2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
魔王と小僧
#VLAD

それはまるで
物語に出てくる『魔王』のようだった。
---------
ベギッ
凍てついた冬の空気にふさわしくない、
鈍く裂けた音が響く。
と同時に、斧を握った手元には嫌な感触が伝わった。
ああ…またやってしまった。
今日で何度目になるかわからない溜息をつきながら、切り株に深く突き立った斧と懸命に格闘する。
引き抜こうと藻掻く度に、
切り株はメキメキ…と軋みを立てた。
深い溝があちこちに刻まれたその姿は、
なんだか自分の姿を見ているようで同情を覚える。
斧はなかなか抜けない。
強く力をかけようにも、斧が壊れる事の方が怖いので
なんとか少しずつ、慎重に、
ゆっくり引き抜こうと試みる。
今度はかなりまずい。
斧の刃が折れたかもしれない。
前にも一度、『加減』を間違えて
斧を壊してしまった時には、随分とひどい折檻を受けた。
殴られる事も、
真冬の倉の寒さにも慣れてはきたが
食事を抜かれることだけは、なかなかつらい。
なので今の斧は、欠けたり歪んだりしながらも
なんとか騙し騙し使ってきたが
もし刃が根元から折れてしまったら
どうしようもない。
頼むから欠けるだけであってくれと
祈る様な気持ちで、一気に斧を引き抜いた。
刃先を真っ先に確認する。
ああよかった。
欠けが広がったが、根元に亀裂は入っていない。
次はもう少しうまく加減をしよう
と、ぼんやり安堵した。
その時だった。
「小僧。面白い事をやっているなぁ」
見知らぬ声が、頭の上から降ってきた。
-------
退屈で死にそうだ。
やはり田舎になんぞ来るものではない。
『魔境』や国境に近い『境界』ならともかく、
『魔境』からも、中央都市部からも中途半端に遠いこの『中空』地域は、
いい意味では平和。
悪い意味では平凡。
早い話が特筆すべきものが何もない
ド田舎であった。
『中空』地域では中央と『境界』を結ぶ街道や橋が数多く整備されてはいるが、基本的に素通りするだけのエリアである。
特に、この岩と雪で覆われた東部・山間部は
昔は宿場町として栄えたらしいが、
『東の大魔境』が広がって以来、東からの交通はほぼ途絶えており、年々寂れていく一方だという。
いつもなら『魔境』と『境界』の視察が終われば、さっさと中央に戻っているのだが。
戻ったら戻ったで、側近共が山ほど用意しているであろう面倒な書類との格闘を思い出し、
ふと気まぐれに。現実逃避も兼ねて。
『中空』地域の視察をしようと
思い立ったのがいけなかった。
・・・・・・・退屈だ。
本当に
本当に何もない、この田舎町は。
我が身の仰々しい警護すら間抜けに思えてきたので、早々に馬車を降り、徒歩で歩き出したのが20分ほど前のこと。
独りで歩く、ついて来るな
という俺の命令を鮮やかにスルーして
後ろから静かに、わずかに距離をとりながら
ロディエルとモーガンの二人が随伴している。
しかし気配と足音を消すのが巧みなこの二名は、俺の散歩の気を散らすようなことはしない。
なので、好きなようにさせている。
空は白く、低い。
薄曇りの天気が、冬の冷気を
町ごと閉じ込めているような空気だった。
辺りは静かで、昼間だというのに人通りはない。
町の目抜き通りでさえ、雪を踏み締める俺の足音以外は何も聞こえない有り様だった。
本当に人が暮しているのか?
あまりのゴーストタウンっぷりに、
いよいよ最後の興味も尽きかけた
その時だった。
薪を割る音がする。
普段ならどうという事は無い生活音だが、
この静寂の中ではひと際存在感を放つ音だっただけに、自然と音のする方向へ、足が向いていた。
古びた屋敷の、裏庭の一角。
痩せっぽちの子供がひとり。
この寒空の下、黙々と薪を割り続けていた。
真冬だというのに、襟巻はおろか上着すら羽織っていない。
粗末な靴には、雪と泥がしみ込んでおり
召使いというより、殆ど奴隷に近い格好だ。
カンッ
と薪を割る、軽快な音が響く。
この薪割り小僧と俺との距離は、
もはや5mも離れてはいなかったが
よほど作業に没頭しているのか、小僧がこちらに気付く様子はない。
慣れた手つきで薪を拾い、
斧を振り上げ、
小気味よいテンポで割っていく。
機械的なその作業を、しばらく眺めていた。
ふと、 違和感を覚える。
小僧は淡々と、淀みなく薪を割り続けている。
辺りに転がっている薪は見事に両断されており、
その断面は、鋭利な刃物で切られたことを物語る様に滑らかに光っていた。
しかし、
先程から小僧が振り上げている
その『斧』は
風雨による赤錆と
ノコギリのように欠けた、刃先。
とても用を為さないシロモノであった。
「・・・・・」
背後に控えたロディエルとモーガンが、
静かに、感嘆の眼差しで
小僧を眺めている気配を感じる。
こいつらも、どこにでもいるようなこの薄汚れた小僧が『相当達者な芸当』をやっていると理解したのだろう。
ベギッ
先程とは打って変わった鈍い音と共に
小僧の動きが止まる。
どうやら『加減』を誤ったらしい。
焦った様子で、切り株に深く食い込んでしまった斧を引き抜こうと格闘している。
何も無いと思っていた田舎町で、
思わぬ収穫が舞い込んできたようだ。
俄然興味が湧いてきた俺は
『視察対象』をこの小僧のみに絞ることを決めた。
「小僧、面白い事をやっているなぁ」
畳む
#VLAD

