小話 2026/03/15 Sun ここは、いつ来ても静かだ。 目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが 日影が心地よい 絶好のサボり場だった。 日陰の子供たち -2- #王と皇帝 続きを読む 広大な皇宮の敷地内には、 人工的に作られた森や池が数多く点在している。 その殆どは景観を重視した観賞用であるが、 中にはビオトープさながらに 生き物が多く生息するエリアも存在している。 この小川も、そのひとつだ。 城壁と城壁の隙間を 隠れるようにして流れるこの小川は、 元は結界術の媒介用として作られたものらしい。 そのせいか、庭園などの観賞用と違って あまり人目に付かない場所を静かに流れている。 昔はマメに手入れされていたらしいが、 今では別の媒介に切り替えた為、 すでに結界用としての用途は果たしていない。 潰すにも手間と工費がかかるため、 長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり やがてどこからか虫や魚が入り込み、 小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。 その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり 何かと口うるさい大人たちに見つからない 小さな隠れ家だった。 さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。 垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。 まぁ、元々ここでは釣りよりも ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。 特に、今日のような日は。 「なんかすごく久しぶりだな。 こうやって釣りするの。」 木の枝に釣り糸をくくりつけただけの 粗末な竿を揺らしながら、 ようやく”彼”は口を開いた。 少しだけ気まずそうな様子で こちらを窺っている。 「そりゃそうだ。この頃お前の方が ず~~~~~~~~~~~~~~っと 付き合い悪かったからな。」 「うう…!」 露骨な嫌味を込めて言い放つ。 別に責めるつもりは毛頭ないのだが、 クソ真面目なリアクションが面白いので ちょいちょいからかう事にしている。 「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。 視察だの、謁見だの、 やたら大量に詰め込まれるし。」 「知ってるさ。 大変だなぁ、皇子様は。 人気者でいらっしゃる。」 「ひとごとだな~」 ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。 だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。 俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。 もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。 あとは竜眼さえ現れれば、 彼の立場は確固たるものになるのだが… 今まで、その事をさほど 気にした様子の無かった彼の様子が この頃おかしい。 にいさまがね この頃ずっと、お元気が無いの 何かとても悩んでいるみたい そう思っていた矢先、 彼の妹姫様からご相談を受けた。 どうやら気になっていたのは 自分だけでは無かったらしい。 でもきっと、わたしには 言いにくいことかもしれないから ビクター あなたからお話を聞いてあげてほしいの きっとにいさま、あなたには安心して 話してくださるわ あ、でも わたしが心配していたことは にいさまには、ナイショにしてね? ⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか? そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。 あの無神経な隊長殿も 少しは見習ってはどうだろうか。 そう思うと、先ほど温室でのやりとりを 思い出し、イラだってきた。 あの優男。 明らかに、悩みを打ち明けられないことに 悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか? ああやって恐れず真正面からぶつかれば 何でも解決できると思っている。 あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。 相手を追い詰めていると思っていないところが 尚更タチが悪い。 陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を いたく気に入っておられるようだが… 正直、俺には理解不能だ。 ま、今頃は騙された事に気付いて 赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。 「ビクター。お前なんか すごく悪そうな顔しているぞ。」 「おっと、これは失礼。 先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して つい、な。」 痛快に歪んだ口元に手を添え ぐいっと直した。 俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、 彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。 「さっきはありがとな、ビクター。 ほんと助かった。」 「はて、何のことだ? 俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、 追い払っただけだが?」 「わんころ…」 「だって犬だろ、ありゃ。 ”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)” てな感じで」 犬っころ。 あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。 皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで 常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。 「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ? まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」 「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。 犬より速く取ってくるぜ、絶対。」 「うわ絶対速そう!! あははははははっ!!!」 ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて ケタケタと笑い出した。 その様子に密かに安堵する。 やれやれ、やっと笑ったか。 ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。 年の割に大人びているものの、 まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は 一体なんだったのか。 悩みの原因が気にはなるが 無理に聞き出すつもりはない。 今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが… 告白の時は意外にも早く訪れた。 ひとしきり笑い終えると、 彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、 水面を見つめたまま、黙り込んだ。 俺は、ひたすら待つ。 「………………なぁ、ビクター」 「なんだ?」 意を決したように 重い口がようやく、開かれた。 「もしも⋯ もしも、な? その、たとえば⋯ 自分と⋯ ・・・・・・・。 自分の、父親が、もし⋯ 血が、繋がっていない⋯かも、 しれなかったら⋯ お前なら⋯どうする?」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 震えを、押し殺したような声だった。 なるほど。 何があったのか、大方の予想は付いた。 皇宮という閉鎖された空間には やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。 それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。 主に、聞こえの悪い方が。 