MEMO

創作語りとかラクガキ

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No.25

絶唱

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それは、「神」が降りて来たような声だった。





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鍵盤が心地よく沈む。
よく手入れされているのだろう。

正確な音程が、静かに長く
部屋に響いた。

もはや感覚が殆どない指で
一音、また一音と
音を思い出すように奏でた音色は、ひどく緩慢だが
かろうじて、ひとつの曲には聴こえた。

聴衆は他に誰もいない。

夕闇に包まれた広い部屋の中央で
ピアノと私だけが、この音を聴いていた。


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遠くからワルツが聴こえる。

祝宴の気配が、この部屋にも微かに届いていた。


今日は王宮で
盛大な宴が行われている。

『皇帝』が即位してから
初めて迎えた誕生日だそうだ。


その為、主役たるご本人様は
早朝から小さな体に似合わない
重苦しい衣装にせっせと着飾られ、

そのひどく不機嫌な顔を見送ったきり、
今日は会っていない。

今頃は苦い顔をしながら
玉座であくびをかみ殺している事だろう。


さすがにああいった場で、
私のような『いてはいけない人間』が
顔を出すわけにもいかず

こうして独り、待機を命じられている。




静かだ




いつぶりだろう
こんなに静かに過ごすのは。


日もすっかり落ち、部屋は漆黒に包まれていたが
明かりを点ける気にはならなかった。

暗闇と静寂の中にいると、任地にいた頃を思い出す。

目的も志も無く生きる私にも、『役目』を与えてくれる戦場で

何も考えず、
ただ消耗して生きていたあの頃を。

かつての私にとって
戦場こそが安寧の揺り籠だった。

常に周囲とのズレを感じていた私には
戦場はまさに、ぴったりと嵌る『枠』のようで。



だが



今思えば、その『枠』は
ただの『棺桶』だったのかもしれない。

もはや戦う事が叶わなくなったこの身になって
つくづく思う。

私は『誇り高い騎士』ではなく

『人間』ですらなく

ただ『道具』に成り下がっていたことを。





当時はその事にすら気付かなかった。

なぜだろう。
あの頃の自分は、今の自分とは
あまりにも遠い『他人』に思えた。






暗闇の中で再び、鍵盤に触れる。
先ほどと同じ音運び。

知っている曲はこれだけ。
好きな曲も、これだけだった。


なのにずっと、忘れていたのだ。


少なくとも、騎士だった頃は
脳裏をかすめもしなかった曲。

なぜだろう。
最近になってふと、思い出したのは。


最後の音に触れる。


闇に吸い込まれるようにして
音は消えた。




すると、





パチパチパチ


「いい曲だな。」



小さな拍手と共に、『闇』が喋った。


『闇』は月明かりまで歩み寄り
小さな子供の形になって、現れた。


今朝見送った時とは別の、
だが同様に重そうな衣装は
『皇帝』の象徴たる『紫』に覆われている。


いつの間にそこにいたのか。


「ついさっきだ。
 廊下に音が漏れていたからな。
 まさかお前とは思わなかったが」


心の声を拾ったかのように答える。

私の訝しげな眼を見て、
何を言いたいのか悟ったらしい。

バルムンクは、こういう所には
何故か聡い子供だった。


- うたげ は どうした -


手話で訊ねる。

この暗闇で見えるかどうかは疑問だったが、
こいつはやたら視力は良いので
多分大丈夫だろう。


「抜け出してきた。
 ったく、何時間も座らせやがって
 いいかげん尻が痛ぇ。」


腰に手を当て
身体を反らしながら愚痴る姿は中年のようだが、
実際はまだ8歳の子供である。

長時間の儀式や宴は、さすがに応えたようだ。
身体を伸ばす度に、ポキポキと音が鳴っている。


「お前の国でも、こうなのか?」



・・・?


「誕生日の事だ。
 庶民でも、派手に祝うもんなんだろう」


バルムンクは固まった身体をほぐす様に
両腕を左右に振り回している。


誕生日か。

さすがにここまで派手に祝うのは、
王族ぐらいだろうが。

普通の家庭でもご馳走を食べたり
歌を唄うぐらいは、するのだと思う。

と、手話で伝えた。

「ふぅん…お前も?」

否。

即座に首を振った。


- たんじょうび を しらない
  いわったこと は ない -


私が育った孤児院は常に貧しく、
その日食べるものにすら、困窮する日々だった。

だから『誕生日を祝う』という事自体
無縁なものであったし

そもそも親に捨てられた私にとって
殆ど意味の無い様に思える、空しい単語だった。


だから、


- おまえ が すこし うらやましい -


なんとなく、素直に
そう伝えてしまった。



「・・・さっきのは、故郷の曲か?」



話題に興味を無くしたように
バルムンクはぷいっと横を向いて、
今度は足を前後に開くストレッチを始めた。

…少しバツが悪そうに見えるのは、私の気のせいだろうか。


問いかけに対して
私は肩をすくめて、首を振る。

わからない、曲名すらも知らない。
という意味を込めて。


「ふーん、まぁいいや。
 もう一度弾いてみろ。」



は?