それはまるで
物語に出てくる『魔王』のようだった。
---------
ベギッ
凍てついた冬の空気にふさわしくない、
鈍く裂けた音が響く。
と同時に、斧を握った手元には嫌な感触が伝わった。
ああ…またやってしまった。
今日で何度目になるかわからない溜息をつきながら、切り株に深く突き立った斧と懸命に格闘する。
引き抜こうと藻掻く度に、
切り株はメキメキ…と軋みを立てた。
深い溝があちこちに刻まれたその姿は、
なんだか自分の姿を見ているようで同情を覚える。
斧はなかなか抜けない。
強く力をかけようにも、斧が壊れる事の方が怖いので
なんとか少しずつ、慎重に、
ゆっくり引き抜こうと試みる。
今度はかなりまずい。
斧の刃が折れたかもしれない。
前にも一度、『加減』を間違えて
斧を壊してしまった時には、随分とひどい折檻を受けた。
殴られる事も、
真冬の倉の寒さにも慣れてはきたが
食事を抜かれることだけは、なかなかつらい。
なので今の斧は、欠けたり歪んだりしながらも
なんとか騙し騙し使ってきたが
もし刃が根元から折れてしまったら
どうしようもない。
頼むから欠けるだけであってくれと
祈る様な気持ちで、一気に斧を引き抜いた。
刃先を真っ先に確認する。
ああよかった。
欠けが広がったが、根元に亀裂は入っていない。
次はもう少しうまく加減をしよう
と、ぼんやり安堵した。
その時だった。
「小僧。面白い事をやっているなぁ」
見知らぬ声が、頭の上から降ってきた。
-------
退屈で死にそうだ。
やはり田舎になんぞ来るものではない。
『魔境』や国境に近い『境界』ならともかく、
『魔境』からも、中央都市部からも中途半端に遠いこの『中空』地域は、
いい意味では平和。
悪い意味では平凡。
早い話が特筆すべきものが何もない
ド田舎であった。
『中空』地域では中央と『境界』を結ぶ街道や橋が数多く整備されてはいるが、基本的に素通りするだけのエリアである。
特に、この岩と雪で覆われた東部・山間部は
昔は宿場町として栄えたらしいが、
『東の大魔境』が広がって以来、東からの交通はほぼ途絶えており、年々寂れていく一方だという。
いつもなら『魔境』と『境界』の視察が終われば、さっさと中央に戻っているのだが。
戻ったら戻ったで、側近共が山ほど用意しているであろう面倒な書類との格闘を思い出し、
ふと気まぐれに。現実逃避も兼ねて。
『中空』地域の視察をしようと
思い立ったのがいけなかった。
・・・・・・・退屈だ。
本当に
本当に何もない、この田舎町は。
我が身の仰々しい警護すら間抜けに思えてきたので、早々に馬車を降り、徒歩で歩き出したのが20分ほど前のこと。
独りで歩く、ついて来るな
という俺の命令を鮮やかにスルーして
後ろから静かに、わずかに距離をとりながら
ロディエルとモーガンの二人が随伴している。
しかし気配と足音を消すのが巧みなこの二名は、俺の散歩の気を散らすようなことはしない。
なので、好きなようにさせている。
空は白く、低い。
薄曇りの天気が、冬の冷気を
町ごと閉じ込めているような空気だった。
辺りは静かで、昼間だというのに人通りはない。
町の目抜き通りでさえ、雪を踏み締める俺の足音以外は何も聞こえない有り様だった。
本当に人が暮しているのか?
あまりのゴーストタウンっぷりに、
いよいよ最後の興味も尽きかけた
その時だった。
薪を割る音がする。
普段ならどうという事は無い生活音だが、
この静寂の中ではひと際存在感を放つ音だっただけに、自然と音のする方向へ、足が向いていた。
古びた屋敷の、裏庭の一角。
痩せっぽちの子供がひとり。
この寒空の下、黙々と薪を割り続けていた。
真冬だというのに、襟巻はおろか上着すら羽織っていない。
粗末な靴には、雪と泥がしみ込んでおり
召使いというより、殆ど奴隷に近い格好だ。
カンッ
と薪を割る、軽快な音が響く。
この薪割り小僧と俺との距離は、
もはや5mも離れてはいなかったが
よほど作業に没頭しているのか、小僧がこちらに気付く様子はない。
慣れた手つきで薪を拾い、
斧を振り上げ、
小気味よいテンポで割っていく。
機械的なその作業を、しばらく眺めていた。
ふと、 違和感を覚える。
小僧は淡々と、淀みなく薪を割り続けている。
辺りに転がっている薪は見事に両断されており、
その断面は、鋭利な刃物で切られたことを物語る様に滑らかに光っていた。
しかし、
先程から小僧が振り上げている
その『斧』は
風雨による赤錆と
ノコギリのように欠けた、刃先。
とても用を為さないシロモノであった。
「・・・・・」
背後に控えたロディエルとモーガンが、
静かに、感嘆の眼差しで
小僧を眺めている気配を感じる。
こいつらも、どこにでもいるようなこの薄汚れた小僧が『相当達者な芸当』をやっていると理解したのだろう。
ベギッ
先程とは打って変わった鈍い音と共に
小僧の動きが止まる。
どうやら『加減』を誤ったらしい。
焦った様子で、切り株に深く食い込んでしまった斧を引き抜こうと格闘している。
何も無いと思っていた田舎町で、
思わぬ収穫が舞い込んできたようだ。
俄然興味が湧いてきた俺は
『視察対象』をこの小僧のみに絞ることを決めた。
「小僧、面白い事をやっているなぁ」
畳む
あなたとわたし

