時に
引きずり込まれるような絶望に襲われた。
まだ、自分は地獄の続きにいる。
死ねなかったのだ。
助けたのは、この傍らで歌っている人間だろうか。
どうして死なせてくれなかった
放っておいてくれたらよかったのに
そう言いたかったが、口から吐き出されたのは
砂の混じった、渇いた呼吸だけだった。
「ん?目が覚めた?」
歌が止むと同時に発せられた声は、
想像していたよりもずっと幼く、やさしい声だった。
『・・・・』
自分は答えなかった。
口が渇いて声が出ないこともあるが、
こういう時、どう答えていいのかが
わからなかったからだ。
「? ・・・~~~♪」
うわ言だと思ったのか、
声の主は再び歌いはじめた。
・・・・
かつて、自分の傍らで
こんな風に歌ってくれる人間がいただろうか。
あんなやさしい声で、
話しかけてくれた人間がいただろうか。
ただただ戸惑って
何故か泣けてきて
再び意識が沈むまで、そのやさしい歌を聴いていた。

ヴラドとアダムの出会い編。
アダムは奴隷として飼われていた町から逃れて、砂漠で行き倒れ。
ヴラドはそのアダムを発見して介抱。
一人遊びの一環として、よく歌うヴラド。
アダムはこんな風に歌を聴かせてくれる人間が今までいなかったので、
ひたすら戸惑う。
そして大人になった頃、その時の感動を延々と語るアダム。
普段無口なくせに、こういう時は活き活きと喋るので
ヴラド忠愛っぷりがちょっと気持ち悪い。
ヴラドはこの手の話になると居心地悪くなって
最後にはキレる。
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朦朧とした意識の下で
最初に聴こえたのは歌だった。
何を歌っているのかはわからない。
ただ とてもきれいな声だったので、
ああ自分はとうとう死んでしまって
あの世に来たのだな
と、本気で思った。
自分が住んでいた世界に、
こんなきれいな声はどこにもなかったから。
だからきっと、この世ではない場所に来たのだろうと。
しかし、
次の瞬間に感じた鈍い痛みと
鉛のように重い身体の感覚が、とても現実味があって。
自分が生きていることに気付くと同時に
引きずり込まれるような絶望に襲われた。
まだ、自分は地獄の続きにいる。
死ねなかったのだ。
助けたのは、この傍らで歌っている人間だろうか。
どうして死なせてくれなかった
放っておいてくれたらよかったのに
そう言いたかったが、口から吐き出されたのは
砂の混じった、渇いた呼吸だけだった。
「ん?目が覚めた?」
歌が止むと同時に発せられた声は、
想像していたよりもずっと幼く、やさしい声だった。
『・・・・』
自分は答えなかった。
口が渇いて声が出ないこともあるが、
こういう時、どう答えていいのかが
わからなかったからだ。
「? ・・・~~~♪」
うわ言だと思ったのか、
声の主は再び歌いはじめた。
・・・・
かつて、自分の傍らで
こんな風に歌ってくれる人間がいただろうか。
あんなやさしい声で、
話しかけてくれた人間がいただろうか。
ただただ戸惑って
何故か泣けてきて
再び意識が沈むまで、そのやさしい歌を聴いていた。

ヴラドとアダムの出会い編。
アダムは奴隷として飼われていた町から逃れて、砂漠で行き倒れ。
ヴラドはそのアダムを発見して介抱。
一人遊びの一環として、よく歌うヴラド。
アダムはこんな風に歌を聴かせてくれる人間が今までいなかったので、
ひたすら戸惑う。
そして大人になった頃、その時の感動を延々と語るアダム。
普段無口なくせに、こういう時は活き活きと喋るので
ヴラド忠愛っぷりがちょっと気持ち悪い。
ヴラドはこの手の話になると居心地悪くなって
最後にはキレる。
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			東の参雄

あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。
50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。
--------------------------------
わしがまだ駆け出しの兵士だった頃、 東国の悪魔たちと戦争した。
極東の国・ヒムカは当時、鎖国状態で
【鬼人(キビト)】と呼ばれる民族が暮していること。
その民族はその名の通り、【鬼】の力を持った者たちであること。
などと聞いていたが、同時にとても原始的な暮らし、
電気すらないような文明だとも聞いておった。
そんな連中相手なら、圧勝できると。
一方的な戦いになると、誰もが思っておった。
結果的に、
戦いは一方的なもので幕を閉じた。
わしらの完全敗北、という形でな。
小国へ侵攻するには大袈裟すぎる、
とまで揶揄された大空挺団が
たった三人の鬼人によって、一夜で壊滅状態となった。
その時わしには、何が起こったのかわからんかった。
さっきまで目の前で談笑していた友の姿はどこにもなく、
ただ突如襲い掛かった
轟音と爆発
衝撃と熱に翻弄され
気付けば全身の痛みと共に、瓦礫に横たわっていた。
その時見たのだ。
炎の中に佇む、三つの影を。
そのうちの一つは、まるで子供のような体躯だったが
三つの中で、最も恐ろしい気配を放っていた。
そして何気なく、
こちらを振り向いたかと思えば
奴は
数ある死体の山から一点、わしの眼だけを見ていた。
蛇に睨まれた蛙とは、正にあのことよ。
わしは死を覚悟した。
しかし奴は、
傍にいる仲間からすら隠れるように
口の動きだけで、わしに語りかけてきた。
わしには読唇術の心得はなかったが、
不思議なことに、奴が語る言葉は
流れるように理解できた。
静かに お若い方
そのまま 死体のように眠っていなさい
ご安心を
貴方は生かして帰してあげます
そのかわり 伝えてもらえますか
貴方のお国の方々に
この惨状と 貴方が体験した恐怖
我々と 【戦う】 という事が
一体どういうことなのかを
全身の震えと、冷汗が止まらなかった。
まるで耳元で囁かれるかのように、
奴の言葉は静かで、重みと、殺気が込められていた。
ここで遭ったことを しっかり刻んで
お家へ帰るのですよ
もうこの地へは
来てはいけない
あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。
50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。
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あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。
50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。
--------------------------------
わしがまだ駆け出しの兵士だった頃、 東国の悪魔たちと戦争した。
極東の国・ヒムカは当時、鎖国状態で
【鬼人(キビト)】と呼ばれる民族が暮していること。
その民族はその名の通り、【鬼】の力を持った者たちであること。
などと聞いていたが、同時にとても原始的な暮らし、
電気すらないような文明だとも聞いておった。
そんな連中相手なら、圧勝できると。
一方的な戦いになると、誰もが思っておった。
結果的に、
戦いは一方的なもので幕を閉じた。
わしらの完全敗北、という形でな。
小国へ侵攻するには大袈裟すぎる、
とまで揶揄された大空挺団が
たった三人の鬼人によって、一夜で壊滅状態となった。
その時わしには、何が起こったのかわからんかった。
さっきまで目の前で談笑していた友の姿はどこにもなく、
ただ突如襲い掛かった
轟音と爆発
衝撃と熱に翻弄され
気付けば全身の痛みと共に、瓦礫に横たわっていた。
その時見たのだ。
炎の中に佇む、三つの影を。
そのうちの一つは、まるで子供のような体躯だったが
三つの中で、最も恐ろしい気配を放っていた。
そして何気なく、
こちらを振り向いたかと思えば
奴は
数ある死体の山から一点、わしの眼だけを見ていた。
蛇に睨まれた蛙とは、正にあのことよ。
わしは死を覚悟した。
しかし奴は、
傍にいる仲間からすら隠れるように
口の動きだけで、わしに語りかけてきた。
わしには読唇術の心得はなかったが、
不思議なことに、奴が語る言葉は
流れるように理解できた。
静かに お若い方
そのまま 死体のように眠っていなさい
ご安心を
貴方は生かして帰してあげます
そのかわり 伝えてもらえますか
貴方のお国の方々に
この惨状と 貴方が体験した恐怖
我々と 【戦う】 という事が
一体どういうことなのかを
全身の震えと、冷汗が止まらなかった。
まるで耳元で囁かれるかのように、
奴の言葉は静かで、重みと、殺気が込められていた。
ここで遭ったことを しっかり刻んで
お家へ帰るのですよ
もうこの地へは
来てはいけない
あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。
50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。
畳む

旧ブログから過去の創作ネタ放出(移設)祭りになると思いますが、
順不同のごちゃみそなのでわかんなくていいです。雰囲気だけお楽しみください。
そのうち整理します。
なんせ2013年からためてるからどえらい量やで…。