小話 2026/03/15 Sun ⋯しかし、このままではどうなることやら 全くだ あの第一皇子は今年でもう10歳になると いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に 見られないというではないか 『継承者』であれば、もうとっくに現れても おかしくない頃だと聞くが それどころか 魔法の習得も遅れ気味で 教育係も手を焼いているそうだぞ 第二皇子の方は既に 竜言語を全て習得されているというのに やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな あの『噂』? なんだ 知らないのか 第一皇子は------ 陛下のまことの御子様ではない という『噂』だ どこの誰が言っていたのか。 それを確かめる勇気はなかった。 たまたま一人で通りがかったところ 聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。 あの日からずっと、 胸に石を詰められたように 気分が重い。 日陰の子供たち #王と皇帝 続きを読む 「・・・・ムド様・・ ブラムド様?」 「・・・・・・!」 呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。 いつの間に傍に来ていたのだろう。 隣には、ひざまずいたミハが 心配そうに、こちらを見上げていた。 庭園の隅の さらに隅っこにあるような、小さな温室。 慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては そこで独りで篭り 考え事をするのが、最近の日課になっていた。 でも、その考え事に『答え』や ましてや『解決策』が出ることはない。 誰にも聞けない疑念を抱えたまま、 ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。 それでも一人になりたかった。 そうでもしないと、そのうち 息も出来なくなりそうだったのだ。 そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は 心配そうな表情を浮かべながら、 僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。 「ごめん、ミハ。 ちょっとぼーっとしてた。 どうしたの?僕に何かご用?」 取り繕うように、 なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが 逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に 完璧に失敗したらしい。 難しい顔をしたままだ。 「お疲れのところ、申し訳ございません ブラムド様。 お話したい事がございますゆえ、 恐れながら、 少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」 言い方は穏やかだったが、 声色には、有無を言わせない迫力があった。 こうなるとテコでも動かない事は、 昔からよく知っている。 「かまわないよ。なに?」 僕は、そう言うしかなかった。 さて、困った… どうしようかな。 ミハは、いつもやさしい。 僕が魔法の課題に苦戦していた時も、 自分の仕事もあったのに 毎日練習に付き合ってくれた。 妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も 誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。 ミハは優しい。 それは知ってる。 でも それでも さすがに、今回は 誰かに話せる悩みじゃなかった。 そんな僕の心中を知ってか知らずか、 失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが やがて、意を決したように口を開いた。 「皇后陛下… 御母上が大変心配しておられました。 この頃、殿下のご様子がおかしいと。 どこか自分の事を避けているようだとも⋯」 ああ、やっぱり気付かれていたか。 元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。 適当な理由をつけては面会を拒んだり、 廊下ですれ違っても 挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。 いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。 生憎、そこまで器用じゃない。 それに、面と向かっていると 思わず問い詰めてしまいそうになる。 『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。 ・・・・・・・ 僕は母親似だと、よく言われる。 髪の色も、くせっ毛も、顔つきも 眼の色も 母上にそっくり。 父上に 似ているものが何一つ、無い。 「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ? いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。 それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」 眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。 嘘は言っていない。 が、やはり納得は出来ないミハからの追及は 終わらなかった。 「はい。 殿下は今、皇太子たる公務と勉学で 大変お忙しい身であることは心得ております。 ですが、最近はお食事すら ままならないご様子と伺いましたが。」 「夏バテかなぁ? あんまりおなか空かないんだよね。」 そう。 あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。 ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、 初めて知った。 「・・・・・・・・・・」 ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に とうとうミハも痺れを切らしたようだ。 僕の正面へとひざまずき、 僕の目を、じっと見る。 まずい。 「何があったのですか?」 確信を持って言い放つ。 こうなるともう、言い逃れはできない。 「・・・・・・・・・・。」 ミハは優しい。 そして、いつもまっすぐだ。 回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。 それに何度も助けられたし、 それが、ミハの一番良いところだと知っている。 だけど 今日は それがひどく うっとうしい。 「・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。 ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば 『そんな事はない』 と否定するだろう。 いつも通りのまっすぐさで。 でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。 ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。 それに それにもし 『噂』が本当のことだったら? そしてそれを、ミハが知っていたら? 