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絶唱
それは、「神」が降りて来たような声だった。
-----------------
鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。
正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。
もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。
聴衆は他に誰もいない。
夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。
---------
遠くからワルツが聴こえる。
祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。
今日は王宮で
盛大な宴が行われている。
『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。
その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、
そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。
今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。
さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず
こうして独り、待機を命じられている。
静かだ
いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。
日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。
暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。
目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で
何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。
かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。
常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。
だが
今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。
もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。
私は『誇り高い騎士』ではなく
『人間』ですらなく
ただ『道具』に成り下がっていたことを。
当時はその事にすら気付かなかった。
なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。
暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。
知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。
なのにずっと、忘れていたのだ。
少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。
なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。
最後の音に触れる。
闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。
すると、
パチパチパチ
「いい曲だな。」
小さな拍手と共に、『闇』が喋った。
『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。
今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。
いつの間にそこにいたのか。
「ついさっきだ。
廊下に音が漏れていたからな。
まさかお前とは思わなかったが」
心の声を拾ったかのように答える。
私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。
バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。
- うたげ は どうした -
手話で訊ねる。
この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。
「抜け出してきた。
ったく、何時間も座らせやがって
いいかげん尻が痛ぇ。」
腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。
長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。
「お前の国でも、こうなのか?」
・・・?
「誕生日の事だ。
庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」
バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。
誕生日か。
さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。
普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。
と、手話で伝えた。
「ふぅん…お前も?」
否。
即座に首を振った。
- たんじょうび を しらない
いわったこと は ない -
私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。
だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし
そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。
だから、
- おまえ が すこし うらやましい -
なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。
「・・・さっきのは、故郷の曲か?」
話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。
…少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。
わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。
「ふーん、まぁいいや。
もう一度弾いてみろ。」
は?
声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。
一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、
私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。
「そう怪訝な顔をするな。
今日は特別だ、歌ってやろう。」
意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。
歌う?こいつが?
そんな様子は一度も見た事が無い。
だが、そういえば…聞いた事がある。
皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、
彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。
その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。
だが、
そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが
歌う…
・・・・・・・・・
全く想像がつかない。
「お前今、
ものすごく失礼な事を考えてるだろ?
いいからさっさとしろよ。
歌ってやらねぇぞ、全く」
暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。
今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。
バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。
ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。
歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが
我ながらひどい演奏である。
バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。
と思い始めた、その時。
全身が粟立った。
・・・・・・・・・
嵐のような音の波が去っても、
場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。
「…とまぁ、こんな感じだ。
ご感想は?」
まるで何事も無かったかのように、
バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。
さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、
私に返答する余裕はない。
鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。
「くはははは、
ご満足頂けて何よりだ、イバ。」
バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。
正直、『呪歌』に近いものであった。
直接神経に障るような。
あらゆる衝撃と刺激が強すぎて
感動というより
そう
心臓に、悪い。
ありがとう、二度とやるな。
そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。
と、
部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。
どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。
「さて、そろそろ戻るとするか。
今のでさすがに
『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。
騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」
影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。
そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。
まだ何かあるのか?と身構えていると
「誕生日おめでとう、イバ。
お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」
ああ????
今度は間違いなく、声が出た。
といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。
「光栄に思えよ?
俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。
そうだ、毎年歌ってやろう」
くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。
やめろ生き地獄だ。
首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。
それがまるで私の心情そのままのような音だったので、
子供はますます、ケラケラと笑うのであった。
畳む
それは、「神」が降りて来たような声だった。
-----------------
鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。
正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。
もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。
聴衆は他に誰もいない。
夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。
---------
遠くからワルツが聴こえる。
祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。
今日は王宮で
盛大な宴が行われている。
『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。
その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、
そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。
今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。
さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず
こうして独り、待機を命じられている。
静かだ
いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。
日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。
暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。
目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で
何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。
かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。
常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。
だが
今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。
もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。
私は『誇り高い騎士』ではなく
『人間』ですらなく
ただ『道具』に成り下がっていたことを。
当時はその事にすら気付かなかった。
なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。
暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。
知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。
なのにずっと、忘れていたのだ。
少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。
なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。
最後の音に触れる。
闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。
すると、
パチパチパチ
「いい曲だな。」
小さな拍手と共に、『闇』が喋った。
『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。
今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。
いつの間にそこにいたのか。
「ついさっきだ。
廊下に音が漏れていたからな。
まさかお前とは思わなかったが」
心の声を拾ったかのように答える。
私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。
バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。
- うたげ は どうした -
手話で訊ねる。
この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。
「抜け出してきた。
ったく、何時間も座らせやがって
いいかげん尻が痛ぇ。」
腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。
長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。
「お前の国でも、こうなのか?」
・・・?