マギの一族が歌う、有名な歌のひとつ。
いつから伝わっているものかは不明。
恋人のことを唄っているようでもあり、
友のことを唄っているようでもある。
--------------------
あなたがわたしを信じてなくても
わたしはあなたを信じている
あなたが何度も道を違えて
あなたが何度も淵に落ちても
わたしは何度も
あなたの彷徨う腕に手を伸ばす
どうか忘れないでほしい
わたしは何も憎んではいない
どんなに深く永い夜道も
わたしはあなたと共に切り拓いてきた
ただあなたの長い慟哭が止むことを
ただあなたの温かい祈りが届くことを
霞みも眠るような 深い花畑から願いながら
やがて訪れる月の狭間で
あなたはただ 信じるだけでいい
その日 わたしはやっと旅発つ
あなたに囁くようなさよならを言って
わたしはあなたのもとを去り
あなたは長い旅を終える
あなたが何度も同じ道を巡り
あなたが何度も後悔と出会った事
きっとわたしだけが知っていて
きっとあなたも同じことを思った
いずれわたしが全てを忘れて
あなたと再び出会ったら
どうかまた
あの日と同じ名前で呼んでほしい
そしてわたしは今度こそ
あなたの手をしっかり握って
あなたに挨拶が言えるのだから
あなたと明日へ行けるのだから
畳む
#王と皇帝

