MEMO

創作語りとかラクガキ

or 管理画面へ

先頭固定

【登場人物紹介ページ】

▼王と皇帝▼

ブラムド
20241103181724-nnk.jpg
・オルテギア帝国第43代目皇帝。先帝の崩御により18歳で即位する。
・直系長子に現れるはずの【竜眼】が発現せず、
 代々皇帝が引き継ぐはずの【十王】が継承できなかったことに引け目を感じている。
・13歳の頃、国を出てとある魔法使いのもとで修業に明け暮れる日々を過ごす。
 その影響で王族にしては言葉遣いが粗野。
・即位後に現れた異母弟の事で頭を悩ませているが、根っからの兄気質なので
 悪態を付きつつも、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
・かつてはドレイクの他にも異母弟妹が三人いたが、全員亡くなっている。



ドレイク
 202411031817241-nnk.jpg
・先帝の隠し子。ブラムドと12歳差の異母弟。
 6歳で初めて異母兄との対面を果たす。
・先帝と同じ【金の竜眼】を生まれながらに持ち、
 幼少期から【十王継承者】としての力の片鱗を見せるが
 本人は全く制御できていないので、よくトラブルを起こす。
・辺境の領地に匿われていたが、ある事件をきっかけに帝都に保護された。
 その際、事件の詳細を忘れており、故郷に置いてきた母親の安否を気にしている。
・年相応に活発なコミュ強おばけ。
 強面のブラムドにも怯まず、すぐ懐いた。



クロイツ
20241103185452-nnk.jpg
・ブラムドの近習にして幼馴染。22歳。
・皇族近衛である【儀仗兵団】の隊員。
 皇帝直轄の一番隊(通称:親衛隊)に所属する腕利きの魔法使い。
・【十王継承者】となれなかった主君の立場を
 長年見て来ただけに、ドレイクに対する感情は複雑。
・ブラムドに対しては忠実だが、軍紀破りがかなり多い問題児。
 隊長クラスの人間すら手を焼いている。



ラギ
20241103190107-nnk.jpg
・ドレイク専属の護衛兼毒見係として任命された親衛隊員。19歳。
・浮世離れしたところがあり、主君相手にもフランクに接してしまうため
 目付け役であるクロイツにしょっちゅうどつかれている。
・のほほんとしているが実力は折り紙付き。結界班顔負けの解析能力を持つ。



ワグテイル
20241103193845-nnk.jpg
・ドレイク専属の護衛兼世話係。22歳。
・クロイツと同じくブラムドの幼馴染であり、
 今は亡きブラムドの妹姫・シルヴィアと親友だった。
 彼女の死後、クロイツと共にブラムドを支えることを誓う。


畳む


▼案山子と騎士▽


ヴラド
20241103193049-nnk.png
・案山子のような手足の長いクラウンを纏った魔法使い。自称19歳。
・大陸最大の魔境【グレイ・ドア】に封じられていたが、脱出。
 その際、自分が封じられていた理由を忘れてしまう。
・素顔は女性と見紛うほどの美形。だが本人はもう少し男らしい顔つきに憧れており、
 顔のことは褒められてもあんまりうれしくない。





畳む

VLAD

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

20250309172927-nnk.jpg



バルムンクとクラウディアの話が脳内で渋滞起こしているので、何か描いていこうかと企み中。


ブラムドの母親ビジョンを一応作っとこうぐらいのノリで描いていたクラウディア女史、
大人しいお嬢さんかと思ったら物凄く勝手に動いてくれるので
割とさっぱりとした馴れ初めにする予定が
胃もたれするぐらい重くなりそうです。

武人一家の娘なので肝座ってる実直な気質。
樹木や森に神性を見出す【ドルイド】と呼ばれる神官のひとり。
とあるお役目から森を出て俗世間で生計を立てているが、還俗したわけではない。


神官らしく所作も口調もお淑やかだけど、たまに男前。本人も知らない間に周りから「お姉様」と呼ばれている。
根っからのお人好しなので余計なことに首を突っ込みがち。ブラムドの性格はこの母親に由来する所が多い。

幼少期にバルムンクに関わる事件に巻き込まれているが、生家の名誉に関わる事案なので本人にはあえて知らされていない。
結婚した後、バルムンクはこの件に関して時々追及を受けるがしらばっくれている。


バルムンクが当時を知る者以外で唯一、
イバとの思い出を語った相手。


畳む

 

バルムンク

2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#掌の記憶
20250113183703-nnk.jpg
懐かしい夢を見た。


幼い俺。

イバの白い手と、

綴られた文字。


-------------------------



『式番』を賜ったハーデインの騎士は、
己自身の名前を語らなくなる。

それは『式番』を持つことが、騎士にとって
至上の名誉ということもあるが、

『名前』を知られる事で、
『呪い』をかけられるのを避ける為でもあるそうだ。

誰から?

それは勿論、
俺たち『魔法使い』からに決まっている。

魔法使いが『真の名』を隠すため、
『語り名』を使うのと同じように。

騎士は名を『式番』に改めることによって
『名』を隠す。

長く同じ部隊に属する騎士同士ですら、
仲間の名を知らないことは珍しくないそうだ。

なので特に禁止されているワケでは無いが、
ハーディンの騎士に名前を訊ねるのは
『暗黙のタブー』となっている。



…が、俺がその事を知ったのは
だいぶの後の事で。



イバの名前を訊ねた事に深い意味は無かったし
教えてくれなければ
それはそれで別によかった。

イバの明らかに躊躇った様子も
「よっぽど変な名前なのか?」 と
能天気に考えたものだ。


だから、わからなかった。

イバが

あいつが

どんな気持ちで
俺に『名前』を教えてくれたのかを。



今でも鮮明に思い出す。


ペンすらまともに握れないイバが
俺の掌に
指で『名前』を綴った、あの日のことを。

正直、拍子抜けするほど普通の名前だったので
ついつい「隠すほどの名前か?」
と口が滑ってしまい
思いっきりゲンコツを食らったが。


・・・・・・。


イバの『名前』は、今でも俺だけが知っている。

俺は死ぬまで、その『名』を忘れることはないだろう。

だが、俺が死んだ後は?