彼は、すぐに顔に出る。 僕には嘘がつけないタイプなのだ。 それを見た時、僕は… 僕は、どうすればいいのだろう 頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。 その時だった。 「お話し中のところ、失礼致します。」 凛とした、中性的なよく通る声が 僕の潰れかけた思考を中断させた。 声のした方を見ると 温室の入り口に、少年がひとり立っている。 ビクターだ。 「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」 「アズマ隊長殿。 ロディエル団長から、火急の知らせです。 至急、団長室に出頭するようにとの 仰せですが。」 ミハの言葉を遮るように ビクターは強く言い放った。 一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが 団長からの召集となると さすがに無視はできないようだ。 「団長が?」 「はい。 他の隊長や隊員には内密にとの事なので 私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」 ビクターが淀みなく言い放つ。 その顔は真剣だ。 「・・・・・」 ミハは躊躇している。 「いいよミハ、行って。」 「しかし殿下…」 「ロディエルが呼ぶくらいだ。 父上⋯陛下に関わる事かもしれない。 そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし… ね?」 「・・・・・・・・・」 まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。 「誠に申し訳ございません、殿下。 また後程、改めてお伺いいたします。」 「大丈夫だって。 心配性だなぁ、お前は」 内心、ホッとしたとは言えない。 ミハが足早に温室を去ると、 この場には僕と、ビクターだけがとり残された。 ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを 確認するように、じっ…と外を見据えている。 …なんだか睨みつけているように見えるのは 僕の気のせいだろうか。 それにしても。 「何か、あったのかな?」 団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。 ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、 やはり心配になってきた。 すると、 「いや、何も無ぇよ。 呼び出しとかアレ、嘘だしな。」 ・・・・・・・・。 悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に 僕は思わず固まった。 という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も 全部演技だったのか。 元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。 思った以上に不良だな、こいつ。 開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に 「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。 このあと座学だけだろ? サボって釣りしようぜ。」 先ほどまでとは打って変わって おどけた態度のビクターは、 親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。 「あ、う…うん…。」 僕はコクコクと頷いた。 畳む
全くだ
あの第一皇子は今年でもう10歳になると
いうのに、『竜眼』が現れる兆候は一向に
見られないというではないか
『継承者』であれば、もうとっくに現れても
おかしくない頃だと聞くが
それどころか 魔法の習得も遅れ気味で
教育係も手を焼いているそうだぞ
第二皇子の方は既に
竜言語を全て習得されているというのに
やはり、あの『噂』は本当のことなのかもしれんな
あの『噂』?
なんだ 知らないのか
第一皇子は------
陛下のまことの御子様ではない
という『噂』だ
どこの誰が言っていたのか。
それを確かめる勇気はなかった。
たまたま一人で通りがかったところ
聴こえてきたひそひそ話に、耳を澄ますんじゃなかった。
あの日からずっと、
胸に石を詰められたように
気分が重い。
日陰の子供たち
#王と皇帝
「・・・・ムド様・・
ブラムド様?」
「・・・・・・!」
呼びかけられていることに気付き、はっと我に返った。
いつの間に傍に来ていたのだろう。
隣には、ひざまずいたミハが
心配そうに、こちらを見上げていた。
庭園の隅の
さらに隅っこにあるような、小さな温室。
慌ただしい日々の合間に、時間を見つけては
そこで独りで篭り
考え事をするのが、最近の日課になっていた。
でも、その考え事に『答え』や
ましてや『解決策』が出ることはない。
誰にも聞けない疑念を抱えたまま、
ひとり悩んで 時間が過ぎていくだけ。
それでも一人になりたかった。
そうでもしないと、そのうち
息も出来なくなりそうだったのだ。
そんな安息の地にやってきた、優しげな侵入者は
心配そうな表情を浮かべながら、
僕からの言葉が返ってくるのを、じっと待っている。
「ごめん、ミハ。
ちょっとぼーっとしてた。
どうしたの?僕に何かご用?」
取り繕うように、
なるべく自然な笑顔で答えたつもりだったが
逆にその態度が、ミハの目を誤魔化す事に
完璧に失敗したらしい。
難しい顔をしたままだ。
「お疲れのところ、申し訳ございません
ブラムド様。
お話したい事がございますゆえ、
恐れながら、
少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
言い方は穏やかだったが、
声色には、有無を言わせない迫力があった。
こうなるとテコでも動かない事は、
昔からよく知っている。
「かまわないよ。なに?」
僕は、そう言うしかなかった。
さて、困った…
どうしようかな。
ミハは、いつもやさしい。
僕が魔法の課題に苦戦していた時も、
自分の仕事もあったのに
毎日練習に付き合ってくれた。
妹のシルヴィアがこっそり子猫を拾ってきた時も
誰にも言わず、一緒に世話を手伝ってくれた。
ミハは優しい。
それは知ってる。
でも
それでも
さすがに、今回は
誰かに話せる悩みじゃなかった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、
失礼致します。と言って隣に腰掛けたミハは
しばらくは、正面を向いて黙ったままだったが
やがて、意を決したように口を開いた。
「皇后陛下…
御母上が大変心配しておられました。
この頃、殿下のご様子がおかしいと。
どこか自分の事を避けているようだとも⋯」
ああ、やっぱり気付かれていたか。
元々、毎日必ず会うわけでは無かったけれど
あの噂話を聞いて以来、母上と顔を合わせづらくなった。
適当な理由をつけては面会を拒んだり、
廊下ですれ違っても
挨拶もそこそこに、逃げ去っていた。
いつも通りに振る舞えればよかったのだけれど。
生憎、そこまで器用じゃない。
それに、面と向かっていると
思わず問い詰めてしまいそうになる。
『僕は本当に、父上の子なのですか?』 と。
・・・・・・・
僕は母親似だと、よく言われる。
髪の色も、くせっ毛も、顔つきも
眼の色も
母上にそっくり。
父上に
似ているものが何一つ、無い。
「…あのね、ミハ。僕もう10歳だよ?