「誕生日の事だ。
庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」
バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。
誕生日か。
さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。
普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。
と、手話で伝えた。
「ふぅん…お前も?」
否。
即座に首を振った。
- たんじょうび を しらない
いわったこと は ない -
私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。
だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし
そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。
だから、
- おまえ が すこし うらやましい -
なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。
「・・・さっきのは、故郷の曲か?」
話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。
…少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。
わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。
「ふーん、まぁいいや。
もう一度弾いてみろ。」
は?
声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。
一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、
私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。
「そう怪訝な顔をするな。
今日は特別だ、歌ってやろう。」
意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。
歌う?こいつが?
そんな様子は一度も見た事が無い。
だが、そういえば…聞いた事がある。
皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、
彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。
その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。
だが、
そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが
歌う…
・・・・・・・・・
全く想像がつかない。
「お前今、
ものすごく失礼な事を考えてるだろ?
いいからさっさとしろよ。
歌ってやらねぇぞ、全く」
暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。
今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。
バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。
ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。
歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが
我ながらひどい演奏である。
バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。
と思い始めた、その時。
全身が粟立った。
・・・・・・・・・
嵐のような音の波が去っても、
場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。
「…とまぁ、こんな感じだ。
ご感想は?」
まるで何事も無かったかのように、
バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。
さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、
私に返答する余裕はない。
鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。
「くはははは、
ご満足頂けて何よりだ、イバ。」
バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。
正直、『呪歌』に近いものであった。
直接神経に障るような。
あらゆる衝撃と刺激が強すぎて
感動というより
そう
心臓に、悪い。
ありがとう、二度とやるな。
そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。
と、
部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。
どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。
「さて、そろそろ戻るとするか。
今のでさすがに
『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。
騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」
影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。
そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。
まだ何かあるのか?と身構えていると
「誕生日おめでとう、イバ。
お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」
ああ????
今度は間違いなく、声が出た。
といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。
「光栄に思えよ?
俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。
そうだ、毎年歌ってやろう」
くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。
やめろ生き地獄だ。
首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。
それがまるで私の心情そのままのような音だったので、
子供はますます、ケラケラと笑うのであった。
畳む
重さ
…猫かこいつは。
目が覚めた瞬間、
足の自由がきかないことに焦りを覚えたが
目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に
一気に肩の力が抜けた。
脅かしやがって・・・どおりで重いわけだ。
自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、
何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。
はたき起こしてやろうかとも思ったが、
心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、
その気も失せた。
仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、
奴の寝顔をまじまじと観察する。
起きる気配はない。
疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。
まだ十にも満たぬ歳でありながら、
帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。
日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も
今はまぶたの下だ。
こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。
いや、 こうして無防備に眠っていなくとも
やはりこいつはただの子供だ。
稀代の天才と呼ばれようと
帝国の悪鬼と呼ばれようと
十王継承者と祀り上げられようと
くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。
少なくとも、私にとっては。
だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、
特別扱いなんぞしない。
私のバルムンクへの対応に、