俺自身は忘れられることに
特に抵抗はない。

死ねば所詮『無』になるし、
そもそも俺の場合は、立場上嫌でも
『存在』は後世に残るだろうから。


だが、イバは。


本当に、消えるように死んでいったあいつは


俺が死ねば、もう
誰も思い出すことはないだろう。


あいつの存在は、此処の連中にとっては『汚点』だ。

かつて此処にいた事も、

俺といた事も、

そして、死んでいったことも。


一切、無かった事にされる。



そう考えると、無性に腹が立った。


何故だろう。
以前からわかりきっていた事だろうに。


らしくないとは思いつつ、
苛立ちは収まってくれない。

きっとこれも
あいつの夢なんか見たせいだろう。

『満月』のせいで、
らしくもなく感傷的になっているからだ。

八つ当たりにも近い気持ちで
窓から見える月を睨みつけながら、
深く、長い溜息をついた。


その時、


「…ん」

『ん?』


隣で眠っている妻が身じろぎをしたので
起こしたかと思ったが、
その眼は開かれる事はなく、静かに寝息を立て続けている。

その腹はずいぶん大きく、見るからに寝苦しそうだ。

妻は毎日、その大きな腹を
愛おしそうに撫でたり、話しかけたりしているが


正直、俺には何の感慨も湧かない。


せいぜい世継ぎ跡継ぎとやかましいジジイ共が
やっと静かになると安堵するぐらいか。


クラウディアが望まなければ、
子供なんぞ作る気もなかったのだが。


人生とはわからないものだ。


イバが消えたあの日から、
もう誰かの側で眠ることは
二度と無いだろうと思っていたのに。


いや、そもそもイバがいなければ
俺はもっと早くに死んでいただろう。


それこそ彼女と出会う前に。


・・・・・・・


今でも、あいつが俺を護る。

だが俺が
あいつにしてやれることは、何もない。

何も、無いのだ。





「うーん・・・」




呻き声に思考を切られ、
隣を見遣ると、クラウディアが眉根を歪めていた。

見ると、彼女の腹部がぐねぐねと動いている。
腹の中の赤子が眼を覚まして
動き回っているのだろう。

それもかなり活発に。

何度かその様子を見た事はあるが、
何度見ても気持ちが悪い。


『…おい、母君を起こすな。寝ろ。』


うねる腹に手を添えながら小声で言うと、
中の生き物はピタッと動きを止めた。

意外と話が通じる生き物のようだが、
キモイ事には変わりない。

胎児の性差などよくわからんが
この暴れっぷりはおそらく男だろう。

男か…
自分に似ていない事を切に祈るのだが…

今から既にうんざりしている。


・・・・・・


ふと、

悪戯心が湧き上がった。


あと数カ月で生まれてくる『こいつ』は
間違いなく、俺が名付けをする事になるだろう。


『語り名』はもちろん、


『真の名』も。







イバの『名前』は、俺以外は誰も知らない。


由来なんぞ、わかるはずもない。


そう考えながら、俺はいつもの調子が
戻ってきたことを感じていた。


苛立ちはもう微塵も残ってはいない。


『くっくっくっくっ…』


妻が見たなら絶対に警戒して
後退りするような笑みを浮かべながら

俺は夜明けまで
もうひと眠りすることにした。

畳む

くれない

#掌の記憶
20250113183445-nnk.jpg


あたたかい


風も 日差しも


わたしを引き上げる あの人の手も


------------------------------



思い出す様に見る夢


束の間の自由


幸福で 


あの時の日差しのような


あたたかな日々


あの日 あの手をとったこと


今でも後悔はしていません


もう二度と戻らない日々だとしても


あの頃のあたたかさが 私を生かしてくれる


もう十分


宝物は もう十分 頂きました


やさしいお父様 お母様


あたたかい 雨のようだったあの子


私の宝物


ありがとう


そして


ごめんなさい



畳む

王と皇帝

#掌の記憶
20250113183246-nnk.jpg


あの大きな手で頭を撫でられるのが好きだった

 
守られていると安心できて


この手の持ち主と同じように


強くなりたいと勇気が出た


--------------------------

 

あの小さな頭を撫でるのが好きだった

 

髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわすと

 

小さな弟は いつも

 

弾けるように笑っていた

王と皇帝

#掌の記憶
20250113183048-nnk.jpg


だからお願い

約束して

私がいなくなった後も


 兄様を守るって



『約束』を交わした 6日後の朝

彼女は静かに息を引き取った


それから何年 時が経っても

あの日の『指きり』の感触が


未だに私を奮い立たせ

未だに 私の心を引き裂きにくるのだ


王と皇帝

#掌の記憶
20250113182953-nnk.jpg

わたしにとって 世界は

怖いことや 悲しいことばかりがやってきて

そんな世界を見たくないから

なるべく 下ばかりを見つめ

歩いていた


顔を覆った 長い髪は

わたしと 世界を隔てるお守り

おそろしいものを遮る 結界


その隙間から見える世界に

なんの光も なかったはずなのに


今は確かに


光が見えた

VLAD

#掌の記憶

「ったぁ!あ~、うぅ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

20250113182651-nnk.jpg


『クラウディア様』


「何でしょうか」


『陛下がああやって

 ”小さい前習え”をしたまま、

 かれこれ5分以上経過しようとしているのですが。』


「そうですねぇ、

 未知との遭遇に思いのほか手間取っていますねぇ」


 『そろそろ助け舟を出して差し上げてもよろしいでしょうか?』

 

「駄目ですよ。賭けの約束なんですから」


『しかし、このままでは日が暮れてしまいますが。

  また手の角度だけ変えてフリーズしましたし。』


「一体何の入射角を測っているのでしょうねぇ」


「・・・クラウディアさん。」


「はい。

 なんでございましょう、陛下?」

 

「俺が悪かったので許してもらえませんか?」

 

「ええ勿論ですわ、陛下。

  その子を抱っこして頂ければわたくし、全て許します。」

 

「・・・・・・・・」


 『…では私は仕事が残っておりますので、これにて。』

 

「おい待て見捨てるなマクスウェル。

 アル!アルガン!」


「往生際が悪いですよ、”お父様”?

 早くしていただけますか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」



畳む

王と皇帝

悪夢と声

20250112190127-nnk.jpg

- SIDE A -


誰かが ぼくを

狭くて暗い場所へ 押しこめる

ぼくは 出して と叫ぶけれど

誰かは手を 差し伸べてはくれない

ただ ぼくに 何かを言っている

でも ぼくはこわくて

さびしくて

必死に出ようと 腕を伸ばす

最後に 蓋がとじられて

ぼくの世界はまっくらになる


そこでいつも 目が覚めるんだ





- SIDE B -




ああ 神様



ああ なんということだ


 

なんだ なにがいけなかった



あの娘に



あの娘に何の罪があったというのだ



どうして どうしてなんだ



ああだめだ 考えるな



走れ



とにかく 今は走るんだ



ここだ


たしかここにあったはずだ


古い水路


わたしが子供の頃 よく通った


湖に通じる 枯れた水路が



大人はとても入れない


でも  この子だけならきっと

 

進めるはずだ



ああ かわいそうに

泣かないでおくれ


すまない どうか許してほしい


お前にひどい嘘を言う


 ----母上はもう先に行った

 おまえも早く行きなさい


----湖へ出たら いいかい?

