MEMO

創作語りとかラクガキ

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No.13

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一8の騎士

最初はなんの冗談かと思った。



あいつは自分が気に入った者なら
物乞いだろうが、罪人だろうが、
おかまいなしに重用することは知ってはいた。


知ってはいた、が。


よりにもよって

まさか

『ドラグーンの魔法使い』にとって宿敵である

『ハーディンの騎士』を側に置くとは

誰が予想できただろうか。






ある時、予告も無くいきなり
うちの国へ連れて来られた日には、さすがに怒った。


家臣たちは緊張で殺気立つし、
側近のファルキアなんかは、皇帝であるバルムンクの御前で
抜剣しようとする始末。(あわてて制止した)


なのに元凶たる当のご本人ときたら
そんな俺たちの反応を楽しむかのごとく
呑気にへらへらと笑ってやがる。

とりあえず、人払いをした後で
思いっきりゲンコしておいたが。



その騎士は、「イバ」と呼ばれていた。



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一言で表すなら、とても静かな男だった。



喉が潰れているとかで、話すことができないせいもあっただろうが
元々ある気配や、一挙一動の所作に至るまで
とにかく静かなのだ。


当初は、その不気味なほどの大人しさに
『なにか企んでいるのではないか』と、警戒したものだ。


一方、彼の主たるバルムンクは
当時から実に騒々しい子供であり

一度思いついたことを語り出すと、延々にしゃべり続けるという
落ち着きのない性質を持っていた。

アレには俺は勿論のこと、
奴の家臣たちも辟易していたように思える。


だが奴は、イバが相手となると
あの騒々しさが嘘のように、落ち着いて話すのだ。


イバは手話で会話していたが、慣れていないのか
動きはたどたどしく、一度に多くを語れない。

バルムンクが二、三言話すと、イバが返答をし、
またバルムンクが少し話して、イバもサインを返すという、
実にゆっくりとした会話だった。


あまりのじれったさに一度
筆談にしてみたらどうかと、提案した事があった。

しかし、
イバがペンを握れないので無理だ。と、
あっさり却下された。

腕の力は入るが、握力がかなり弱っているらしく、
食事のスプーンすらまともに持てない程だという。

杖を使えば歩行は問題ないが、走る事は出来ず
時々何もないところでつまづく様子を、俺もよく見かけた。


『イバ』


この名の示す通りであれば、
彼はかつて、『18』の式番を持つ、上位騎士であったのだろう。
階級は間違いなく『白衣(ビャクエ)』だったはずだ。

それほどの騎士が、
二度と戦えなくなるほどの傷を負った原因とは
何だったのだろうか。

そもそもそんな騎士を、どこで拾ったというのか。

いつか折を見て、バルムンクの奴に
訊ねてみようかと思っていた。




だが結局
その機会が訪れることはなかった。




忘れもしない。

あれは静かな夕刻のときだった。


突如、国中の魔力計器が狂ったように警報を鳴らし

術具という術具がすべて異常な挙動を見せ、

いつも騒がしい魔獣たちが、水を打ったように静まり返り

『帝国の十王』が再臨したことを告げていた。



そして、帝国の『十王覚醒』による混乱が
ようやく収まった頃。


久々に訪ねた皇帝の側に、イバの姿は無かった。


彼はいつも、
バルムンクの傍らで静かに控えていて


その姿はバルムンクの影のようであり、
奴を護る強固な城壁のようでもあった。


そんな彼の様子を見ている内に
『バルムンクへの害意は無いのだな』 と
俺も徐々に、彼への警戒を解いていった矢先だった。


イバが、いない。


本来なら、危険人物ともいえる
『ハーディンの騎士くずれ』がいなくなったことは、
喜ばしいことなのかもしれない。


だが、俺はこの時

ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。


バルムンクの、いつもと変わらない様子。
いつもと変わらない軽口。


ただ違うのは
奴の横に、イバがいないだけ。

たったそれだけの事なのに

あれほど高慢で不遜で
神童とも称えられるバルムンクが

ひどく危うく見えた。


誰もイバの事に触れない。

バルムンクすら口に出さない。

今、この宮殿では彼の話はタブーなのだなと察せられた。


バルムンクの眼を見遣る。

いつもの鋭い竜眼が、
”子ども”を止めた眼をしていた。




「イバは死んだのか」




場の空気が、一瞬にして凍り付いたのがわかった。


俺の従者も、バルムンクの側近も、

『それ以上言うな』と目配せしてくる。


俺は、あえて無視した。


そんな俺の発言が意外だったのか、
バルムンクは、間の抜けたきょとんとした顔で俺を見ていた。


「ああ、死んだよ」


天気を答えるかのような軽さで、奴は言った。

強がりは感じられない。
そして不思議と、薄情さも感じないその口調に
こいつらしい。と思い、少しだけ安心した。


「そうか、悲しいな」


「そうだな、悲しいな」



奴が素直に同意したので、
俺は少なからず驚いたものだ。


数秒の沈黙の後、
奴は当初の話に戻して語り出したので
俺も議題に集中した。


その後、その話題には一切触れず、
会談はつつがなく終了した。



そして、その後も何年も
バルムンクがこの世を去るまで
その話を奴とすることはなかった。


イバが何故死んだのかはわからない。


バルムンクは語ろうとしなかったし、
俺も訊くことはしなかった。


ただひとつ、わかっていることは


イバは、バルムンクを裏切ることは
決して無かったという事実だけだ。


それがはっきりわかったのは


奴の足元をちょこまかと動きまわる
小さな皇子が纏った


懐かしい若緑の色を見た時だった。




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