マギの一族が歌う、有名な歌のひとつ。
いつから伝わっているものかは不明。
恋人のことを唄っているようでもあり、
友のことを唄っているようでもある。
--------------------
あなたがわたしを信じてなくても
わたしはあなたを信じている
あなたが何度も道を違えて
あなたが何度も淵に落ちても
わたしは何度も
あなたの彷徨う腕に手を伸ばす
どうか忘れないでほしい
わたしは何も憎んではいない
どんなに深く永い夜道も
わたしはあなたと共に切り拓いてきた
ただあなたの長い慟哭が止むことを
ただあなたの温かい祈りが届くことを
霞みも眠るような 深い花畑から願いながら
やがて訪れる月の狭間で
あなたはただ 信じるだけでいい
その日 わたしはやっと旅発つ
あなたに囁くようなさよならを言って
わたしはあなたのもとを去り
あなたは長い旅を終える
あなたが何度も同じ道を巡り
あなたが何度も後悔と出会った事
きっとわたしだけが知っていて
きっとあなたも同じことを思った
いずれわたしが全てを忘れて
あなたと再び出会ったら
どうかまた
あの日と同じ名前で呼んでほしい
そしてわたしは今度こそ
あなたの手をしっかり握って
あなたに挨拶が言えるのだから
あなたと明日へ行けるのだから
畳む
#王と皇帝
#掌の記憶

いいかい? ドリー
ここから先は お前ひとりで行きなさい
ああ怖いね よくわかるよ
でもお前はつよい子だ 必ず行けるよ
よくお聞き
その横穴を ひたすら真っすぐに進むんだ
やがて湖に出るから
そこにあるフクロウの祠は知っているね?
中にある 守り神さまの前で
じっとしていなさい
母上はもう先に行ったから
私が行くまで お前が母上を守るんだよ いいね?
さぁ バロンも一緒だ 寂しくはないよ
私のことは心配いらない
何があっても 何が聴こえても
決してここに 戻ってはいけない
さぁ…
・・・・・・・・・
ドレイク お前は素晴らしい子だ
いつかこの先 どんなに怖くても
大事な人の為に
立ち向かわなくてはならない日が きっと来る
その『力』は それまでとっておきなさい
そして その日が訪れたら
迷うことなく その『力』を使いなさい
さぁお行き 強く勇敢な 私の孫よ
また後で
必ず会おう
畳む

いいかい? ドリー
ここから先は お前ひとりで行きなさい
ああ怖いね よくわかるよ
でもお前はつよい子だ 必ず行けるよ
よくお聞き
その横穴を ひたすら真っすぐに進むんだ
やがて湖に出るから
そこにあるフクロウの祠は知っているね?
中にある 守り神さまの前で
じっとしていなさい
母上はもう先に行ったから
私が行くまで お前が母上を守るんだよ いいね?
さぁ バロンも一緒だ 寂しくはないよ
私のことは心配いらない
何があっても 何が聴こえても
決してここに 戻ってはいけない
さぁ…
・・・・・・・・・
ドレイク お前は素晴らしい子だ
いつかこの先 どんなに怖くても
大事な人の為に
立ち向かわなくてはならない日が きっと来る
その『力』は それまでとっておきなさい
そして その日が訪れたら
迷うことなく その『力』を使いなさい
さぁお行き 強く勇敢な 私の孫よ
また後で
必ず会おう
畳む
カジマヤ
#VLAD