 フクロウの像で待つんだ

 そこから決して 動いてはいけないよ


 ----少し遅れるが 私も必ずあとで行く

 だから早く行きなさい



わたしは これから死ぬだろう



中央からの助けは


おそらく 間に合わない



もうお前とはお別れだが


どうか 


どうか生き延びておくれ



そして 出来る事なら



今日と言う 悪夢のような日を



永久に 忘れ去りなさい





畳む

王と皇帝,ドレイク

#設定
【咎人 トガビト】

202501121851321-nnk.jpg
20250112185132-nnk.jpg

・【呪い】を受けた者の末路の姿。

・咎人は人であった頃の名前を忘れているので、
  契約者から便宜上、仮の名前を貰う。

・バルムンクは、
 中央に大きな一つ目を持つ咎人を『ヤナギ』
 左右に四つずつ目を持つ咎人を『タチバナ』と呼んでいた。





・魔獣を殺すとその血肉に宿った
 大量の【妖素】を浴び、【妖素中毒死】する。
 これを『呪いで死ぬ=呪死』といわれる。


・しかし、ある【特殊な魔獣】を殺してしまうと
 『呪死』では済まされない、強力な呪いにかかることになる。


・【特殊な魔獣】とは、
 【魔境】の深部に住む上位魔獣のことで、

  【守り人】
  【番人】
  【狩人】
 この上位三席の魔獣種を差す。


・特に【守り人】は、【魔境の主】とも言われ
 大魔境の深部に必ず一体ずつ存在し、
 魔境内の魔獣全ての長であるといわれている。


・その【守り人】への殺傷は、
 ドラグーンにとってもハーディンにとっても
 【最大の禁忌】とされ、
 【絶対に傷つけてはいけない魔獣】として交戦を禁じている。


・【守り人】を殺害してしまうと、
 【守り人】に内包された恐ろしい濃度の妖素が溢れ出し、
 新たな魔境がひとつ生まれると言われている。


・さらに、直接【守り人】に手を下した者には、
 異形の者に変化してしまうという【呪い】が降りかかる。

 そうして異形に変化してしまった者は
 【咎人】と呼ばれる。




・【守り人】を殺し、【咎人】となった人間は
 おぞましい醜悪な姿へと変貌する。例外は無い。

・眠ることも食べることも必要となくなり、
 【呪い】が解かれるその日まで
 永久に近い時を生きる運命にある。


・そして【咎人】となった者にとって、最大の苦痛となるのが
 人であった頃の知性を、そのまま有し続けることである。


・ 死ぬことも、正気を失うことも出来ない【咎人】は
 【呪い】の代償として得た膨大な魔法の知識と魔力を
 時の権力者・あるいは優秀な魔法使いたちに提供することによって
 【呪い】を解く者が現れるのを待ち続けている。


・【咎人】はその醜悪な姿と、底なしの魔力を有することから
 うってつけの戦争兵器であった。


・その為、過去の戦争にも多くの国が【咎人】を投入したが
 【咎人】の力を利用するだけで 【呪い】を解く技量無し、
 と判断された国は 逆に【咎人】によって滅ぼされた。


・【咎人】と契約出来れば強力な助っ人となるが、
 信頼を失えば破滅が待っている。
 そのリスクの高さから次第に
 【咎人】を使役する魔法使いはいなくなっていった。


・ 近年では、もたらされる災厄の大きさから
 【咎人】との契約は国際法で禁止となっている。

・ 【咎人】は、【十王】や【鬼神】の力をもってすれば
  殺害できることが実証されている。
 しかし、【咎人】が葬られた場は強力な瘴気を残し、
 【魔境】へと変貌する。


・【咎人】は、【呪い】から解放されると 瘴気を残すことなく、
 光となって消滅する。


・ しかし過去の歴史をさかのぼっても、
 【呪い】を解くことに成功した魔法使いはわずかである。


畳む

王と皇帝

惜別
20250112181715-nnk.jpg


昔の絵のリメイク。


20250112181839-nnk.jpg
・元・ハーディンの騎士、ヤクニ(八9二)
・ブラムド、バルムンク世代より
 200年ぐらい前の騎士。

畳む

VLAD

先帝と十王

20250112142139-nnk.png
よしよし いい子だ
いい子だな お前は




【SIDE B】

十王から放たれた光が霧散すると、
そこにはもう何も残ってはいなかった。


骨も影すら残さずに。


哀れ、勇敢な騎士は塵となって消えた。


振動した空気の余韻が収まると、

ウルスラグナは、俺を中心にしてぐるぐると落ち着きなく、
蜷局を巻くように回りはじめた。

どうやら他にも襲ってくる者がいないか、
警戒しているらしい。


「・・・ちょっと遊び過ぎたか?」


思いの外、心配をかけてしまった『彼』に対して
悪びれも無く告げると

『彼』は俺の危うい行動を咎めるように、
ふんっ、と荒い呼気を吐き出した。


と、同時に


空からボトボトと、
先ほどまで騎士だった『何か』が、次々に落下してくる。


残っていた『化身』の姿も気配も、とっくに消えていた。


そりゃそうだ。

慌てた『彼』が、俺に向かって身を翻すと同時に、
その巨体で騎士たちを一瞬でミンチにしてしまったのだから。

『彼』にかかれば、『白衣』の騎士すら蟻んこ扱い。

全く、つくづく恐ろしい存在だ。



『陛下!ご無事ですか!』



鱗の壁の向こう側から、カリフの声が響いた。


『彼』は、カリフが味方であることは知っている。

カリフの姿を認めると、スゥッ…と、空に舞い戻った。

やはり、地面よりは空の上がお好みらしい。



「見ての通りだ。
 つか、来るの速くねお前?
 半径1キロ圏外に居ろと言った気がするが?」

今回の『実験』では
純粋な『十王』の力を試したかったので
カリフを含め護衛には全員
前線よりご退場頂いていたのだ。
まぁ、かなり反発されたが。


『全力で疾走すればこの程度の距離
 造作もございません。』


「ああ、そう……。」 


ヤダこの子こわい。


『そんな事よりも、先ほどのような
 敵を挑発する行為は、今後絶対にお止めください。

 なぜ、あんな際どい距離まで敵を引き寄せたのですか?

 騎士の存在には最初からお気付きだったはず。
 もっと早く、迎撃することは可能だったでしょう?』


珍しく怒りを隠しきれない様子で
カリフが詰め寄ってきた。

ほう?傍から見ると
そんなに危なかったのか?


「なに、こいつの機動性を試したくてなぁ。
 いよいよヤバイぎりぎりのところまで
 『待て』をかけてみたんだが…

 まぁ、それでもまだスピードに余裕あったな。
 まぁまぁ良いデータが取れた。」

さかさかとメモを書き留める。

まるで反省する様子のない俺に
心底疲れ果てたような目線を投げながら
カリフが肩を落としている。


『…無茶も好奇心も、ほどほどにして頂かなくては。
 このような混乱した戦場では、我々も
 御身をお護りするには限界がございます』


「と言われてもなぁ…
 奴らの『化身』をまともに相手できる者は
 限られているしな?

 結果オーライだ。
 ま、結局まともな相手にすらならなかったが。」

 『化身』

ハーディンが纏う人工聖霊の最終進化形態ともいえる
巨大な人工魔導体。

1体でも戦局をひっくり返すといわれる奴らの『切り札』が
この度4体も投入されるというから
こちらも胸を躍らせてやって来たというのに、だ。

結果は苦戦どころか片手間でミンチ。
期待外れにもほどがある。
 
「雑魚過ぎてまともなデータ取れやしねぇ…。」

全く持って実に残念すぎる。
まさかここまで能力差があるとは思わなかった。

通常『化身』4体相手では
『カラビニエ』全隊投入しても、損害は免れなかっただろう。

ところが『彼』一体でこの戦果。
まさに『ジョーカー』だ。


『…まさか本当に、十王の戦闘能力を測る為だけに
 今回の戦いを仕掛けたのですか…?』

「うん。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


『そんな事で、
 帝国の、
 神聖なる、
 英知の象徴である、
 十王を、
 戦 場 に 投 入 し な い で く だ さ い 。

  …他国への心証が悪すぎます。』

最後は力なく言い放つ。

呆れて怒る気も起きない。
そんな様子だった。


「別にいいだろ?