いつまでも小さい子みたいに母上にべったりしてたら、格好がつかないじゃないか。
それに最近はほら、本当に色々と忙しかったからさ。」
眼鏡をふきながら、できるだけ普段通りに答えた。
嘘は言っていない。
が、やはり納得は出来ないミハからの追及は
終わらなかった。
「はい。
殿下は今、皇太子たる公務と勉学で
大変お忙しい身であることは心得ております。
ですが、最近はお食事すら
ままならないご様子と伺いましたが。」
「夏バテかなぁ?
あんまりおなか空かないんだよね。」
そう。
あの日以来、自分でも驚くほどお腹が空かない。
ひとは風邪以外でも食欲がなくなることがあるのだと、
初めて知った。
「・・・・・・・・・・」
ひたすらはぐらかす方向へ持って行く僕の様子に
とうとうミハも痺れを切らしたようだ。
僕の正面へとひざまずき、
僕の目を、じっと見る。
まずい。
「何があったのですか?」
確信を持って言い放つ。
こうなるともう、言い逃れはできない。
「・・・・・・・・・・。」
ミハは優しい。
そして、いつもまっすぐだ。
回りくどいことをせず、直球でぶつかってくる。
それに何度も助けられたし、
それが、ミハの一番良いところだと知っている。
だけど
今日は
それがひどく
うっとうしい。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミハは、辛抱強く僕の回答を待つ。
ミハはきっと、『噂』の事を問いただせば
『そんな事はない』
と否定するだろう。
いつも通りのまっすぐさで。
でも、それで僕の気持ちが晴れることはない。
ましてや疑いの気持ちが消えるわけでもない。
それに
それにもし
『噂』が本当のことだったら?
そしてそれを、ミハが知っていたら?
彼は、すぐに顔に出る。
僕には嘘がつけないタイプなのだ。
それを見た時、僕は…
僕は、どうすればいいのだろう
頭の中がぐしゃぐしゃになりかけた。
その時だった。
「お話し中のところ、失礼致します。」
凛とした、中性的なよく通る声が
僕の潰れかけた思考を中断させた。
声のした方を見ると
温室の入り口に、少年がひとり立っている。
ビクターだ。
「ビクター、すまないが今は大事なお話の途中だ。あとにしてく⋯」
「アズマ隊長殿。
ロディエル団長から、火急の知らせです。
至急、団長室に出頭するようにとの
仰せですが。」
ミハの言葉を遮るように
ビクターは強く言い放った。
一瞬、怪訝な顔をしたミハだったが
団長からの召集となると
さすがに無視はできないようだ。
「団長が?」
「はい。
他の隊長や隊員には内密にとの事なので
私が口頭にて急ぎ、お伝えに参りました。」
ビクターが淀みなく言い放つ。
その顔は真剣だ。
「・・・・・」
ミハは躊躇している。
「いいよミハ、行って。」
「しかし殿下…」
「ロディエルが呼ぶくらいだ。
父上⋯陛下に関わる事かもしれない。
そしたら僕だけの問題じゃすまなくなるし…
ね?」
「・・・・・・・・・」
まだこちらを心配そうに見つめるミハだったが、深々と敬礼をした後、すぐに立ち上がった。
「誠に申し訳ございません、殿下。
また後程、改めてお伺いいたします。」
「大丈夫だって。
心配性だなぁ、お前は」
内心、ホッとしたとは言えない。
ミハが足早に温室を去ると、
この場には僕と、ビクターだけがとり残された。
ビクターは、ミハの姿が見えなくなるのを
確認するように、じっ…と外を見据えている。
…なんだか睨みつけているように見えるのは
僕の気のせいだろうか。
それにしても。
「何か、あったのかな?」
団長からの呼び出しとは、よほどのことだ。
ミハの追及から逃れられた事に喜んだものの、
やはり心配になってきた。
すると、
「いや、何も無ぇよ。
呼び出しとかアレ、嘘だしな。」
・・・・・・・・。
悪びれも無く、しれっと告げるビクターの言葉に
僕は思わず固まった。
という事は、あの真剣な表情も、淀みない台詞も
全部演技だったのか。
元々、嘘とハッタリが上手いやつではあったが
とうとう兵団の隊長まで騙すなんて。
思った以上に不良だな、こいつ。
開いた口が塞がらないまま呆然とする僕に
「ホレ、邪魔者が戻る前にさっさと逃げるぞ。
このあと座学だけだろ?
サボって釣りしようぜ。」
先ほどまでとは打って変わって
おどけた態度のビクターは、
親指でくいっと外を差しながら、僕にサボりを促した。
「あ、う…うん…。」
僕はコクコクと頷いた。
畳む