それはまるで かざぐるまのように咲く
【カジマヤ】
玩具の『かざぐるま』のような形をした花。
四枚の大きな花弁が特徴。
花言葉は『子守歌』
『マギの一族』には
この花が登場する古い言い伝えがある。
この世にまだ神々が存在していた時代
天より降りてきた炎の荒神が
地上を焼き尽くそうとした
このとき、神に仕える一族が
荒神を鎮めるために
赤子をひとり 生贄として差し出した
生贄によって荒神は鎮まり
地上の人々は救われたが
赤子の母親は
亡き我が子の魂を慰めるために
赤子と最期に別れた地に”かざぐるま”を立てた
一年 また一年と
赤子が生きる筈だった年を過ぎる度に
”かざぐるま”を供え
その数が20を超える頃には
供えられた”かざぐるま”は
まるで花畑のように見えたという
その後 長い年月が流れ
供えられた”かざぐるま”も
朽ちて無くなるほどの時が過ぎた頃
もはや誰も訪れることの無いその地に
あるはずのない”かざぐるま”が供えられている
しかしよく見るとそれは
”かざぐるま”によく似た花であり
今でも母子を慰めるように咲き続けているという
この言い伝えから、一部の地域では
亡くなった子供の墓に『カジマヤ』を供える習わしがあるが、
一般的には 『子を想う母の花』
というニュアンスの方が強く
母親が我が子の健やかな成長を願って、贈られることが多いという。
畳む
#VLAD

それはまるで かざぐるまのように咲く
【カジマヤ】
玩具の『かざぐるま』のような形をした花。
四枚の大きな花弁が特徴。
花言葉は『子守歌』
『マギの一族』には
この花が登場する古い言い伝えがある。
この世にまだ神々が存在していた時代
天より降りてきた炎の荒神が
地上を焼き尽くそうとした
このとき、神に仕える一族が
荒神を鎮めるために
赤子をひとり 生贄として差し出した
生贄によって荒神は鎮まり
地上の人々は救われたが
赤子の母親は
亡き我が子の魂を慰めるために
赤子と最期に別れた地に”かざぐるま”を立てた
一年 また一年と
赤子が生きる筈だった年を過ぎる度に
”かざぐるま”を供え
その数が20を超える頃には
供えられた”かざぐるま”は
まるで花畑のように見えたという
その後 長い年月が流れ
供えられた”かざぐるま”も
朽ちて無くなるほどの時が過ぎた頃
もはや誰も訪れることの無いその地に
あるはずのない”かざぐるま”が供えられている
しかしよく見るとそれは
”かざぐるま”によく似た花であり
今でも母子を慰めるように咲き続けているという
この言い伝えから、一部の地域では
亡くなった子供の墓に『カジマヤ』を供える習わしがあるが、
一般的には 『子を想う母の花』
というニュアンスの方が強く
母親が我が子の健やかな成長を願って、贈られることが多いという。
畳む
思い流せば
#くれない

「本当に行くつもり?」
『ああ』
「その子を置いて?」
『…ああ』
「・・・・・・」
『まだ納得いかない、か?』
「当たり前でしょ。
なんであんたがそんなことしなきゃならないのよ」
『そうだなぁ。
でも、誰かが行かなきゃいけない』
「・・・」
『ただ…この子のことは少し心配だな。
あの人にも乳母にも、ちっとも懐かなくて…
こうやって私が抱いていてやらないと、寝ないんだよ』
「将来…」
『ん?』
「将来、その子になんて説明するつもりなの?
あんたの事」
『んー…あの人とも相談したんだが…
病で死んだことにしようと思うんだ。
今回の事は全て秘密裏に処理されるそうだし、
周囲に対しても、それが一番自然な言い訳だろうって』
「世間はそう信じるでしょうね。
でも、その子に対しても
そんな嘘が本当に通用すると思ってるの?」
『・・・・・・』
「あんたも知ってるでしょう?
その子、腹立つぐらい賢いわ。
おまけにマザコンだしね。あんたの事を忘れるもんですか。
知恵が付いてくれば、嘘の違和感にも気付く。
いくら周囲が口を閉ざしても…
あの馬鹿の下手な嘘なんか、すぐにバレるに決まってる。
いつか必ず知ることになるわよ
自分の母親が、
何故
いなくなったのか」
『・・・・・・・』
「その時、その子がこの国を
呪うようなことにならなきゃいいわね。
今のわたしみたいに…」
『行くのか?』
「ええ。もうここには来ないわ」
『そう言うな。
たまには来て、この子の相手をしてやってくれないか?』
「………お断りよ。
さようなら、姉さん。
最後の最後まで、あんたは馬鹿ね。」
『さようなら、弟よ。
だが、何も後悔はないよ』
「…嘘ばっかり」
『ふふふふふ…』
『よしよし、私の可愛いぼうや。
おまえはいい子だ。
私がいなくても、ちゃんとねんねするんだぞ?
たくさん食べて、大きくおなり。
父君のいう事をよくきいて
強い強い、男になっておくれ。
そして、いつかまた・・・』
『どんな形でもいい
いつか、いつか必ず・・・
私に会いに来ておくれ。』
畳む
#くれない