 『化身』相手じゃ、どうせこっちも
 『咎人』あたりを使うつもりだったんだろうが。
 どっちでも心証変わりはしねーよ。

 それに俺も別に殺戮破壊が好きなわけじゃない。

 ただ必要な実験要素として
 結果的に人命を消費してるだけ。」


『・・・・・・・・・。』

かける言葉も見つからない。
そんな様子だった。


「あー…つまらん。

 やはり『人工聖霊』相手じゃ話にならんな。
 こんなにも性能差があるとはなぁ。

 やはり『十王』の相手になるのは、同じ『十王』しかいないのか…?」


たいして書きこまれていない戦闘データのメモを眺めながら
ブツブツと文句を並べる俺に
フリーズから解けたカリフが問いかけてきた。


『陛下は何故、それほどにも
 十王の能力を測ることに 拘られるのですか?』

おいおい、今更それを訊くのか…。

まさかこいつ、今まで本気で
俺が娯楽目的で十王を戦争に使ってた、
と思ってたんじゃないだろうな。


「…得体の知れないものを、持たされるのが嫌なだけだ。

 ある日突然、ことわりも無く
 扱い方も性能もよくわからん
 特級の『爆弾』を背負わされてみろ。

 気持ち悪いったらありゃしねぇ。
 そうだろ?」

そう。

『十王』はまさに
『得体の知れない存在』だった。

過去数百年の記録を洗っても
帝国の守護者たる
十王『ウルスラグナ』の記録は、

結界の要である『竜歌』と
形状などの『見た目』以外のことは
ろくに残っていない。

特に『継承者』の記録など、
百年以上前のものは皆無に等しい。

『継承者』は代々出現しているにも関わらずだ。

帝国混乱時代に記録が焼失した可能性もあるが
それにしても資料が少なすぎた。

帝国の生命線ともいえる『十王』に関して
ずさんな管理をしていたとは考えにくい。

意図して残さなかったのか。

あるいは誰かが記録を消し去ったのか。

いずれにしても理由はわからない。


だが、よくわからないままでも
『継承者』は十王を受け継がなければならない。

『継承』を逃れる術が、無いゆえにだ。

わけのわからないまま、押し付けられる『十王』

強制参加の『継承システム』

【加護】というより、まるで【呪い】のように
俺たちの一族に受け継がれるのは何故なのか。


「ご先祖共は後継者争いにお熱で、
 そっちの方にはてんで頭が回らなかったみたいだが…。」

『知らなかった』で馬鹿を見るのは、御免だ。



空を仰ぐ。

『王』に相応しい、雄大な姿で『彼』は空を泳いでいた。

その姿に、疲れは微塵も窺えない。

先ほどまで、『化身』4体相手に戦っていたとは
思えないほどだ。

これだけの圧倒的な力を持ちながら
下僕というよりは、無垢な子供のように
『継承者』に従う、十王『ウルスラグナ』


その力の見返りに、最終的に『何を求められる』のか…


今までの『継承者』は考えた事がなかったのか?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


黙り込んだ俺に、
カリフはいつもの思案癖が始まったと判断したのだろう。
親衛隊へ無線連絡をしている。

そろそろ撤収しなければならない。
納得のいくデータが取れたとは言い難いが、
相手がいないのであればしょうがない。

すでに敵は、空を独り占めしている『彼』の姿を見て
完全な敗北を悟っているはずだ。

これ以上、戦いを仕掛けてくることも無いだろうが
撤収の時間まで、『彼』を自由に泳がせておくことにした。



あの青鱗が広大な蒼穹に混ざる姿は 
子供の頃から幾度も見た。

しかし、何度見ても 美しい。

『十王』そのものに対して、嫌悪や不満があるわけでは無い。

このまま、歴代がそうしてきたように
『継承システム』に身を任せる事は簡単だ。

しかしそれは

このシステムの『裏』に隠れている 『何か』の存在に、

『何か』の意図に

思うように、操られているような

そんな気がして


つまり


非常に、面白くない。




確かめてやる。

『十王』とは、

この『継承システム』の意味は、

一体、何なのかを。


俺なら必ず解る。その確信があった。




そんな俺の思惑など、知る由も無いのか。

『彼』は大きくうねりをあげながら、
空の上で、呑気に『歌』を歌い出した。


ああ、またあれを歌っているのか。


『彼』は、人間の歌が割りと好みらしい。


俺が以前、気まぐれに口ずさんでいた歌を
いつの間にか覚え、
時々、こうやって歌うのだ。



背後から
慌ただしくこちらへ駆けつける
親衛隊の気配がする。


地上は
屠った騎士たちの死臭と、黒煙が漂い
地獄さながらの様相だったが


降り注ぐ『彼』の歌声だけは


天の国のものだった。




------------------
【SIDE A】





悪夢のような光景だった。





十王一柱の参戦で、
形勢が一気にひっくり返ってしまった。


『化身クラス』の聖霊すら、まるで歯が立たない。
 桁違いとは、まさにこのことだ。


上空ではまだ仲間が奮闘している。
だが、全滅するのは時間の問題だろう。



十王は、必死で食らいついてくる
『化身』たちに対して
まるで児戯に興じる幼子のように
踊るように、
軽々と蹴散らしていく。


その気になれば、
一瞬でカタをつけることも可能であろう。


しかし、敵の戦意を
最後のひとかけらまで
じっくりとそぎ落とす為に

遊ばせているのだ。あの男は。


「化け物め…!」


『化身』を破壊されてしまった私に、
もはや十王とまともに戦える力は残されていない。

このまま仲間が倒れていく姿を
見届けるしかないのかと
唇を噛みしめた。



その時だった。



辺り一帯を、幕のように覆っていた黒煙が
わずかに晴れた。



その隙間に、あの男の姿を捉えた。



高みの見物と言わんばかりに、
ひとり呑気に、上空にいる自らの十王を眺めている。



千載一遇の好機…!



私は走り出した。



あの男の首を獲るには、今しかない。

奴の十王は今、遥か上空。
この距離なら、奴が十王を手元に戻すより先に
私が奴の首を刎ねる方が速い。


奴を殺せば、十王も消失する。


こちらの戦団はほぼ壊滅状態。
手練れの騎士の殆どを失った。

いまさら足掻いたところで、我々の敗北は確実であろう。

 
ならばせめて


(帝国の切り札である十王を奪ってやる…!)



眼前に、奴の姿が迫る。

刃圏に入るまで、あと5秒もかからない。

あきれたものだ。護衛をひとりも連れていない。

こちらに気付いた奴と、目が合った。



だが、もう遅い。



そう思うのと、私が剣を抜くのは同時だった。



獲った!




そう確信した、瞬間。



私の目の前に、『壁』が現れた。



突如出現したそれに為す術もなく、
私は弾き飛ばされる。



「!???!!…っっ!」



予想だにしなかった痛みと衝撃に耐えながら、
なんとか体勢を立て直した私が見たものは



今まさに放たんとする、禍々しい閃光を湛えた
『十王』の巨大な口と

 


うっすらと笑みを浮かべた
奴の、不気味な竜眼




それが最期だった。




畳む

王と皇帝,バルムンク

#記録と記憶
記録と記憶③
20250112011856-nnk.jpg




「くはははは!

 よくやったブラムド。
 初めてにしては上出来だ。」


『・・・・・・!』(ゴクリ)


「ん?
 なんだお前、びびってんのか?」


『べ…べつに!
 こわくないもん!』


「おう、そうかい。
 さすが俺の息子だなぁ。

 なら隠れてないで
 ご挨拶してやれよ、ほれ。」


『わっ!ちちうえ!』


「ほら、しゃんとしろ。
 舐められるぞ。

 ちゃんと【コイツ】の眼を見て
 しっかり覚え込ませるんだ。

 だれが【主人】なのか、な。」


『~~~~。』
((((´・ω・`;)


「心配するな。
 ちゃんと上手くいってる。

 【コイツ】はお前に忠実な【下僕】となった。
 お前に危害を加えることは出来ない。」


『しもべ?』


「お前の言うことをなんでも聞く
 召使いってことだ。

 まぁ色々教えてやれよ。
 はじめての【使い魔】だぞ。」


『ふーん…?
 あ!ねぇ、ちちうえ!
 ルヴィにも見せたい!
 見せていい?』


「あーーー…。
 いや、ブラムド。
 シルヴィアに見せるのは、だめだ。」


『え~?
 なんで?』


「おいおい、俺が最初に言った事を
 もう忘れたのか?