声が出せるのなら、
間違いなくそう、発していただろう。


一流の宮廷楽士の演奏にも
『聴くに堪えない』と下がらせるほど
奏者の好き嫌いが激しいこいつが、


私の拙い演奏に興味を持つとは
あまりにも意外だったのだ。



「そう怪訝な顔をするな。
 今日は特別だ、歌ってやろう。」



意外な発言の連続に
私の頭はますます混乱する。


歌う?こいつが?

そんな様子は一度も見た事が無い。

だが、そういえば…聞いた事がある。

皇帝の祖たる『竜王』の妻は、
荒神を鎮めたという伝説が残る程の『歌姫』であり、

彼らの子孫たる皇族たちは皆、
その美声を受け継いでいるのだという。

その証拠に、過去の皇族には
歌に秀でた皇子・皇女が数多くいたことを
ハーディンである私ですら知っていた。

だが、

そういったイメージとは
果てしなくかけ離れたこいつが


歌う…


・・・・・・・・・


全く想像がつかない。



「お前今、
 ものすごく失礼な事を考えてるだろ?

 いいからさっさとしろよ。
 歌ってやらねぇぞ、全く」



暗闇で不愉快そうに歪められた竜眼が
こちらを睨みつけてきた。

今日は一体どうしたというのだろう。
演奏しろだの、歌ってやるだの。

バルムンクの行動は、
いつも気まぐれで、突拍子で、意図がわからない。

ならば考えても仕方ないと思い直し
私は言われるまま、鍵盤に手をかける。

歌いやすいよう、先ほどまでより
いくらかテンポを速めて弾き始めたが


我ながらひどい演奏である。


バルムンクの事をとやかく言える筋合いではなかったな。

と思い始めた、その時。







全身が粟立った。










・・・・・・・・・



嵐のような音の波が去っても、

場の空気は
爆発でも起こった直後のように、波打っていた。




「…とまぁ、こんな感じだ。


 ご感想は?」




まるで何事も無かったかのように、


バルムンクはケロッとした様子で、私を見据えた。


さきほどまで、神懸った歌声を
披露していた本人とは思えない軽さだが、


私に返答する余裕はない。


鍵盤の上に頭を預け、
緊張から解放されて脱力しきった腕は、
あげるのも億劫だった。



「くはははは、
 ご満足頂けて何よりだ、イバ。」



バルムンクは悪戯が成功したような
笑みを浮かべながら
わざとらしいほど優雅なお辞儀をした。




正直、『呪歌』に近いものであった。


直接神経に障るような。


あらゆる衝撃と刺激が強すぎて


感動というより


そう



心臓に、悪い。





ありがとう、二度とやるな。

そう意味を含ませて、ビシッ!と指差すと
バルムンクはますます、上機嫌に笑った。



と、


部屋の外で、慌ただしく人が動く気配がする。

どうやら彼の『絶唱』は
宴の場にまで響いていたようだ。


「さて、そろそろ戻るとするか。

 今のでさすがに
 『皇帝』の不在に気付かれたようだしな。

 騒ぎが大きくならない内に、収めてくる。」


影武者か何か、残して来たらしい。
こいつのわがままに付き合わされて不憫だな。

そう憐憫の眼差しを浮かべる私の肩に
バルムンクがポンッと手を置く。

まだ何かあるのか?と身構えていると



「誕生日おめでとう、イバ。

 お歌も唄ってやったんだから、もう拗ねるなよ?」



ああ????


今度は間違いなく、声が出た。

といっても、掠れた空気の音しか出なかったが。


「光栄に思えよ?

 俺と同じ誕生日と、俺の歌がプレゼントだ。

 そうだ、毎年歌ってやろう」


くっくっくっと笑う奴の顔は、
新しいおもちゃを見つけた、悪魔そのものだ。



やめろ生き地獄だ。


首をぶんぶん振ると、
下敷きにされたままの鍵盤から、不協和音が飛び出した。

それがまるで私の心情そのままのような音だったので、

子供はますます、ケラケラと笑うのであった。


















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