「本当に行くつもり?」
『ああ』
「その子を置いて?」
『…ああ』
「・・・・・・」
『まだ納得いかない、か?』
「当たり前でしょ。
なんであんたがそんなことしなきゃならないのよ」
『そうだなぁ。
でも、誰かが行かなきゃいけない』
「・・・」
『ただ…この子のことは少し心配だな。
あの人にも乳母にも、ちっとも懐かなくて…
こうやって私が抱いていてやらないと、寝ないんだよ』
「将来…」
『ん?』
「将来、その子になんて説明するつもりなの?
あんたの事」
『んー…あの人とも相談したんだが…
病で死んだことにしようと思うんだ。
今回の事は全て秘密裏に処理されるそうだし、
周囲に対しても、それが一番自然な言い訳だろうって』
「世間はそう信じるでしょうね。
でも、その子に対しても
そんな嘘が本当に通用すると思ってるの?」
『・・・・・・』
「あんたも知ってるでしょう?
その子、腹立つぐらい賢いわ。
おまけにマザコンだしね。あんたの事を忘れるもんですか。
知恵が付いてくれば、嘘の違和感にも気付く。
いくら周囲が口を閉ざしても…
あの馬鹿の下手な嘘なんか、すぐにバレるに決まってる。
いつか必ず知ることになるわよ
自分の母親が、
何故
いなくなったのか」
『・・・・・・・』
「その時、その子がこの国を
呪うようなことにならなきゃいいわね。
今のわたしみたいに…」
『行くのか?』
「ええ。もうここには来ないわ」
『そう言うな。
たまには来て、この子の相手をしてやってくれないか?』
「………お断りよ。
さようなら、姉さん。
最後の最後まで、あんたは馬鹿ね。」
『さようなら、弟よ。
だが、何も後悔はないよ』
「…嘘ばっかり」
『ふふふふふ…』
『よしよし、私の可愛いぼうや。
おまえはいい子だ。
私がいなくても、ちゃんとねんねするんだぞ?
たくさん食べて、大きくおなり。
父君のいう事をよくきいて
強い強い、男になっておくれ。
そして、いつかまた・・・』
『どんな形でもいい
いつか、いつか必ず・・・
私に会いに来ておくれ。』
畳む
光雨
#王と皇帝

あの時のことは よく覚えていない
思い出せるのは
ただ真っ暗で
息苦しく
出たいともがく気力すら
根こそぎ奪うような 闇と
底なしの沼に
沈んでいくような 感覚
ああ わたし 死ぬんだわ と
それだけははっきり 自覚できた
何度か
お姉様の声を 聴いたような気がしたけれど
とても遠くて 戻れない
ごめんなさい お姉様
いつも足を引っ張って ごめんなさい
でも わたしがいなくなったら
お姉様 自由になれるかしら
この国を離れて
ずっとずっと遠くに 行けるのかしら
それも悪くないかもしれないと
思いながら
最後の意識を閉じようとした その時
まるで光のように
暖かい雨が 降ってきた
畳む
#王と皇帝

あの時のことは よく覚えていない
思い出せるのは
ただ真っ暗で
息苦しく
出たいともがく気力すら
根こそぎ奪うような 闇と
底なしの沼に
沈んでいくような 感覚
ああ わたし 死ぬんだわ と
それだけははっきり 自覚できた
何度か
お姉様の声を 聴いたような気がしたけれど
とても遠くて 戻れない
ごめんなさい お姉様
いつも足を引っ張って ごめんなさい
でも わたしがいなくなったら
お姉様 自由になれるかしら
この国を離れて
ずっとずっと遠くに 行けるのかしら
それも悪くないかもしれないと
思いながら
最後の意識を閉じようとした その時
まるで光のように
暖かい雨が 降ってきた
畳む
嵐を待つ
#王と皇帝