 いいか、もう一度だけ言うぞ。

 今日、ここでの出来事は
 ルヴィにも、母上にも、
 誰にも言ってはいけない秘密だ。

 特に、

 特にだぞ?

 マクスウェルには
 絶っっっっっっっ対に
 言っては駄目だ。

 …わかるな?
 俺と、お前だけの
 秘密だ。」


『・・・マクスウェルに、おこられる?』


「怒られる。
 絶対に、怒られる。」



『…じゃあ、ひみつにする・・・。』


「よしよし。
 いい子だなぁ、お前は♪」









あの日の事は、よく覚えている。



珍しく父親にかまってもらえた
嬉しさもあって

幼い俺は、
ホイホイと親父の
『言う通りに』した。


ちちうえがいるから、だいじょうぶだ。


あの頃の俺は、
親父を信じて疑わなかった。


後に魔法を学んでいく内に

当時の俺が
どれほど『 危険な事をしたか 』

わかった時は戦慄したものだ。

なぜ親父はあの時
俺に『 あんなこと 』をさせたのかは
わからない。


ただの好奇心だろうか。


それとも、なにか目的があったのだろうか。


今ではもう、確かめようがない。



・・・・・・・・・・。



『あの日』のことは
いまだに、誰にも言っていない。






畳む

ブラムド

#記録と記憶
20250112010209-nnk.jpg

あれはきっと
俺が初めて魔法を使った日

そして

初めて誰かに

呪いをかけた日



記録と記憶②





「・・・ねぇ、ちちうえ?」


『あー?』


「きょうは、ぼくに
 『まほう』をおしえてくれる
 やくそくだよね?」


『ああ、そうだとも。

 それもとっておきのやつだからな。
 準備も入念に…
 必要なわけだ…っと。
 よしよし、こんなもんだろう。』


「なにをしてたの?」


『結界を張った。
 八層砦型・音絶式。

 まぁーこの部屋自体が強固な結界みたいなもんだが
 大袈裟すぎるぐらいがちょうどいい。
 おっかないお目付け役の耳にでも届いたら大変だ。』


「・・・」


『さて、ブラムド。
 部屋の中央にある【アレ】が気になっているご様子だな。
 あれが何か、覚えているか?』


「まえに、ちちうえの 
 “けんきゅーしつ” でみた。」


『物覚えが良くて何よりだ。
 【アレ】は今、
 研究に使っている大事な実験サンプルでな。

 俺は 【№8341】 と呼んでいる。』


「はち、さん…?」


『ま、覚えなくていい。
 いいか?
 ここからが重要でな、ブラムド』


『お前は以前、
 【アレ】が自分の方を見ている、
 と言っていた。
 覚えているか?』


「うん。」


『…今でもそうか?』


「・・・・・・・・・・・。」



・・・・・・



「…うん。」


『よしよし、では本題だ。

 【アレ】は人みたいな形をしただけの
 枯れ木に見えるが…

 お前も感じているように…
 おそらく何かの”念”が宿っている』


「ネン?」

『何かのきっかけで
 心みたいなものが宿ったってことだ。

 だがそれは吹けば消えるロウソクのように
 小さく、不完全なものだ。
 
 そして【アレ】は見ての通り
 目もなければ口も無く
 話す言葉すら持っていない。

 【アレ】が何かを考えていても、
 こっちには何も伝わらないし
 わからない。』


「うん?」


『そこでだ、ブラムド。

 【アレ】が、
 自由におしゃべりできるようになる
 【魔法】がある。

 それを一緒に唱えてみないか。
 それが今日、お前に教えてやる【魔法】だ。』


「!」



・・・・・・・・




「で、でも、ちちうえ。
 ぼく、まほうの、えっと、
 ”りゅうげんご”???
 とか、なにもしらないよ?」
 

『俺が唱える音を、そのまま真似すればいい。
 なに、多少とちっても問題ない。
 俺が補助してやるから大丈夫だ』


「でも、でもどうして
 ちちうえがやらないの?

 ぼくがやるより、
 ずっとじょうずにできるんでしょ?」


『そうしたいのは山々なんだがな~
 いろいろ事情があってな~~~~
 思い出しても腹が立つ…


「?」


『まぁとにかく、
 何事もやってみるのが一番だ。
 本読むだけのお勉強はつまらんだろう?』


「でも・・・」


『……おや?

 まさか…
 まさか息子よ………。

 お前…怖くなったのか?』


「!」


『いやいや…確かに難しい魔法だ…

 おまけに呪文も長いしな…

 ふつーーーーーの5歳のお子様には

 ぜっっったい無理だろうが

 皇帝の息子であるお前なら…
 もしかしたら…

 出来るんじゃないかと結構…
 期待したんだが…

 仕方ない!
 いや、何も恥じるな。
 俺もお前を怖がらせたくはないからな。


 …やめるか?』


「やる(゚Д゚)」


『いやいや…無理するなよ…。』 


「や!る!(゚Д゚)#」


『おおっ!

 そうか~やるのか~

 さすが俺の息子だな~。』






--------------------------------------------



実にちょろいと思われたに違いない。

幼かったとはいえ、親父の安い挑発に乗った自分は
まんまと親父の思惑通りに
【式命術】を使う羽目になった。




--------------------------------------------




『いいか、ブラムド。
 肝心なのは最初と最後だ。

 他の詠唱はカバーしてやれるが、
 最初と最後の【名前】だけは、
 正確に、はっきりと発音しろ。』
 

「わかった。」


『ではおさらいだ。
 最初に唱える【名前】は?』


「ぼくの【まこと名】。」


『最後に唱えるのは?』


「【あの子】につける名まえ。」


『完璧だ。

 では、

 始めるとしよう。』




--------------------------------------------


あとで知った事だが

『式命術』とは本来
魔獣を【使い魔】として隷属させる為に用いる
『名約』の術。

だが、用いる際の【禁止事項】が存在する。


『生物以外に使ってはならない』

『念の込められたものに使ってはならない』

ここでいう生物の定義は
『血の通った動物』のことであり

古い館
宝石
人形
壊れた道具
永く生長した植物
人が描かれた絵画や写真

過去、これらに『式命術』をかけた結果
『異様な者』が宿ってしまい、事故が起きた例が多数残っている。

そのことを、あの親父が知らないはずがない。

あのくそ親父
5歳の息子になんて危険なことさせやがると
怒りが湧いたものだ。



--------------------------------------------


 『…此に敷かれるは天下る降臨の儀』

 「われ、-------------の名において
 うつろのうつわに ”名”をかんする」

 『耳無き者は 音を知り』

 「かおなきものは かたちを持ち」

 『己無き者は 自らを得る』


 「うぞうむぞうと」
 『森羅万象の流れから』
 


 『「この名をもって
  これより汝は ただ汝となる


  この名は汝の心臓
  汝の冠
  汝の魂となり

 
  我と汝を結ぶ標


  虚無の檻から解き放ち

  水鏡映すその身を 汝と覚え

  今ここに 祝福を降ろす




  暁のように目覚めよ



     -------。     」』






--------------------------------------------

術が成功したことは
幸運というべきか、不運というべきか。

今の『彼』を見る限りでは、
まだそれははっきりとはわからない。

これが親父のやりたかった
『実験』だったのだろうか。

その答えをいつか聞き出そうと思っていた矢先、
親父は驚くほどあっさり逝ってしまった。

・・・・・・。


親父の死後、

かつての研究室を漁り
【№8341】に関する記録をひたすら探してみたものの


とうとう何も見付からなかった。




畳む

ブラムド

#記録と記憶
記録と記憶①

20250112000523-nnk.jpg
記録:xx年x月xx日
観察対象:No.8341


・日光、水の供給を停止してから7日目。
 養分として与えたラット3匹は
 わずかな体毛と骨を残して分解されている。
 やはり生物から栄養を摂取すれば
 水が無くとも生存できるようだ。