大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。 そして、その噂話の中で 彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。 そっと横目で彼の様子を伺う。 日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。 「なるほど、な。」 「・・・・・・」 この噂の真実を、俺は知らない。 何を言っても説得力に欠けるだろう。 しかしだ。 「なぁ、ブラムド」 ひとまずは、 はっきりと 言っておきたいことがある。 「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」 ・・・・。 「…あっ!!!」 バサバサバサッ ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が 一斉に飛び立った。 相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。 「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ! 魚が逃げるだろうが!」 「あっ、ごめん! じゃなくて!本当にごめん!!」 「あ~~~~~そうだなぁ~~~ 母親の顔すら知らんのに何故か本家から 煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」 「ごめんって!!忘れて! 僕が悪かったから!」 前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。 本人にとっては深刻だが、 俺からしてみれば贅沢な悩みだ。 ”血の繋がりが無いかもしれない” こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。 これくらいの嫌味は許してもらおう。 「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは 後でもらうとして、だ。」 ひとしきりからかい終えたので、 そろそろ本題の方に移ることにした。 「そもそも肝心なことを見落としてないか?」 「え?」 「お前の母上。 クラウディア様が そんなことをする御方か?」 「あ⋯」 ”清廉のクラウディア” この二つ名が似合う人はそういないだろう。 それほどまでに、この幼馴染⋯ ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。 若い頃から女性の噂が絶えない 皇帝陛下はともかく、 あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を はたらくものかどうか、純粋に疑問である。 まぁ、それでも何か起こるのが 男女の仲というものらしいが… それに、 「というかまず、 あの目ざとい陛下が見過ごすか? クラウディア様の浮気を?」 「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」 陛下が妃を迎えた時。 幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて 一介のドルイド女官であった クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、 帝国史に残るセンセーショナルな事件である。 当時を知らない俺たちですら、 数多の大人たちから口々に聞かされ 耳にタコができるほどだ。 帝国建国時からの大貴族 ウダイ家を敵に回しかねない所業である。 皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを 象徴する出来事とも言えた。 (まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ) 「どうだ?現実的にありえないと思うが。 少なくとも俺はな。」 「⋯たしかに」 日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が よほど詳しく知っているだろう。 どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。 「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。 あの御方も、お顔には出さないが お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」 「うん⋯」 素直なところが、こいつの美点だ。 悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、 人の誠意にも真摯に答えようとする。 姿かたちも知らない陰口の主より、 自らの母親を信じると決めたのであれば もう大丈夫だろう。 遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。 俺たちは皇宮へ戻ることにした。 「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」 「食堂に盗み食いでもいくか?」 「あ、でも眠くもなってきた⋯」 「眠気か食い気か、どっちかにしろ」 「へへへ」 そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。 憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。 一方で。 俺の足取りの方はやや重く。 儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。 畳む
目の前に高くそびえ立つ城壁で、空は狭いが
日影が心地よい 絶好のサボり場だった。
日陰の子供たち -2-
#王と皇帝
広大な皇宮の敷地内には、
人工的に作られた森や池が数多く点在している。
その殆どは景観を重視した観賞用であるが、
中にはビオトープさながらに
生き物が多く生息するエリアも存在している。
この小川も、そのひとつだ。
城壁と城壁の隙間を
隠れるようにして流れるこの小川は、
元は結界術の媒介用として作られたものらしい。
そのせいか、庭園などの観賞用と違って
あまり人目に付かない場所を静かに流れている。
昔はマメに手入れされていたらしいが、
今では別の媒介に切り替えた為、
すでに結界用としての用途は果たしていない。
潰すにも手間と工費がかかるため、
長く放置された結果、藻や水草が生え放題となり
やがてどこからか虫や魚が入り込み、
小さな生態系が出来上がっている、というわけだ。
その小さな野生の王国が、俺たちの釣り場であり
何かと口うるさい大人たちに見つからない
小さな隠れ家だった。
さらさらと流れる川の音以外、何も聞こえない。
垂らされた釣り糸も竿も、実に静かなものだった。
まぁ、元々ここでは釣りよりも
ぼーっと時間を過ごす(サボる)ことの方が主な目的で、釣りはついでのようなものだ。
特に、今日のような日は。
「なんかすごく久しぶりだな。
こうやって釣りするの。」
木の枝に釣り糸をくくりつけただけの
粗末な竿を揺らしながら、
ようやく”彼”は口を開いた。
少しだけ気まずそうな様子で
こちらを窺っている。
「そりゃそうだ。この頃お前の方が
ず~~~~~~~~~~~~~~っと
付き合い悪かったからな。」
「うう…!」
露骨な嫌味を込めて言い放つ。
別に責めるつもりは毛頭ないのだが、
クソ真面目なリアクションが面白いので
ちょいちょいからかう事にしている。
「悪かったよ…でも本当に忙しかったんだ。
視察だの、謁見だの、
やたら大量に詰め込まれるし。」
「知ってるさ。
大変だなぁ、皇子様は。
人気者でいらっしゃる。」
「ひとごとだな~」
ぶつくさと言い放つその様子は、いつもと何ら変わらない。
だが先ほどは、随分ひどい表情をしていた。
俺より年が四つ下の幼馴染は、今や『次期皇帝』として、あっちやこっちへ引っ張りダコだ。
もう4年もすれば、湖の砦で『銀杯の儀式』が行われ、成人の皇族として認められる。
あとは竜眼さえ現れれば、
彼の立場は確固たるものになるのだが…
今まで、その事をさほど
気にした様子の無かった彼の様子が
この頃おかしい。
にいさまがね
この頃ずっと、お元気が無いの
何かとても悩んでいるみたい
そう思っていた矢先、
彼の妹姫様からご相談を受けた。
どうやら気になっていたのは
自分だけでは無かったらしい。
でもきっと、わたしには
言いにくいことかもしれないから
ビクター
あなたからお話を聞いてあげてほしいの
きっとにいさま、あなたには安心して
話してくださるわ
あ、でも
わたしが心配していたことは
にいさまには、ナイショにしてね?