こころよく思っていない者が多い事も知っている。
しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。
そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。
私は私の意思だけに従う。
この国の連中のように
幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。
孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。
・・・・・・・・・・。
しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。
私の意思も、
こいつの意思とも、関係無く。
迫ってくる刻が、それを予感させた。
最初は、手足の指先からだった。
徐々に握力を失い、
今ではわずかに動くのみで
触覚や痛覚は完全に死んでいる。
最近は寒さを感じなくなった。
暑さも、感じなくなった。
日を追うごとに感じなくなる。
まるで石になっていくかのように。
膝上で眠っている、こいつの温かさがわからない。
こいつが気まぐれに入れて寄越す、あの苦すぎたお茶の味がわからない。
目が覚める度に、少しずつ何かを失っていることを自覚する。
次に目が覚めた時は、起き上がる事も出来なくなるのではないか。
その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。
私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。
あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。
あとどれだけ
こいつを傍で見ていられるだろうか。
・・・・・・・・。
重いな。
以前は膝上で寝られると、足が痺れてしょうがなかったが
もう痺れる感覚すら、失ったようだ。
感じるのは、ただ、重さのみ。
お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。
この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。
私がそれを見ることは無いだろうから
せめて今のお前の重さだけは
しっかりと、覚えておこう。
畳む
…猫かこいつは。
目が覚めた瞬間、
足の自由がきかないことに焦りを覚えたが
目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に
一気に肩の力が抜けた。
脅かしやがって・・・どおりで重いわけだ。
自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、
何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。
はたき起こしてやろうかとも思ったが、
心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、
その気も失せた。
仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、
奴の寝顔をまじまじと観察する。
起きる気配はない。
疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。
まだ十にも満たぬ歳でありながら、
帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。
日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も
今はまぶたの下だ。
こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。
いや、 こうして無防備に眠っていなくとも
やはりこいつはただの子供だ。
稀代の天才と呼ばれようと
帝国の悪鬼と呼ばれようと
十王継承者と祀り上げられようと
くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。
少なくとも、私にとっては。
だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、
特別扱いなんぞしない。
私のバルムンクへの対応に、
こころよく思っていない者が多い事も知っている。
しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。
そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。
私は私の意思だけに従う。
この国の連中のように
幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。
孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。
・・・・・・・・・・。
しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。
私の意思も、
こいつの意思とも、関係無く。
迫ってくる刻が、それを予感させた。
最初は、手足の指先からだった。
徐々に握力を失い、
今ではわずかに動くのみで
触覚や痛覚は完全に死んでいる。
最近は寒さを感じなくなった。
暑さも、感じなくなった。
日を追うごとに感じなくなる。
まるで石になっていくかのように。
膝上で眠っている、こいつの温かさがわからない。
こいつが気まぐれに入れて寄越す、あの苦すぎたお茶の味がわからない。
目が覚める度に、少しずつ何かを失っていることを自覚する。
次に目が覚めた時は、起き上がる事も出来なくなるのではないか。
その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。
私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。
あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。
あとどれだけ
こいつを傍で見ていられるだろうか。
・・・・・・・・。
重いな。
以前は膝上で寝られると、足が痺れてしょうがなかったが
もう痺れる感覚すら、失ったようだ。
感じるのは、ただ、重さのみ。
お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。
この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。
私がそれを見ることは無いだろうから
せめて今のお前の重さだけは
しっかりと、覚えておこう。
畳む
「・・・・もう敵は殺したぞ?」
「おい、血がつくから離せって」
「・・・・・・お前なんか怒ってる?」
「悪かったよ、次はお前を巻き込まないようにするさ」
「・・・なあ?一体どうしたんだよ?」
------------------
あまりにも刺客に襲われてばかりなので
殺されかけるのも返り討ちにするのも多少怪我するのも
慣れ切ってしまったバルムンクと
そんなバルムンクを、不具の身体であるばかりに
戦うことも守ってやることもできない 自分の不甲斐なさに打ちのめされるイバとの
お互い全然噛み合っていないやり取り。
その後、危険に晒した自分と同じく不甲斐ない護衛どもをぶん殴った。
畳む
100年ぶりぐらいに漫画続き描いてみたら楽しい。
以前使ってたイラブ(裏)に置いてたラフの描き起こし。
クリスタ使って色々ペン機能とかも試してみましたが
結局このペンでのこの描き方が一番楽しい。
漫画の続き、もうこの描き方でいいような気がしてきた。
ラフはこちら↓
畳む
【激戦隊】
・皇室警護・帝都防衛が主任務である儀仗兵団から
バルムンクが部隊編成した対魔導精鋭部隊。
・兵団の部隊・序列関係なく編成され、本来儀仗兵が出撃するはずのない
前線エリアに派遣される。
皇帝直属部隊なので、他の部隊・兵団の命令系統からは独立しており、
主にバルムンクの企みの為に動く皇帝の特殊部隊。
・メンバーは度々入れ替わるが、主要メンバーである
『絶界のロディエル』
『斬光のモーガン』をはじめ、
『黒剣のヤドヴィガ』
『鉄槌のガレン』など、
序列階級のある魔法使いは必ず在籍している。
・この当時は『血塗れのシド』という異名で恐れられた魔法使いも
所属していたが、ほどなく呪障(魔法による肉体・精神負荷が長年蓄積された
ことによって起こる病や障害)によって戦線離脱。後にアズマが後任についた。
・完全にバルムンクの独断編成部隊なので正式名称はなく、
『激戦隊』というのは他の部隊から呼ばれ出した仇名。
激戦区に現れ、どの部隊よりも激闘を繰り広げて勝利する事から由来する。
-----------------
…以上の条件で降伏して頂ければ
皇帝陛下も、『国王一族以外の命』は取らぬとの仰せです。
いかがでしょうか?将軍閣下。
----!!
