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創作語りとかラクガキ

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No.73

東の参雄
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あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。

50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。

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わしがまだ駆け出しの兵士だった頃、 東国の悪魔たちと戦争した。

極東の国・ヒムカは当時、鎖国状態で
【鬼人(キビト)】と呼ばれる民族が暮していること。
その民族はその名の通り、【鬼】の力を持った者たちであること。

などと聞いていたが、同時にとても原始的な暮らし、
電気すらないような文明だとも聞いておった。


そんな連中相手なら、圧勝できると。
一方的な戦いになると、誰もが思っておった。


結果的に、


戦いは一方的なもので幕を閉じた。
わしらの完全敗北、という形でな。

小国へ侵攻するには大袈裟すぎる、
とまで揶揄された大空挺団が
たった三人の鬼人によって、一夜で壊滅状態となった。

その時わしには、何が起こったのかわからんかった。

さっきまで目の前で談笑していた友の姿はどこにもなく、
ただ突如襲い掛かった
轟音と爆発
衝撃と熱に翻弄され

気付けば全身の痛みと共に、瓦礫に横たわっていた。

その時見たのだ。
炎の中に佇む、三つの影を。

そのうちの一つは、まるで子供のような体躯だったが
三つの中で、最も恐ろしい気配を放っていた。

そして何気なく、
こちらを振り向いたかと思えば

奴は

数ある死体の山から一点、わしの眼だけを見ていた。

蛇に睨まれた蛙とは、正にあのことよ。
わしは死を覚悟した。

しかし奴は、
傍にいる仲間からすら隠れるように
口の動きだけで、わしに語りかけてきた。

わしには読唇術の心得はなかったが、
不思議なことに、奴が語る言葉は
流れるように理解できた。


 静かに お若い方

 そのまま 死体のように眠っていなさい

 ご安心を

 貴方は生かして帰してあげます

 そのかわり 伝えてもらえますか

 貴方のお国の方々に


 この惨状と 貴方が体験した恐怖


 我々と 【戦う】 という事が


 一体どういうことなのかを



全身の震えと、冷汗が止まらなかった。
まるで耳元で囁かれるかのように、
奴の言葉は静かで、重みと、殺気が込められていた。


 ここで遭ったことを しっかり刻んで

 お家へ帰るのですよ


 もうこの地へは


 来てはいけない




あんな化け物相手では、命がいくつあっても足りない。
50年近く経った今でも、背筋が凍りつくような記憶だ。






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