No.46, No.45, No.44, No.43, No.42, No.41, No.40[7件]
#掌の記憶

懐かしい夢を見た。
幼い俺。
イバの白い手と、
綴られた文字。
-------------------------
『式番』を賜ったハーデインの騎士は、
己自身の名前を語らなくなる。
それは『式番』を持つことが、騎士にとって
至上の名誉ということもあるが、
『名前』を知られる事で、
『呪い』をかけられるのを避ける為でもあるそうだ。
誰から?
それは勿論、
俺たち『魔法使い』からに決まっている。
魔法使いが『真の名』を隠すため、
『語り名』を使うのと同じように。
騎士は名を『式番』に改めることによって
『名』を隠す。
長く同じ部隊に属する騎士同士ですら、
仲間の名を知らないことは珍しくないそうだ。
なので特に禁止されているワケでは無いが、
ハーディンの騎士に名前を訊ねるのは
『暗黙のタブー』となっている。
…が、俺がその事を知ったのは
だいぶの後の事で。
イバの名前を訊ねた事に深い意味は無かったし
教えてくれなければ
それはそれで別によかった。
イバの明らかに躊躇った様子も
「よっぽど変な名前なのか?」 と
能天気に考えたものだ。
だから、わからなかった。
イバが
あいつが
どんな気持ちで
俺に『名前』を教えてくれたのかを。
今でも鮮明に思い出す。
ペンすらまともに握れないイバが
俺の掌に
指で『名前』を綴った、あの日のことを。
正直、拍子抜けするほど普通の名前だったので
ついつい「隠すほどの名前か?」
と口が滑ってしまい
思いっきりゲンコツを食らったが。
・・・・・・。
イバの『名前』は、今でも俺だけが知っている。
俺は死ぬまで、その『名』を忘れることはないだろう。
だが、俺が死んだ後は?
俺自身は忘れられることに
特に抵抗はない。
死ねば所詮『無』になるし、
そもそも俺の場合は、立場上嫌でも
『存在』は後世に残るだろうから。
だが、イバは。
本当に、消えるように死んでいったあいつは
俺が死ねば、もう
誰も思い出すことはないだろう。
あいつの存在は、此処の連中にとっては『汚点』だ。
かつて此処にいた事も、
俺といた事も、
そして、死んでいったことも。
一切、無かった事にされる。
そう考えると、無性に腹が立った。
何故だろう。
以前からわかりきっていた事だろうに。
らしくないとは思いつつ、
苛立ちは収まってくれない。
きっとこれも
あいつの夢なんか見たせいだろう。
『満月』のせいで、
らしくもなく感傷的になっているからだ。
八つ当たりにも近い気持ちで
窓から見える月を睨みつけながら、
深く、長い溜息をついた。
その時、
「…ん」
『ん?』
隣で眠っている妻が身じろぎをしたので
起こしたかと思ったが、
その眼は開かれる事はなく、静かに寝息を立て続けている。
その腹はずいぶん大きく、見るからに寝苦しそうだ。
妻は毎日、その大きな腹を
愛おしそうに撫でたり、話しかけたりしているが
正直、俺には何の感慨も湧かない。
せいぜい世継ぎ跡継ぎとやかましいジジイ共が
やっと静かになると安堵するぐらいか。
クラウディアが望まなければ、
子供なんぞ作る気もなかったのだが。
人生とはわからないものだ。
イバが消えたあの日から、
もう誰かの側で眠ることは
二度と無いだろうと思っていたのに。
いや、そもそもイバがいなければ
俺はもっと早くに死んでいただろう。
それこそ彼女と出会う前に。
・・・・・・・
今でも、あいつが俺を護る。
だが俺が
あいつにしてやれることは、何もない。
何も、無いのだ。
「うーん・・・」
呻き声に思考を切られ、
隣を見遣ると、クラウディアが眉根を歪めていた。
見ると、彼女の腹部がぐねぐねと動いている。
腹の中の赤子が眼を覚まして
動き回っているのだろう。
それもかなり活発に。
何度かその様子を見た事はあるが、
何度見ても気持ちが悪い。
『…おい、母君を起こすな。寝ろ。』
うねる腹に手を添えながら小声で言うと、
中の生き物はピタッと動きを止めた。
意外と話が通じる生き物のようだが、
キモイ事には変わりない。
胎児の性差などよくわからんが
この暴れっぷりはおそらく男だろう。
男か…
自分に似ていない事を切に祈るのだが…
今から既にうんざりしている。
・・・・・・
ふと、
悪戯心が湧き上がった。
あと数カ月で生まれてくる『こいつ』は
間違いなく、俺が名付けをする事になるだろう。
『語り名』はもちろん、
『真の名』も。
イバの『名前』は、俺以外は誰も知らない。
由来なんぞ、わかるはずもない。
そう考えながら、俺はいつもの調子が
戻ってきたことを感じていた。
苛立ちはもう微塵も残ってはいない。
『くっくっくっくっ…』
妻が見たなら絶対に警戒して
後退りするような笑みを浮かべながら
俺は夜明けまで
もうひと眠りすることにした。
畳む