----!------!!!!!
そう仰ると思いました。
いくら劣勢に立たされているとはいえ、貴方ほどの将が
『主君を裏切り、その首を差し出せ』などという条件を飲むはずがない。
だからこそ我が主君も、貴方をお選びになったのですよ。
よもや国王も、貴方が裏切るとは露とも思っていないでしょうから。
---!!
--------!
諫言痛み入ります。
お互い辛い立場ですが…しかし私も仕事ですので。
--、----。
---!
我々を殺しますか?
そうでしょうとも。
最初から交渉では無く、それが目的だったのでしょう?
でなければのこのこ敵陣に現れた我々を
こうもすんなり貴方の前に通す筈がない。
ただ…ひとつお訊ねしても?
なぜ、我々全員を、
同じ部屋に入れてしまったのですか?
”例え帝国の激戦隊といえど”
”武器を取り上げれば大丈夫”?
”魔法を封じれば何もできない”?
確かに、このような見事な封印結界を敷かれれば
並の魔法使いは赤子同然でしょうな。
”並”の魔法使いなら。
ところで話は変わりますが。
大事なご子息にはもう少し賢いお目付け役を
付けた方がよろしいかと。
隣の部屋から盗み聴きは結構ですが、
こんな話をご子息に聞かせたくはなかったでしょう?
それから後ろの幕裏で控えておられる
優秀かつ名立たる指揮官の方々。
末端の兵士にもちゃんと眼を光らせておいた方がいい。
警戒命令を出している筈なのに、
陣の中で酒盛りしている者が多数いますよ。
緊張感が無いですねぇ。
…おや、国王陛下の義弟であらせられる
グレイグ将軍までお越しとは。
これはこれは、まことに恐縮の至り。
---、
-------!
いえいえ、まさか。
探知術など、使える筈がございませんよ。
ここがまだ、貴方がたの結界の中であれば。
----私の”二つ名”をご存じですか?将軍。
もう一度だけお尋ねします。
降伏しては頂けないでしょうか?
畳む
一8の騎士
最初はなんの冗談かと思った。
あいつは自分が気に入った者なら
物乞いだろうが、罪人だろうが、
おかまいなしに重用することは知ってはいた。
知ってはいた、が。
よりにもよって
まさか
『ドラグーンの魔法使い』にとって宿敵である
『ハーディンの騎士』を側に置くとは
誰が予想できただろうか。
ある時、予告も無くいきなり
うちの国へ連れて来られた日には、さすがに怒った。
家臣たちは緊張で殺気立つし、
側近のファルキアなんかは、皇帝であるバルムンクの御前で
抜剣しようとする始末。(あわてて制止した)
なのに元凶たる当のご本人ときたら
そんな俺たちの反応を楽しむかのごとく
呑気にへらへらと笑ってやがる。
とりあえず、人払いをした後で
思いっきりゲンコしておいたが。
その騎士は、「イバ」と呼ばれていた。
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一言で表すなら、とても静かな男だった。
喉が潰れているとかで、話すことができないせいもあっただろうが
元々ある気配や、一挙一動の所作に至るまで
とにかく静かなのだ。
当初は、その不気味なほどの大人しさに
『なにか企んでいるのではないか』と、警戒したものだ。
一方、彼の主たるバルムンクは
当時から実に騒々しい子供であり
一度思いついたことを語り出すと、延々にしゃべり続けるという
落ち着きのない性質を持っていた。
アレには俺は勿論のこと、
奴の家臣たちも辟易していたように思える。
だが奴は、イバが相手となると
あの騒々しさが嘘のように、落ち着いて話すのだ。
イバは手話で会話していたが、慣れていないのか
動きはたどたどしく、一度に多くを語れない。
バルムンクが二、三言話すと、イバが返答をし、
またバルムンクが少し話して、イバもサインを返すという、
実にゆっくりとした会話だった。
あまりのじれったさに一度
筆談にしてみたらどうかと、提案した事があった。
しかし、
イバがペンを握れないので無理だ。と、