どうしたんだい お姫様
今日はまたひどく悲しそうだね
「…もう駄目だ、タティアナ。
今度こそお終いだ…」
おやおや 穏やかじゃないね
落ち着いて
何があったのか 話してごらん?
「父が…我が国が、オルテギアの属領を侵した。
事実上、宣戦布告だ…」
それはまた
随分と思い切ったことをしたものだね
あの愚かな王は
他国にでも焚き付けられたのかな?
「恐らくな…
あの単細胞のことだ。おおかた
”十王を喪った帝国など恐るるに足らず”
などと、調子の良いセリフで
担ぎ上げられたに違いない。
お前の力を、大いに見せつけてやると
言わんばかりの有り様だった」
やれやれ
買い被られたものだね私も
帝国だって咎人の一体や二体
飼い慣らしているだろうに
「⋯だからタティアナ。
今夜でお前との契約を切る。
急いで、ここを離れてくれ」
・・・・・・
「今度の相手は悪すぎる。
どう考えても太刀打ちできる相手じゃない。
こんな小国が帝国に…勝てるわけないのに…!」
・・・・・・・・・・・・
「こんな国に居続けても
お前の望みに叶う魔法使いなんて
永遠に現れはしない。
だから今日は…お別れを言いに来たんだ」
お姫様
「随分と長い間、私の泣き言に
付き合わせてしまったな…
せめてものお詫びだ。
なんとか80秒だけ呪縛を解く。
その間にどうか、行ってくれ。」
お姫様 私はね
「そうだ。いっそ次は帝国と契約したらいい。
帝国ならきっと
お前の望みを叶えてくれる魔法使いが、」
私はこの“タティアナ”という名前が
とても気に入っているんだ
「・・・・・・!」
私にはもう
生前の記憶はほぼ 残っていないが
少なくとも これまでに
これほど親しみを込めて
誰かに呼ばれたことは 無かった
私はもう かつての私の名など
思い出せなくて良い
貴女が大好きだった 乳母の名前を
私に授けてくれた あの日から
この先も
私の契約者は貴女だけだよ
エスメラルダ
「・・・・・・・・・・・・っ」
泣かないで 優しいお姫様
貴女は何も悪くない
大丈夫 何も心配いらない
私にはわかる
全てがきっと うまくいくよ
-------
そう
この子は何も悪くない。
魔法の才が、この国の誰よりもあったが為に
愚かな父親に利用された哀れな娘だ。
ああ、自由の効かぬ我が身が忌々しい。
せめて『角』でも戻れば、
この子を苦しめるあの男を
一瞬で“床のシミ”に変えてやれるものを。
でも心配しなくていい、お姫様。
じきに大きな嵐が来る。
この暗い鳥籠を
一瞬で打ち砕くような
大きな嵐が。
畳む
#王と皇帝