懐かしい夢を見た。
幼い俺。
イバの白い手と、
綴られた文字。
-------------------------
『式番』を賜ったハーデインの騎士は、
己自身の名前を語らなくなる。
それは『式番』を持つことが、騎士にとって
至上の名誉ということもあるが、
『名前』を知られる事で、
『呪い』をかけられるのを避ける為でもあるそうだ。
誰から?
それは勿論、
俺たち『魔法使い』からに決まっている。
魔法使いが『真の名』を隠すため、
『語り名』を使うのと同じように。
騎士は名を『式番』に改めることによって
『名』を隠す。
長く同じ部隊に属する騎士同士ですら、
仲間の名を知らないことは珍しくないそうだ。
なので特に禁止されているワケでは無いが、
ハーディンの騎士に名前を訊ねるのは
『暗黙のタブー』となっている。
…が、俺がその事を知ったのは
だいぶの後の事で。
イバの名前を訊ねた事に深い意味は無かったし
教えてくれなければ
それはそれで別によかった。
イバの明らかに躊躇った様子も
「よっぽど変な名前なのか?」 と
能天気に考えたものだ。
だから、わからなかった。
イバが
あいつが
どんな気持ちで
俺に『名前』を教えてくれたのかを。
今でも鮮明に思い出す。
ペンすらまともに握れないイバが
俺の掌に
指で『名前』を綴った、あの日のことを。
正直、拍子抜けするほど普通の名前だったので
ついつい「隠すほどの名前か?」
と口が滑ってしまい
思いっきりゲンコツを食らったが。
・・・・・・。
イバの『名前』は、今でも俺だけが知っている。
俺は死ぬまで、その『名』を忘れることはないだろう。
だが、俺が死んだ後は?
俺自身は忘れられることに
特に抵抗はない。
死ねば所詮『無』になるし、
そもそも俺の場合は、立場上嫌でも
『存在』は後世に残るだろうから。
だが、イバは。
本当に、消えるように死んでいったあいつは
俺が死ねば、もう
誰も思い出すことはないだろう。
あいつの存在は、此処の連中にとっては『汚点』だ。
かつて此処にいた事も、
俺といた事も、
そして、死んでいったことも。
一切、無かった事にされる。
そう考えると、無性に腹が立った。
何故だろう。
以前からわかりきっていた事だろうに。
らしくないとは思いつつ、
苛立ちは収まってくれない。
きっとこれも
あいつの夢なんか見たせいだろう。
『満月』のせいで、
らしくもなく感傷的になっているからだ。
八つ当たりにも近い気持ちで
窓から見える月を睨みつけながら、
深く、長い溜息をついた。
その時、
「…ん」
『ん?』
隣で眠っている妻が身じろぎをしたので
起こしたかと思ったが、
その眼は開かれる事はなく、静かに寝息を立て続けている。
その腹はずいぶん大きく、見るからに寝苦しそうだ。
妻は毎日、その大きな腹を
愛おしそうに撫でたり、話しかけたりしているが
正直、俺には何の感慨も湧かない。
せいぜい世継ぎ跡継ぎとやかましいジジイ共が
やっと静かになると安堵するぐらいか。
クラウディアが望まなければ、
子供なんぞ作る気もなかったのだが。
人生とはわからないものだ。
イバが消えたあの日から、
もう誰かの側で眠ることは
二度と無いだろうと思っていたのに。
いや、そもそもイバがいなければ
俺はもっと早くに死んでいただろう。
それこそ彼女と出会う前に。
・・・・・・・
今でも、あいつが俺を護る。
だが俺が
あいつにしてやれることは、何もない。
何も、無いのだ。
「うーん・・・」
呻き声に思考を切られ、
隣を見遣ると、クラウディアが眉根を歪めていた。
見ると、彼女の腹部がぐねぐねと動いている。
腹の中の赤子が眼を覚まして
動き回っているのだろう。
それもかなり活発に。
何度かその様子を見た事はあるが、
何度見ても気持ちが悪い。
『…おい、母君を起こすな。寝ろ。』
うねる腹に手を添えながら小声で言うと、
中の生き物はピタッと動きを止めた。
意外と話が通じる生き物のようだが、
キモイ事には変わりない。
胎児の性差などよくわからんが
この暴れっぷりはおそらく男だろう。
男か…
自分に似ていない事を切に祈るのだが…
今から既にうんざりしている。
・・・・・・
ふと、
悪戯心が湧き上がった。
あと数カ月で生まれてくる『こいつ』は
間違いなく、俺が名付けをする事になるだろう。
『語り名』はもちろん、
『真の名』も。
イバの『名前』は、俺以外は誰も知らない。
由来なんぞ、わかるはずもない。
そう考えながら、俺はいつもの調子が
戻ってきたことを感じていた。
苛立ちはもう微塵も残ってはいない。
『くっくっくっくっ…』
妻が見たなら絶対に警戒して
後退りするような笑みを浮かべながら
俺は夜明けまで
もうひと眠りすることにした。
畳む
#掌の記憶