あっさり却下された。
腕の力は入るが、握力がかなり弱っているらしく、
食事のスプーンすらまともに持てない程だという。
杖を使えば歩行は問題ないが、走る事は出来ず
時々何もないところでつまづく様子を、俺もよく見かけた。
『イバ』
この名の示す通りであれば、
彼はかつて、『18』の式番を持つ、上位騎士であったのだろう。
階級は間違いなく『白衣(ビャクエ)』だったはずだ。
それほどの騎士が、
二度と戦えなくなるほどの傷を負った原因とは
何だったのだろうか。
そもそもそんな騎士を、どこで拾ったというのか。
いつか折を見て、バルムンクの奴に
訊ねてみようかと思っていた。
だが結局
その機会が訪れることはなかった。
忘れもしない。
あれは静かな夕刻のときだった。
突如、国中の魔力計器が狂ったように警報を鳴らし
術具という術具がすべて異常な挙動を見せ、
いつも騒がしい魔獣たちが、水を打ったように静まり返り
『帝国の十王』が再臨したことを告げていた。
そして、帝国の『十王覚醒』による混乱が
ようやく収まった頃。
久々に訪ねた皇帝の側に、イバの姿は無かった。
彼はいつも、
バルムンクの傍らで静かに控えていて
その姿はバルムンクの影のようであり、
奴を護る強固な城壁のようでもあった。
そんな彼の様子を見ている内に
『バルムンクへの害意は無いのだな』 と
俺も徐々に、彼への警戒を解いていった矢先だった。
イバが、いない。
本来なら、危険人物ともいえる
『ハーディンの騎士くずれ』がいなくなったことは、
喜ばしいことなのかもしれない。
だが、俺はこの時
ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。
バルムンクの、いつもと変わらない様子。
いつもと変わらない軽口。
ただ違うのは
奴の横に、イバがいないだけ。
たったそれだけの事なのに
あれほど高慢で不遜で
神童とも称えられるバルムンクが
ひどく危うく見えた。
誰もイバの事に触れない。
バルムンクすら口に出さない。
今、この宮殿では彼の話はタブーなのだなと察せられた。
バルムンクの眼を見遣る。
いつもの鋭い竜眼が、
”子ども”を止めた眼をしていた。
「イバは死んだのか」
場の空気が、一瞬にして凍り付いたのがわかった。
俺の従者も、バルムンクの側近も、
『それ以上言うな』と目配せしてくる。
俺は、あえて無視した。
そんな俺の発言が意外だったのか、
バルムンクは、間の抜けたきょとんとした顔で俺を見ていた。
「ああ、死んだよ」
天気を答えるかのような軽さで、奴は言った。
強がりは感じられない。
そして不思議と、薄情さも感じないその口調に
こいつらしい。と思い、少しだけ安心した。
「そうか、悲しいな」
「そうだな、悲しいな」
奴が素直に同意したので、
俺は少なからず驚いたものだ。
数秒の沈黙の後、
奴は当初の話に戻して語り出したので
俺も議題に集中した。
その後、その話題には一切触れず、
会談はつつがなく終了した。
そして、その後も何年も
バルムンクがこの世を去るまで
その話を奴とすることはなかった。
イバが何故死んだのかはわからない。
バルムンクは語ろうとしなかったし、
俺も訊くことはしなかった。
ただひとつ、わかっていることは
イバは、バルムンクを裏切ることは
決して無かったという事実だけだ。
それがはっきりわかったのは
奴の足元をちょこまかと動きまわる
小さな皇子が纏った
懐かしい若緑の色を見た時だった。
畳む
幼い頃からそうであった
殿下は決して泣くことが無い
母君を見送った朝も
父君に銃口を向けられた夜も
あの方は決して泣くことは無かった
最初から そんなものは 持ち合わせていないかのように
あの方の竜眼が 涙で歪むことは無い
ただ
あの追憶の黄昏で
まばたきひとつせず
嗚咽の声ひとつ無く
辺りが宵闇に包まれて
明けの明星が昇るまで
ただ「其処」に座していた あの御姿を
私は忘れることが出来ない
畳む