・そして生物からの摂取の方が
 生長と再生が格段に速い。
 面白い事にこの個体は
 人型を模すように再生する。


・以前からこの種は、捕食した生物の形状に
 変化することは確認されていた。
 しかしその殆どが四足動物で
 人型に化ける個体は確認されていない。


・この個体が過去に人間を捕食し
 その形状を記憶したと推察できる。
 しかし生息地の環境から
 人間だけを過剰に摂取したとは考えにくい。


・なぜ数多くの捕食した生物の中から
 人間の形状を取ろうとするのか。  
 次の実験では、人間の血液を与えてみ
「ちちうえーーーーー!
   これなーにー?」
 「若様いけません!お待ちください!」




・・・・・・・はあーーーーーーーー…。



「あ、待て止まれ!
 それに触るなブラムド!

 おい、マクスウェル…
 おちび連れて来んなよ。」


「申し訳ございません、陛下。
 
 偶然通りかかったところに
 ここへ入り込もうとする若様をお見かけしたものですから。
 お止めしたのですが…」


「それはご苦労だったな。
 ミハはどこだ?
 こいつのお守りはあいつの役…って、
 さ、わ、ん、な、
 つってんだろうがお前は。」


「え~、なんでダメなの?」


「お前の破壊神っぷりは有名だからな。
 先週は書庫の書物に足跡つけまくったとか?」


「あ!わかったこれガイコツだ!」


「聞け。」


「それにしても…
 相変わらず趣味が良いとは
 言い難いものばかり研究されていますね。

 【タタリガダリ】に
 【シゲンバナ】…

 どなたか呪い殺すおつもりで?」


「お前とかな」


「おや【モドキガミ】ですか、これは。
 実に珍しい」


「あんな頭が堅い人間になるなよブラムド。
 わかったか?」


「わかんない!」



「変わった形態をしていますね…
 一体何の実験です?」


「まぁ色々と、だ。
 まだまだ観察段階だな」


「しかしこの種は
 国が認めた研究機関以外での保有は禁じられている
 第一級禁種ではありませんでしたか?」


「よく知ってるな。感心感心。」


「……そう定められたのも
 陛下であったと記憶しておりますが。」


「ああ。
 だから何の問題ない。」


「・・・・・・・陛下」


「そう睨むな、お堅い”堅牢”よ。
 いつだって俺が法律だろ。
 なぁブラムド?」


「ちちうえがホウリツ?」


「若様に悪質な帝王学を刷り込まないでください。」


「おおらかに育てる方針なんだよ、うちは。」


「左様でございますか。

 それ故に若様の多少のいたずらも
 おおらかにお許しになるのですね。

 流石、御心が広くていらっしゃる。」


「あ?