⋯全く、あの姫様は本当に8歳なのだろうか?
そこらの大人よりもだいぶしっかりしておられるうえに、常に相手を思いやるお心遣いには、いつも感心させられる。
あの無神経な隊長殿も
少しは見習ってはどうだろうか。
そう思うと、先ほど温室でのやりとりを
思い出し、イラだってきた。
あの優男。
明らかに、悩みを打ち明けられないことに
悩んでいる相手に対して『何があった』と詰め寄るとは⋯馬鹿なのか?
ああやって恐れず真正面からぶつかれば
何でも解決できると思っている。
あの能天気さには毎度、呆れ果てるばかりだ。
相手を追い詰めていると思っていないところが
尚更タチが悪い。
陛下は、奴のそういう(ある意味無神経な所)を
いたく気に入っておられるようだが…
正直、俺には理解不能だ。
ま、今頃は騙された事に気付いて
赤っ恥をかいている頃だろう、ざまぁみろ。
「ビクター。お前なんか
すごく悪そうな顔しているぞ。」
「おっと、これは失礼。
先ほどのマヌケな隊長殿を思い出して
つい、な。」
痛快に歪んだ口元に手を添え
ぐいっと直した。
俺のそのわざとらしい仕草に気が抜けたのか、
彼は先ほどより、くつろいだ様子で話し始めた。
「さっきはありがとな、ビクター。
ほんと助かった。」
「はて、何のことだ?
俺はただ、サボりの邪魔するわんころを一匹、
追い払っただけだが?」
「わんころ…」
「だって犬だろ、ありゃ。
”ご主人さま!元気だして!ワンワン!(裏声)”
てな感じで」
犬っころ。
あの優男隊長を揶揄する定番の皮肉だ。
皇帝や皇子の側で侍る様子が正にそれで
常に尻尾を振りまくっているかの如く、嬉々としている様子が犬そっくりなのだ。
「お前なぁー、それはさすがにひどいぞ?
まぁでも確かに、ちょっと犬っぽいかもなぁ、ミハは。」
「大型のな。今度フリスピー投げてみろよ。
犬より速く取ってくるぜ、絶対。」
「うわ絶対速そう!!
あははははははっ!!!」
ツボに入ったらしく、釣り竿ごと腹をかかえて
ケタケタと笑い出した。
その様子に密かに安堵する。
やれやれ、やっと笑ったか。
ここ数週間の彼は、”心ここに在らず”の有り様で
しかめっ面と愛想笑いしか見ていなかった。
年の割に大人びているものの、
まだまだ幼い彼があそこまで思いつめる理由は
一体なんだったのか。
悩みの原因が気にはなるが
無理に聞き出すつもりはない。
今日聞けなければ、また日を改めればいいと思っていたが…
告白の時は意外にも早く訪れた。
ひとしきり笑い終えると、
彼ははぁー…っと長い息を吐き出し、
水面を見つめたまま、黙り込んだ。
俺は、ひたすら待つ。
「………………なぁ、ビクター」
「なんだ?」
意を決したように
重い口がようやく、開かれた。
「もしも⋯
もしも、な?