あの大きな手で頭を撫でられるのが好きだった
守られていると安心できて
この手の持ち主と同じように
強くなりたいと勇気が出た
--------------------------
あの小さな頭を撫でるのが好きだった
髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわすと
小さな弟は いつも
弾けるように笑っていた

あの大きな手で頭を撫でられるのが好きだった
守られていると安心できて
この手の持ち主と同じように
強くなりたいと勇気が出た
--------------------------
あの小さな頭を撫でるのが好きだった
髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわすと
小さな弟は いつも
弾けるように笑っていた
#掌の記憶

だからお願い
約束して
私がいなくなった後も
兄様を守るって
『約束』を交わした 6日後の朝
彼女は静かに息を引き取った
それから何年 時が経っても
あの日の『指きり』の感触が
未だに私を奮い立たせ
未だに 私の心を引き裂きにくるのだ

だからお願い
約束して
私がいなくなった後も
兄様を守るって
『約束』を交わした 6日後の朝
彼女は静かに息を引き取った
それから何年 時が経っても
あの日の『指きり』の感触が
未だに私を奮い立たせ
未だに 私の心を引き裂きにくるのだ
#掌の記憶

わたしにとって 世界は
怖いことや 悲しいことばかりがやってきて
そんな世界を見たくないから
なるべく 下ばかりを見つめ
歩いていた
顔を覆った 長い髪は
わたしと 世界を隔てるお守り
おそろしいものを遮る 結界
その隙間から見える世界に
なんの光も なかったはずなのに
今は確かに
光が見えた

わたしにとって 世界は
怖いことや 悲しいことばかりがやってきて
そんな世界を見たくないから
なるべく 下ばかりを見つめ
歩いていた
顔を覆った 長い髪は
わたしと 世界を隔てるお守り
おそろしいものを遮る 結界
その隙間から見える世界に
なんの光も なかったはずなのに
今は確かに
光が見えた
#掌の記憶
「ったぁ!あ~、うぅ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

『クラウディア様』
「何でしょうか」
『陛下がああやって
”小さい前習え”をしたまま、
かれこれ5分以上経過しようとしているのですが。』
「そうですねぇ、
未知との遭遇に思いのほか手間取っていますねぇ」
『そろそろ助け舟を出して差し上げてもよろしいでしょうか?』
「駄目ですよ。賭けの約束なんですから」
『しかし、このままでは日が暮れてしまいますが。
また手の角度だけ変えてフリーズしましたし。』
「一体何の入射角を測っているのでしょうねぇ」
「・・・クラウディアさん。」
「はい。
なんでございましょう、陛下?」
「俺が悪かったので許してもらえませんか?」
「ええ勿論ですわ、陛下。
その子を抱っこして頂ければわたくし、全て許します。」
「・・・・・・・・」
『…では私は仕事が残っておりますので、これにて。』
「おい待て見捨てるなマクスウェル。
アル!アルガン!」
「往生際が悪いですよ、”お父様”?
早くしていただけますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
畳む
「ったぁ!あ~、うぅ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

『クラウディア様』
「何でしょうか」
『陛下がああやって
”小さい前習え”をしたまま、
かれこれ5分以上経過しようとしているのですが。』
「そうですねぇ、
未知との遭遇に思いのほか手間取っていますねぇ」
『そろそろ助け舟を出して差し上げてもよろしいでしょうか?』
「駄目ですよ。賭けの約束なんですから」
『しかし、このままでは日が暮れてしまいますが。
また手の角度だけ変えてフリーズしましたし。』
「一体何の入射角を測っているのでしょうねぇ」
「・・・クラウディアさん。」
「はい。
なんでございましょう、陛下?」
「俺が悪かったので許してもらえませんか?」
「ええ勿論ですわ、陛下。
その子を抱っこして頂ければわたくし、全て許します。」
「・・・・・・・・」
『…では私は仕事が残っておりますので、これにて。』
「おい待て見捨てるなマクスウェル。
アル!アルガン!」
「往生際が悪いですよ、”お父様”?
早くしていただけますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
畳む
バルムンクとクラウディアの話が脳内で渋滞起こしているので、何か描いていこうかと企み中。
ブラムドの母親ビジョンを一応作っとこうぐらいのノリで描いていたクラウディア女史、
大人しいお嬢さんかと思ったら物凄く勝手に動いてくれるので
割とさっぱりとした馴れ初めにする予定が
胃もたれするぐらい重くなりそうです。
武人一家の娘なので肝座ってる実直な気質。
樹木や森に神性を見出す【ドルイド】と呼ばれる神官のひとり。
とあるお役目から森を出て俗世間で生計を立てているが、還俗したわけではない。
神官らしく所作も口調もお淑やかだけど、たまに男前。本人も知らない間に周りから「お姉様」と呼ばれている。
根っからのお人好しなので余計なことに首を突っ込みがち。ブラムドの性格はこの母親に由来する所が多い。
幼少期にバルムンクに関わる事件に巻き込まれているが、生家の名誉に関わる事案なので本人にはあえて知らされていない。
結婚した後、バルムンクはこの件に関して時々追及を受けるがしらばっくれている。
バルムンクが当時を知る者以外で唯一、
イバとの思い出を語った相手。
畳む