 ・・・・・・・おいブラムドお前それ
 いつの間にどこから持ってきた!?」


「ひろった。」


「嘘つけ!
 あ、コラ押すな!返せ!

 ~~~~なんでガキってのは
 ボタンだのスイッチだのやたら押したがるんだ」


「あー!かえして~!」


「やかましい。この槽を開けるな。
 せっかく整えた実験環境を台無しにする気か、
 お前。」


「・・・・・・・・・・・・」


「何笑ってんだ、貴様」


「いえ、なにも。」


「も~かえして!
 かえしてよ、ちちうえー」



「くどい。
 一体何がしたいんだ
 お前は」


「だってでたがってるんだもん」


「・・・・・はぁ?」


「ほら、ずっとこっちみてるよ?」





------------------------------------





どれくらい
こうしていただろう


”故郷”に いたころは
時の ながれなど
かんじたことも なかった けれど


ここにいると ずいぶん ながい事
こうして いるような 気が してくる


いつ日が のぼり
いつ日が しずんだのか


まっくらな ここにいると
なにも わからない


ここは せまい
くうきが おもい


みずも ひかりも 
なにも ない


なにも ない この中に
あるひ やってきた ちいさな ネズミは
すぐうごかなく なって しまった


すっかり 冷たくなって しまうまで
ながめた あと


少しずつ たべた


たべながら ながれて きたのは




『コワイ』


『クルシイ』




ちいさな ネズミたちの 記憶


いきものの 記憶



コワイとは なんだろう


忘れないように
ゆっくり たべた




------------------------------




音しか きこえない せかいに


ちいさな あしおとが やって きた


あしおとが 目の まえで とまる 


いつも きこえる
ニンゲンの 成人個体の
ものとは ちがう


たかい 声


ニンゲンの 幼体 



目が あった



目のまえに あるのは
くらやみ だったが


なぜか 


目が あったような 気がした


記憶に ある ニンゲンの 幼体は


こんなに つよい
気配を もって いた だろうか



いや そもそも 



この 幼体は





・・・・・・・・・・・・・







わからない







----------------------------------------




「・・・・・」

「・・・・・」


「?」


「そりゃ気のせいだ、ブラムド。
 こいつは生き物じゃない。

 庭に咲いてる草花と同じで
 ただの木の枝だ。
 人みたいな形してるから
 見られているように感じただけだ。」


「そうなの?
 ん~~~でも・・・」



「…そろそろシルヴィアが
 昼寝から起きる頃じゃないか?
 またお前がいないと
 兄様兄様って泣きまくるだろうな。
 戻らなくていいのか?」


「あ、そうだった!

 じゃあね、ちちうえ!
 タバコひかえめにするんだよ!」



「どこで覚えたそんな台詞…
 …クラウディアか」







「・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・コレに、意思があると思うか?」


「なんとも申し上げれません…
 ですが若様は、以前から
 こういったものに関して
 我々よりも敏感に感知されますので。」


「魔境の物とはいえ、植物だぞ?」


「もしかすると、新種の【人外】かもしれません。

 いずれにしても、得体が知れない事は確かです。
 研究もほどほどされて
 早めにご処分なさってください。」


「…ふむ」
(その前に少し試してみるか…)


「絶対に駄目です。」
「何も言ってねぇが?」




「よからぬことをお考えの顔でした。

 よろしいですか、陛下?

 間違っても、絶対に、

 【名付け】など、されませんように。」


「・・・・・・チッ。」
(読まれたか…)


「魂が宿ってしまいます。

 ましてや【人外】の可能性がある個体になど
 何が起こるかわかりません。
 厄介事は貴方だけで十分なのですから。」


「さらっと暴言吐きやがったなお前。」


「まだまだ申したいことはございますが
 我慢致しましょう。

 陛下、お約束してください。

 でなければ今、ここで、それを燃やします。」


「わかったわかった。
 観察が終わり次第、こいつは焼却処分する。

 書類にサインでもすればいいか?」


「【名約】でお願い致します。」


「…いい加減にしろよ貴様。」


「お願い、致します。」



「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」



「・・・・・・はぁー、


【我、バルムンク・シイ=オルテギアの
 名にかけて誓う】



 …満足かボケ!本当に信用ねぇな!」


「結構です」


「このクソモノクルが、
 不敬罪でいつか殺す…。」


「ええ、ええ。
 その日が来ることを楽しみしております。」









畳む

ブラムド

#設定
二柱

20250111230131-nnk.jpg




月盗り 数多の 御魂と成りて


清流 流るる 儚き華と


惑い たゆたう 永き旅路に


示すしるべは あらずもがな


根の底這うは 天の墓


わらべのごとき 夢の跡


くすぶる荒き 宿り火が


おぼろに沈む 深き水底


天を廻り 地を歩み


違わねばこそ 浮かぶ瀬もあれ


幻のかなた 見つめるは


いとしき影と 戻りえぬ道


こだまも返らず ただひとり


暗き林を 彷徨うごとく


進むは楽土か 奈落の底か


時も眠りも 救いにあらず 


想いのみが 頼る杖なり




マギ唱伝 第6号
【王の旅】

ダイゴ暦575年出土
旧ララミア宮殿
王膳の間にある壁画にて


畳む

VLAD

#設定
竜と人間 Ⅱ


------------------------





竜の裁可によって
『魔法』を失った人々は

竜を怖れ その殆どが
竜の力が及ばぬ
地下世界へと逃げ込んだ

しかし地上には
竜を慕い
残った者もいた


かつて
虐げられた人々だった


『魔法』を使えない
地上での生活は過酷なものだった

しかし 彼らはもう
高度な文明を求めなかった


彼らは
人間に
『罰』を与えた竜を
崇め続けた


神から賜った力を
欲の為にしか使えなかった人間への
当然の『罰』だと

彼らは受けいれた


時折
人々の前に現れた竜を前にすると

彼らは
赦しを乞うように祈り続けた


そんな彼らを前に

竜はもう

『罰』を与えようとは思わなかったが


彼らに二度と
『魔法』を与えることもしなかった


その代わりに
竜は


彼らに
『歌』を与えた


『歌』であれば
誰も血を流すことは無い


『歌』であれば
誰も死ぬことは無い


この過酷な暮らしの慰めに







人々は『歌』をうたった








そんな暮らしがずいぶんと


ずっとずっと


長く続いた頃






ある時





月から 星が堕ちてきた






光を纏い



炎を纏い



神々しくも
恐ろしい



『それ』を




人々は『炎の巨人』と呼んだ




天空は
巨人の炎で夜を焼かれ




大地は
巨人の炎に覆われていき




海原は
巨人の炎で干上がっていく





竜は
人々に言った





 あの『巨人』は
 全てを滅ぼす使いである

 我々『竜』も 『人』も

 地上の生き物全てが等しく息絶える

 死の使いである

 いずれ来るはずだった 『約束の時』が

 とうとう きてしまった





それを聞いた人々は
祈ろうとした


『死』を受け入れる為の祈りだった


しかしそれを


竜は止めた





竜は言った





 『約束の時』は
 『竜王』と『巨人』との約束である

 『約束』はいずれ 果たされるべきである


 しかしそれは 今ではない


 『わたし』はこれから『竜王』に背き

 『約束の日』を 先延ばす


 『わたし』はもう
 お前たちの前に現れることは無い


 『竜』はもう
 世界を監視することは無い


 お別れだ
 『祈りのにんげん』たち


 『わたし』が教えた『歌』を謡って


 ときどき 『わたし』を 思い出しておくれ





竜は飛び去った





とおく とおく
『巨人』が燃え立つ 海の上へと



同胞の竜が
次々と焼け墜ちていく 空の下へと


飛び去った




やがて




赤く染まっていた天空に
闇夜に戻り


唸りをあげていた熱風が
声を潜め


まさに火が消えたような
静寂が戻ったが





竜は戻らなかった





永遠に


畳む

VLAD

#設定

これは遠い遠い むかしの話

今では一部の語り部しか
知らない『竜』の伝説

『魔境』が生まれるより遥か前

『旧世界』と呼ばれていた

むかしむかしの 世界の話


竜と人間 Ⅰ

-----------------------





世界はかつて
竜によって管理されていた

ひとつの生き物が増えすぎないように監視し

世界のバランスを保つことが
竜の役目だった


人々は、この偉大な英知の象徴でもある
竜を崇めていた


竜もまた
地上でも特に個性的な考えを持つ
「人間」という生き物に興味を持ち


竜の力の一部を人間に与えた

その竜の力は後に
『魔法』と呼ばれるようになった




人間は『魔法』を生活に役立てた

『魔法』は人々を幸せにした

竜はただ その様子を見ていた




ある時
人々の間で争いが起きた




きっかけが何だったのかはわからない


ただ争いはどんどん大きくなり


人々は
戦いの武器として


人を傷つける道具として


『魔法』を使った




『魔法』は多くの命を奪い

『魔法』は多くの国を焼いた

『魔法』は多くの森を焼き

『魔法』は大きな海をも汚し

『魔法』は多くの生き物の住処を奪った






竜は ただ見ていた






長い長い争いが
ようやく収まると

人々は
より良い暮らしを求めて

『魔法』を使い
国を大きく発展させた




大きな工場が建ち並び

そこから出る黒い煙が
空を覆った

そこから出る灰色の水が
川を汚した

『魔法』は

”人間”の生活を 幸せにした


そして 
強い『魔法』を使える者ほど

弱い者を虐げ

奪い

踏み付けにした


やがて『魔法』は
”強い者”の象徴になった






竜は 






ただ見ていた








”幸せな人々”は


姿を見せなくなった
竜のことを


すっかり
忘れ去っていた


もうとっくに
死んでしまって


生きていないとすら
思っていた







”虐げられた人々”は


”幸せな人々”が支配する国を捨て


竜のもとへ


戻ることにした





そして






竜は現れた






竜は”人々”に向かって
こう言った





お前たちに与えた『魔法』を 返してもらおう 






この言葉を聞いて
”幸せな人々”は言った




 ふざけるな 古くさい神め
  こんな理不尽が許されるか








この言葉を聞いて
”虐げられた人々”は言った

 
 どうぞ御心のままに 我が神
  貴方に全てを委ねます
 







そして”人々”は 

『魔法』を喪った




国は機能しなくなり

『魔法』で支えられた文明は

脆く 

あっけなく

立ちどころに

崩れ去った



さらに竜は



混乱する”人々”に対して

まるで
追い打ちをかけるかのように

文明の抜け殻となった
”人々”の都市を

徹底的に破壊した







畑を耕すかのように

虫を駆除するかのように

ただ淡々と

無情に

人の文明を

全て








無に帰していった




畳む

VLAD

有り得たかもしれない未来

20250109000156-nnk.jpg


生存IFイバと幼ブラムド





歌をうたっている。


まだ歩くことも


話すこともおぼつかない幼子が


私の懐で上機嫌に 歌っている。


あまり面影が似ていないのに


懐かしく感じるのはなぜだろうか



畳む

イバ(一8)

2024年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

慟哭

20241111225753-nnk.jpg
幼い頃からそうであった

殿下は決して泣くことが無い


母君を見送った朝も

父君に銃口を向けられた夜も


あの方は決して泣くことは無かった


最初から そんなものは 持ち合わせていないかのように

 

あの方の竜眼が  涙で歪むことは無い


ただ


あの追憶の黄昏で


まばたきひとつせず


嗚咽の声ひとつ無く


辺りが宵闇に包まれて


明けの明星が昇るまで


ただ「其処」に座していた あの御姿を



 私は忘れることが出来ない


畳む

くれない,バルムンク

絶唱

20241111183703-nnk.jpg


それは、「神」が降りて来たような声だった。





-----------------



鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。

正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。

もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。

聴衆は他に誰もいない。

夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。


---------


遠くからワルツが聴こえる。

祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。


今日は王宮で
盛大な宴が行われている。

『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。


その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、

そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。

今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。


さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず

こうして独り、待機を命じられている。




静かだ




いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。


日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。

暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。

目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で

何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。

かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。

常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。



だが



今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。

もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。

私は『誇り高い騎士』ではなく

『人間』ですらなく

ただ『道具』に成り下がっていたことを。





当時はその事にすら気付かなかった。

なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。






暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。