その、たとえば⋯
自分と⋯
・・・・・・・。
自分の、父親が、もし⋯
血が、繋がっていない⋯かも、
しれなかったら⋯
お前なら⋯どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
震えを、押し殺したような声だった。
なるほど。
何があったのか、大方の予想は付いた。
皇宮という閉鎖された空間には
やんごとなき方々を取り巻く連中の、様々な思惑が渦巻いている。
それに伴い、噂話も矢のように飛び交う。
主に、聞こえの悪い方が。
大抵は根も葉もない下世話なゴシップに過ぎないが、まれに真実も混じっているのでタチが悪い。
そして、その噂話の中で
彼がここまで深刻になる話は、一つしかない。
そっと横目で彼の様子を伺う。
日影の中でもわかるほど、血の気を失った顔をしていた。
「なるほど、な。」
「・・・・・・」
この噂の真実を、俺は知らない。
何を言っても説得力に欠けるだろう。
しかしだ。
「なぁ、ブラムド」
ひとまずは、
はっきりと
言っておきたいことがある。
「よりにもよって、俺に聞くかそれ?」
・・・・。
「…あっ!!!」
バサバサバサッ
ブラムドの張り上げた声に驚いた鳥が
一斉に飛び立った。
相変わらず耳に響くクソデカボイスだ。
「~~~~~~うるっせぇぞ、バカ!
魚が逃げるだろうが!」
「あっ、ごめん!
じゃなくて!本当にごめん!!」
「あ~~~~~そうだなぁ~~~
母親の顔すら知らんのに何故か本家から
煙たがられる”庶子”の意見を言うとだな~」
「ごめんって!!忘れて!
僕が悪かったから!」
前後で意味の違う「ごめん」を連呼しながら慌てる幼馴染に、俺は意地悪く畳みかける。
本人にとっては深刻だが、
俺からしてみれば贅沢な悩みだ。
”血の繋がりが無いかもしれない”
こういった話にショックを受けるほどには、父親への感情が、健全だということなのだから。
これくらいの嫌味は許してもらおう。
「まぁ、俺の地雷を踏み抜いた詫びは
後でもらうとして、だ。」
ひとしきりからかい終えたので、
そろそろ本題の方に移ることにした。
「そもそも肝心なことを見落としてないか?」
「え?」
「お前の母上。
クラウディア様が
そんなことをする御方か?」
「あ⋯」
”清廉のクラウディア”
この二つ名が似合う人はそういないだろう。
それほどまでに、この幼馴染⋯
ブラムドの御母上である皇后陛下は貞節な方だ。
若い頃から女性の噂が絶えない
皇帝陛下はともかく、
あの身持ちの固いお妃様がそんな不貞を
はたらくものかどうか、純粋に疑問である。
まぁ、それでも何か起こるのが
男女の仲というものらしいが…
それに、
「というかまず、
あの目ざとい陛下が見過ごすか?
クラウディア様の浮気を?」
「う、う~ん⋯⋯それは⋯まぁ⋯⋯」
陛下が妃を迎えた時。
幼少期からの婚約者であり、皇后筆頭候補であったウダイ家の息女・ユキオ姫を差し置いて
一介のドルイド女官であった
クラウディア女史を第一皇妃に据えたことは、
帝国史に残るセンセーショナルな事件である。
当時を知らない俺たちですら、
数多の大人たちから口々に聞かされ
耳にタコができるほどだ。
帝国建国時からの大貴族
ウダイ家を敵に回しかねない所業である。
皇帝陛下の、クラウディア様への執着の強さを
象徴する出来事とも言えた。
(まぁ噂では陛下とユキオ姫が結託して、互いの婚約を破綻させたという噂もある。これもあくまで噂だ)
「どうだ?現実的にありえないと思うが。
少なくとも俺はな。」
「⋯たしかに」
日々の御二人の様子は、俺よりもこいつの方が
よほど詳しく知っているだろう。
どうやらこれ以上は、何も言う必要は無さそうだ。
「⋯あとで皇后様の宮へ行っておけよ。
あの御方も、お顔には出さないが
お前を心配してかなりやつれたご様子だったぞ。」
「うん⋯」
素直なところが、こいつの美点だ。
悪意ある言葉にも翻弄されやすい分、
人の誠意にも真摯に答えようとする。
姿かたちも知らない陰口の主より、
自らの母親を信じると決めたのであれば
もう大丈夫だろう。
遠くから、午後の鐘が三つ聞こえた頃。
俺たちは皇宮へ戻ることにした。
「あ~、なんか急におなか空いてきたなぁ」
「食堂に盗み食いでもいくか?」
「あ、でも眠くもなってきた⋯」
「眠気か食い気か、どっちかにしろ」
「へへへ」
そう笑う彼の足取りは、行きと違って軽い。
憑き物が落ちたかのように、表情は晴れやかだ。
一方で。
俺の足取りの方はやや重く。
儀仗兵団の隊長クラスに、嘘八百並べた事実を
どう言い訳したものかと、ぼんやり考え始めていた。
畳む