どうしたんだい お姫様
今日はまたひどく悲しそうだね
「…もう駄目だ、タティアナ。
今度こそお終いだ…」
おやおや 穏やかじゃないね
落ち着いて
何があったのか 話してごらん?
「父が…我が国が、オルテギアの属領を侵した。
事実上、宣戦布告だ…」
それはまた
随分と思い切ったことをしたものだね
あの愚かな王は
他国にでも焚き付けられたのかな?
「恐らくな…
あの単細胞のことだ。おおかた
”十王を喪った帝国など恐るるに足らず”
などと、調子の良いセリフで
担ぎ上げられたに違いない。
お前の力を、大いに見せつけてやると
言わんばかりの有り様だった」
やれやれ
買い被られたものだね私も
帝国だって咎人の一体や二体
飼い慣らしているだろうに
「⋯だからタティアナ。
今夜でお前との契約を切る。
急いで、ここを離れてくれ」
・・・・・・
「今度の相手は悪すぎる。
どう考えても太刀打ちできる相手じゃない。
こんな小国が帝国に…勝てるわけないのに…!」
・・・・・・・・・・・・
「こんな国に居続けても
お前の望みに叶う魔法使いなんて
永遠に現れはしない。
だから今日は…お別れを言いに来たんだ」
お姫様
「随分と長い間、私の泣き言に
付き合わせてしまったな…
せめてものお詫びだ。
なんとか80秒だけ呪縛を解く。
その間にどうか、行ってくれ。」
お姫様 私はね
「そうだ。いっそ次は帝国と契約したらいい。
帝国ならきっと
お前の望みを叶えてくれる魔法使いが、」
私はこの“タティアナ”という名前が
とても気に入っているんだ
「・・・・・・!」
私にはもう
生前の記憶はほぼ 残っていないが
少なくとも これまでに
これほど親しみを込めて
誰かに呼ばれたことは 無かった
私はもう かつての私の名など
思い出せなくて良い
貴女が大好きだった 乳母の名前を
私に授けてくれた あの日から
この先も
私の契約者は貴女だけだよ
エスメラルダ
「・・・・・・・・・・・・っ」
泣かないで 優しいお姫様
貴女は何も悪くない
大丈夫 何も心配いらない
私にはわかる
全てがきっと うまくいくよ
-------
そう
この子は何も悪くない。
魔法の才が、この国の誰よりもあったが為に
愚かな父親に利用された哀れな娘だ。
ああ、自由の効かぬ我が身が忌々しい。
せめて『角』でも戻れば、
この子を苦しめるあの男を
一瞬で“床のシミ”に変えてやれるものを。
でも心配しなくていい、お姫様。
じきに大きな嵐が来る。
この暗い鳥籠を
一瞬で打ち砕くような
大きな嵐が。
畳む
天堕つる
#王と皇帝

今でも、電話は苦手だ。
「…殿下」
『・・・・・』
「ブラムド殿下」
『ん?…ああ、悪い。
もう下げていいぞ。』
「・・・・」
『さて…急いで本国に戻らないと…だな。
至急、手配を頼む』
「よろしいのですか?」
『何がだ?』
「本当に…お戻りになられるのですか?」
『・・・・・。』
「・・・・・・・・・・。」
『何を言っている…当り前だ。
俺の家だぞ?』
「…かしこまりました。」
『ふぅ…飛空艇の準備が整い次第、俺はすぐに発つ。
時間が無いから、細かい荷や使用人は後発の便で戻れ。
アドゥミラ公にはまだ…
いや、伏せておくのは難しいか。
あの方には先に、お伝えしておこう。
行くぞ』
「御意」
『なぁ、ビクター。』
「…なんだ?」
『近頃な、 ”葬式慣れ”してきている、冷静な自分がいてな。
…嫌になるよ。』
「気にするな。俺も似たようなものだ。」
『そうか。』
「慣れた方がラクになる事もある。
俺はそれを、悪い事だとは思わない。」
『…そうか。』

あの日のことは、よく覚えている
朝からずっと 母が泣いていたからだ
いつも穏やかに微笑んでいる母が
ひどく泣き叫んでいる姿を見るのは初めてで
祖父が母の隣に寄り添って
慰めている様子を眺めながら
僕は何も出来ずに、立ちすくんでいた
僕の存在に気付くと
母はますます悲しそうな顔をして
僕をぎゅっと抱きしめたまま、泣き続けた
僕はわけがわからないまま
ははうえ どうしたの
どこかいたいの?
だいじょうぶ?
ねぇ なかないで ははうえ
などと、言っていたような気がする
母は
どこも痛くないの
ただ 私のとても大切な人が
とても遠くにいってしまったの
とても とおくに いってしまったのよ
そう言って、ますます僕を強く抱きしめるので
ははうえ ぼくがいるよ
ぼくがずっと ははうえのそばにいる
ぜったい とおくにいかないよ
ね? だからなかないで
そうだ
僕はあの時、母に約束したのだった
絶対に 貴女を独りにしないと
なのに
・・・・・・・・
今思えば あの日から
僕の運命は狂いだした
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バルムンク、崩御。
畳む

#三匹の鬼
#KIBITO