知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。


なのにずっと、忘れていたのだ。


少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。

なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。


最後の音に触れる。


闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。




すると、





パチパチパチ


「いい曲だな。」



小さな拍手と共に、『闇』が喋った。


『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。


今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。


いつの間にそこにいたのか。


「ついさっきだ。
 廊下に音が漏れていたからな。
 まさかお前とは思わなかったが」


心の声を拾ったかのように答える。

私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。

バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。


- うたげ は どうした -


手話で訊ねる。

この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。


「抜け出してきた。
 ったく、何時間も座らせやがって
 いいかげん尻が痛ぇ。」


腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。

長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。


「お前の国でも、こうなのか?」



・・・?


「誕生日の事だ。
 庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」


バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。


誕生日か。

さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。

普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。

と、手話で伝えた。

「ふぅん…お前も?」

否。

即座に首を振った。


- たんじょうび を しらない
  いわったこと は ない -


私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。

だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし

そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。


だから、


- おまえ が すこし うらやましい -


なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。



「・・・さっきのは、故郷の曲か?」



話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。

…少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。


問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。

わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。


「ふーん、まぁいいや。
 もう一度弾いてみろ。」



は?


声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。


一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、


私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。



「そう怪訝な顔をするな。
 今日は特別だ、歌ってやろう。」



意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。


歌う?こいつが?

そんな様子は一度も見た事が無い。

だが、そういえば…聞いた事がある。

皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、

彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。

その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。

だが、

そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが


歌う…


・・・・・・・・・


全く想像がつかない。



「お前今、
 ものすごく失礼な事を考えてるだろ?

 いいからさっさとしろよ。
 歌ってやらねぇぞ、全く」



暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。

今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。

バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。

ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。

歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが


我ながらひどい演奏である。


バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。

と思い始めた、その時。







全身が粟立った。










・・・・・・・・・



嵐のような音の波が去っても、

場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。




「…とまぁ、こんな感じだ。


 ご感想は?」




まるで何事も無かったかのように、


バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。


さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、


私に返答する余裕はない。


鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。



「くはははは、
 ご満足頂けて何よりだ、イバ。」



バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。




正直、『呪歌』に近いものであった。


直接神経に障るような。


あらゆる衝撃と刺激が強すぎて


感動というより


そう



心臓に、悪い。





ありがとう、二度とやるな。

そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。



と、


部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。

どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。


「さて、そろそろ戻るとするか。

 今のでさすがに
 『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。

 騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」


影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。

そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。

まだ何かあるのか?と身構えていると



「誕生日おめでとう、イバ。

 お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」



ああ????


今度は間違いなく、声が出た。

といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。


「光栄に思えよ?

 俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。

 そうだ、毎年歌ってやろう」


くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。



やめろ生き地獄だ。


首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。

それがまるで私の心情そのままのような音だったので、

子供はますます、ケラケラと笑うのであった。


















畳む

くれない

 重さ 

20241111001150-nnk.jpg


…猫かこいつは。

 


目が覚めた瞬間、

足の自由がきかないことに焦りを覚えたが

目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に

 一気に肩の力が抜けた。


脅かしやがって・・・どおりで重いわけだ。


 自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、

 何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。


はたき起こしてやろうかとも思ったが、

 心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、

その気も失せた。


仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、

 奴の寝顔をまじまじと観察する。


 起きる気配はない。

 疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。


 まだ十にも満たぬ歳でありながら、

 帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。


 日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も

 今はまぶたの下だ。


 こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。


 いや、 こうして無防備に眠っていなくとも

やはりこいつはただの子供だ。


稀代の天才と呼ばれようと

帝国の悪鬼と呼ばれようと

 十王継承者と祀り上げられようと


くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。

 少なくとも、私にとっては。


だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、

特別扱いなんぞしない。


 私のバルムンクへの対応に、

こころよく思っていない者が多い事も知っている。


 しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。

 そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。


私は私の意思だけに従う。


この国の連中のように

幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。

 孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。


・・・・・・・・・・。


しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。


私の意思も、

こいつの意思とも、関係無く。


 迫ってくる刻が、それを予感させた。


 最初は、手足の指先からだった。


徐々に握力を失い、

今ではわずかに動くのみで

触覚や痛覚は完全に死んでいる。


最近は寒さを感じなくなった。

暑さも、感じなくなった。



 日を追うごとに感じなくなる。

まるで石になっていくかのように。


 膝上で眠っている、こいつの温かさがわからない。


こいつが気まぐれに入れて寄越す、あの苦すぎたお茶の味がわからない。


 目が覚める度に、少しずつ何かを失っていることを自覚する。


 次に目が覚めた時は、起き上がる事も出来なくなるのではないか。

その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。


私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。


あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。


あとどれだけ



こいつを傍で見ていられるだろうか。




 ・・・・・・・・。



重いな。



以前は膝上で寝られると、足が痺れてしょうがなかったが

もう痺れる感覚すら、失ったようだ。


 感じるのは、ただ、重さのみ。


お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。


この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。


私がそれを見ることは無いだろうから


 せめて今のお前の重さだけは


 しっかりと、覚えておこう。













畳む

くれない


20241111000653-nnk.jpg
「・・・・もう敵は殺したぞ?」

 「おい、血がつくから離せって」

「・・・・・・お前なんか怒ってる?」

 「悪かったよ、次はお前を巻き込まないようにするさ」

 「・・・なあ?一体どうしたんだよ?」

 




------------------

あまりにも刺客に襲われてばかりなので
殺されかけるのも返り討ちにするのも多少怪我するのも
慣れ切ってしまったバルムンクと
そんなバルムンクを、不具の身体であるばかりに
戦うことも守ってやることもできない 自分の不甲斐なさに打ちのめされるイバとの
お互い全然噛み合っていないやり取り。


20241111002018-nnk.jpg

その後、危険に晒した自分と同じく不甲斐ない護衛どもをぶん殴った。


 畳む

くれない

バルムンクとイバ

20241110235349-nnk.jpg 202411102353491-nnk.jpg 202411102353492-nnk.jpg 202411102353493-nnk.jpg


【 くれない 】

再起不能となった敵国の騎士くずれと
それを従者にした物好きな幼帝との
たった2年の思い出話。

くれない

20241110221256-nnk.jpg


100年ぶりぐらいに漫画続き描いてみたら楽しい。
以前使ってたイラブ(裏)に置いてたラフの描き起こし。


クリスタ使って色々ペン機能とかも試してみましたが
結局このペンでのこの描き方が一番楽しい。
漫画の続き、もうこの描き方でいいような気がしてきた。

ラフはこちら↓

20241110221623-nnk.jpg


畳む


くれない

20241109184433-nnk.jpg




絶対必要なのに描いても描いてもしっくり来ず、
ずっと悩んでたデザインがやっと、やっと決まった。畳む

くれない